カブラルもまた、ヒュウガ国に一大教圏を樹立するという計画に、大きな夢を抱いていたようである。
当然か。
だから2人して。正確には通訳のジョアンを挟んで3人で。
無限の希望が拡がった。
ところどころ地名が入っただけの地図は、かれらにとって何でも描きこめる豊潤な処女地に他ならなかった。
そこまでは仕方ないし、ほほえましいかな。
しかしそこが無人のわけはない。
手に入れるためには、侵略という手段が必要なんですよ。
今度のヒュウガ攻めは、あくまでブンゴ国と同盟関係にあったイトウ殿の求めに応じて、侵略者サツマを撃退するのが目的である。
シマヅを追い出したあとも、居座ってブンゴ国の一部にするつもりなら?
それはイトウ殿の困窮につけこんだ帝国的発想であり、まして通過地にすぎないツチモツ領まで手に入れて、景色が好いところに教会を建てようという計画までしているとなると。
後世に遺すべき美しい物語にはしづらいな、と思う。
いちおうカブラルには、大義名分がある。
これまで冠婚葬祭を仕切らせるにもフォトケしか頼む相手がいなかった憐れむべきヒュウガの民衆に、デウスの福音を速やかにもたらすのだ。
ブンゴ前王には、その実行犯となってもらう。
見返りとしてこれまでも交易の優先権などを提供してきたが。
とうとう、洗礼を授け霊名を与えるという最大の御褒美が準備された。
現在、じらしにじらして、お膳立てしている。
辻褄は合わせられる。
しかしですなあ?パードレ・カブラル。
軍人貴族出身のあなたになら、わかるでしょう。
ヨシムネ殿から特別にもらってきた、この地図を見てください。
ブンゴ軍は、足もとが乱れすぎです。
ブンゴ軍の戦力を100とする。
サツマの戦力を仮に50としましょう。
ここだけ見れば、勝てそうです。
しかし100の戦力が、互いにバラバラの方向で構え、無駄な動きばかりしていては、50の直撃一度だけでもすぐ崩壊します。
前線指揮官のヨシムネ殿でさえ、サツマの戦力を正確には把握していませんでした。
戦術も不明なまま。
具体的には。どれほどの鉄炮を所有しているのか。騎兵や槍兵との比率はいかほどか。
練度はどうか。撤退戦は得意か、不得意か。持久戦にはどれだけ耐え抜けるのか。
お願いですカブラル。
いまはキタハラ・サツマ連合に勝つことだけを目標としてください。そのためにはツチモツとも連携してください。
別荘と教会のことは、終わってから考えてください。
それと、できればヨシムネ殿が成長するよい機会ですから、黙って見守っていてあげることを、父王にも約束してもらってください。
そうすれば我々は最終的に、もっとずっと大きな実りを手に入れることができます。
私はそれを確信します。
「……フロイス。おまえは、ずいぶん、軍事に詳しくなったものだな。
オタ・ノブナンガから学んだのか?」
恐縮です。その通りです。
カヅサ殿、と私は呼んでおりましたが、数々の戦場に随き従いました。
そこで実地に学んだことが、今になって、応用できるようになってきた感じです。
「ノヅで、ヨシムネと、戦術について語り合ってきたか。
サツマが出てきたらどう反撃すべきとか、そんな検討もしてきたか」
はい。しました。歴戦の参謀たちも交えて。
皆さん優秀です。ブンゴ軍には聡明な人材が揃っています。
統帥さえ万全なら、どんな敵にも勝てるでしょう。
「フロイス。わしは、言ったはずだぞ?
オタ・ノブナンガはおそるべき悪魔であり、コンパニヤが奴に加担することなど、あってはならんと」
はい。あれ?
……あれれ?
「おまえはシモでもまったく同じことをやらかしたわけだな。
これは破門どころではすまない事態だぞ」
……。
「おまえの発言の中に、聞き捨てならない言い草がいくつかあった。
ブンゴ軍が無駄なことばかりしているから、サツマに一撃で倒されると言ったな?」
……え、言ったかな。
そこまで厳しい言い方を、私はしたかな?
お、思い出せない。
「ムシカの浜に教会を建てる。ヒュウガ国の日本人をまとめて教化する。
これらのどこが無駄なのか、証明してほしい。
デウスの前で申し開きできるだけの根拠があってこその発言だとは思うが、わしにはとても理論的説明が思いつけない」
失言を、お詫びします。
御主へも、決して、叛意があったわけではありません。
私の熟慮が足りなかったばかりに、たいへん、たいへん失礼をいたしました。
「わしに詫びられても困る。反省するなら、誓願を立てて御主に対して祈れ。
デウスがお赦しになるかどうかは、わしには与り知らぬことだ」
……私は、それほどの大罪を、犯した……の、ですか……?
「それから、軍事についてわしに説教しようなど、40年早い。この程度の地図を読み解けるくらいでいい気になるな。
参謀という連中は概して頭でっかちが多いものだが、おまえもまだその水準だ。
兵を動かしたことなど、なかろう。同じ釜の飯を食い、楽しみも苦しさも分かち合いながら暮らした者同士でしか連隊は構成できんし、言うことも聞かせられん。
おまえの意見など、心掛けが同程度の連中しかありがたがらんよ。
日本人の兵とわかりあえるエウロパ人がいるとしたら、そこまで堕ちきった者だけだろう。
覚悟があるなら修道服を脱ぎすてて、かれらと共に戦うがよい」
すみません。すみません。パードレ・カブラル。
ほんとうに、すみません。
「父王はただひとりの妻を生涯愛すると誓い、今ひたすらイエズスに倣おうと努力している。
かつての豪奢な暮らしぶりを、深く深く、悔いておるよ。立派な心掛けだ。
コンパニヤとしては、彼の往く道を遮るわけにはいかない。
おまえはヨシムネが成長するよい機会だとも言ったが、彼の女狂いのひどさを知った上で、もっと甘やかせと意見したのか?
この程度の戦役で、どこまでお坊ちゃまなんだと、父王は嘆いておられるよ。
わしも、見ていて忍びない。
そうだ。おまえにも、いい機会を与えよう」
はい。一体、何でありましょうか。
「ヨシムネを、理想的な信徒に変えてみせろ。父の夢も叶えさせろ。
サツマの方はアルメイダたちにやらせるから、おまえは構わなくてよい。
うまくやれ。
御主の導きのままにな。道を踏み外すなよ」
お赦しを与えられたと考え、感謝いたします。アーメン。