今年、巡察師は来日しなかったのである。
代わりにパードレが4名送りこまれてきた。うち1名がフナイの担当となる。
更に昨年組からも2名、ブンゴへ異動してきた。イルマンも若干名。
急に人が増えたはいいが、まだ顔と名前が覚えきれない。個性が掴めるようになってきたら、折を見て順次紹介したいと思う。
巡察師ヴァリニャーノはインディア管区を端から順に回っているが、行く先々で会士たちの規律の緩みや奢侈に溺れ吝嗇に耽る有様を見て大いに嘆き、人事に大鉈を奮いまくっているそうだ。
この調子では日本までやってくるのは6~7年先になるだろう。
カブラルは、直接対決が先へ延びて少し機嫌がよくなった。
今年も巡察師の意志を汲んだ、聖職者が交易に関与することを厳しく糾弾する者がいて、カブラルに熾烈な口論を挑んだという。見ておきたかった。予想通り、公開処刑の如きだったようだから。
断っておくが、私はカブラルの味方をしたいわけではない。
ゴアの管区本部。そこは昔も今も、腐敗の巣窟。
あの感覚を肌身で知っている私としては、粛清を敢然と遂行できるヴァリニャーノ巡察師に期待する面もある。
日本においても臆することなく、間違ったところは糾してほしいと切に願う。
カブラルも、正々堂々反論すべきところはしてほしいが、言われなくたって反論するだろうが、その上で適正な処置をとってほしい。
今のまま続けてよい体制ではないし、金儲けをやりすぎることは我々全員がパライゾへ行けるかインヘルノへ堕とされるかという大問題にも通じるのだ。
私は上司のカブラルに命じられ、時には少々ヒヤリとさせられる仕事にも手を染めてきました。あくまで上司の命令です。ここのところは適切に評価していただきたい。
裏金づくりが悪だとされても私はそれに絡んでいないし、分け前も何もいただいていないのですから。
くれぐれも公正な裁きを願うものです。
それはさておき。
ブンゴ父王、ドン・フランシスコは妻ジュリヤとともに毎日幸せな日々を送っている。
秋になり、領内の収穫期もぶじに過ぎ、人々は冬支度に取りかかり始めた。
そろそろ私たちも温暖な新天地ムシカへ移りましょうか。という話が持ち上がっている。
ヒュウガ国中から木材が集められ、浜辺の景勝地は今やすっかり治水も行き届いた町の姿になった。
家はまだ工員の寝泊まりする貧相なレジデンシヤばかりのようだが、街路と土塁はほぼ整えられた。
王を迎える邸と、聖堂を備えた教会も、立派なものが建てられたという。
そこで親衛隊300兵ほどをお伴に、いよいよ出陣という段取りだ。
当面はカブラルが主、私が従となって、この地区を巡回する。
また、常駐する担当としてアルメイダが任命された。
ゆっくり体を休めながら、ムシカの新しい住民たちを教化していってほしい。
配下に就くイルマンたちも、アルメイダ自身に選抜させた。あまりクセの強い者は選ばれなかった。
アルメイダにも独自の組織論があるものだなあと、見ていて思った。
おそらくムシカは、老若男女すべてが穏やかに暮らしやすい楽園として発展するだろう。
進歩より、調和を。ひとりの英雄をつくる町より、不幸な者をひとりも生み出さない町づくりを。
なるほど。
アルメイダは、新しい思い出をつくろうとしているのだね。
病院よりも、もっと素晴らしい作品を、ここで。
ドン・フランシスコは、ウスキ教会からシマン・ショーノシロー君を連れてゆく。
これまでは最恵待遇で従僕をしてもらっていたが、その修練は卒業だ。
これからはドン・フランシスコの身の回りを世話しながら、町全体の教化に励んでもらう。
もともと聡明で、家臣団からも一目置かれていた存在だ。ドン・フランシスコはその先を見据えた、もっと大きな期待をシマンにかけている。
シマンも、ドン・フランシスコが洗礼したことで、より深い尊敬を表明するようになった。
師弟関係でいえばシマンの方がずっと教理に通じているので、あたかも孫が祖父の勉学に我慢しながらつきあってあげている構図なのだが。
なかなかこれが、見ていても面白い。
ドン・フランシスコがやりこめられてシマンに対し説教をしようとすると、ジュリヤもカブラルも必ずシマンの側に就く。
「ドン・フランシスコ。その発想は邪宗に由来する年功序列の押しつけです。自分が間違っていたときは素直に認め、相手が年下であっても、きちんと謝罪しなくてはなりませんよ」
これをドン・フランシスコは、しょっちゅう言われる。懲りないなあ。
でも、ちゃんと謝るから憎めない。
そんな光景が、日々育まれている。
前線はヒュウガ国の南部へと進んだ。
我軍の司令部は未だノヅにある。その距離は徒歩行軍で4~5日ほど。開きすぎだなあ。
あいかわらずサツマ軍はブンゴ軍を見ると逃げ出すが、本国が近くなってくるにつれて時々抵抗してくるようになった。
現在までに、敵が鉄炮を使用した形跡はない。だから近寄ってこれず、こちらが一発でも撃てばその音で逃げ出すのがほとんどだ。このままサツマの本陣まで辿りつけるのではないかという楽観論も聞こえるが、ヨシムネ殿は慎重姿勢を崩さない。
むしろシモ島では最後になるかもしれない今次の戦役をできるだけ引き延ばし、連合軍全体の熟練度を上げておきたいという。
各地から集まってきた兵たちは、サツマを倒せばそれぞれの領国へ帰っていく。それ以降もブンゴ国を中心に連携できるようにしておくためには、なるべく共同作戦の経験を積ませてから帰国させるべきだということだ。
先の先まで見通して、さすがである。
では、私もじっくり時間をかけて兵士やヒュウガ領民の布教に努め、点数を稼いでおくことにしましょうか。
それよりヨシムネ殿。
さすがに、もうそろそろ指揮所をヒュウガ国内に移してはどうですか。
お父上の引っ越されたムシカの方が前線に近いんですよ。おかしいでしょ。
「あんな遊ぶところも何もない町で、私たちが頻繁に逢瀬していたら、何を噂されるかわからないし、父やカブラル殿ほかの手前、気まずくてたまらない。
それに、彼女は特別、声も大きいのだ。
邸でなければ、とてもとても」
ヨシムネ殿は、欲情が昂ぶるたび、ウスキの邸へ馬を走らせる。ノヅより先へ司令部を移せないでいるのは、そのためだ。
早く二人の洗礼をとせっつかれている。父上と違い、自分たちは盛大にやりたいという。
なかなか調整が難しい。
やれやれ。