生き残りは、いる。
もとが5万も6万もいたとは信じられないほどだが、命からがら逃げてきた者たちが、司令所で報告を求められている。
すでに疑う余地は無い。
ブンゴ軍はサツマ軍に決定的な敗北を喫し、壊滅した。
私はコンヒサンを通して、その実態に触れる。
信徒はおめおめ逃げ帰ってきたことを恥じ、報告を終えた今となっては切腹して生涯を終え死んだ仲間たちのもとへ向かいたいと、異口同音に告白する。
だまらっしゃい。
それはデウスの教えに反した行為であり、あなたが正しく教義を理解していないことを示している。
改めなさい。
無駄死にこそもっとも恥ずべき行為であり、フォトケのもたらした邪悪な思想だと、冷静に考えれば新生児にだってわかることだ。
状況を把握し、勝てる見込みがないと現場で判断したからこそ、あなたは逃げてきたんでしょう。
そして我々に一部始終を報告してくれた。これがどれほど偉大なことか。
大勢殺されてしまったとはいえ、あなたにはまだまだ、戦える力が残っている。
それを、ここまできて無駄に捨て、残った者に片付けの手間さえかけさせる。これが利敵行為でなくて何なんですか。そんな歪んだ思想は、我々の邪魔しかしない坊主どもだけが勝手にやってればいいだけのことであって、知恵と勇気と理性と正義に貫かれたデウスの子たる我々は、己れに求められている使命を果たすことだけを考え実行せねばならぬのです。
わかりましたか。
わかったら幕舎で飯をたらふく食べて、明日目が醒めるまで泥のように眠りなさい。
そして同じ思いをして逃げてきた戦友たちと語らい、その心の支えとなり合って、次の戦いに備えるべく準備しておいてください。
今日は、ありがとう。あなたに赦しを与えます。アーメン。
ブンゴ軍は、タカ城を攻囲した。
周囲にいくつもの陣を敷き、立て籠もるサツマ兵に降伏を勧告した。
弓より長射程の鉄炮隊で城のすべての出入口を狙い続け、もちろん周辺地域からの援軍にも備えて全街道に見張りを置いた。
この状態で、数日が経過した。
敵襲は雨が雪に転じた、凍てつく深夜に始まった。
鉄炮は着火できないから役立たずだし、仮に撃てたとしてもアシガルの手は、かじかんで狙いを定められない。
サツマは、それを知っていた。
鉄炮の弱点を計算に入れていたのだ。
加えて、夜襲。
圧倒的多数のブンゴ軍に、最初は極少数で斬りこんできた。
サツマ兵は小刀を手に、音もなく忍び寄って、敵兵の喉元に突き立てる。そんな近接戦闘に特化した部隊を育成していたらしい。
各陣より悲鳴が上がり、法螺貝が吹き鳴らされるが、右往左往する兵たちは闇夜で同士討ちを始める結果となってしまう。
タカ城から順次、弓兵や騎兵が繰り出されてきた。
混乱は極限まで広がった。
ブンゴ兵の多くは川縁まで下がって形勢を立て直そうとしたが、増水したミミツ川に突き落とされて溺死した者も数知れず。
夜が明ける頃、無惨きわまりない自陣の踏み荒らされようを目にしたブンゴ兵は、ますます戦意を喪失する。
そこへ城から更なる追い討ちがかけられる。
全滅という言葉は、決して誇張ではない。
サツマ軍は、容赦なかった。
積年の怨みとばかり殺し尽くした。
逃げのびた兵たちは、司令所がウメへ移されたことも知らなかった。
最初の報告がもたらされた時点で、大虐殺の夜から3日が過ぎていた。
司令所を含むウメの町全体が、重苦しい沈黙に支配されている。
救護隊がただちに派遣された。道中で敗残兵を見つけたら「まっすぐ北へ向かえ、何としてでも生きて辿りつけ」と励ますことになっている。
それ以上できることは限られている。
増援を掻き集めて投入するという余裕すらないのだ。それほど、タカ城攻囲に全兵力を集結させすぎていた。
私も同意した作戦だし、あの時点では、決して間違ってはいなかったと思う。思いたい。
しかし、どうしてこうなったのだ。
私も、途方に暮れざるを得なかった。
セスペデスと私が詰めていた聖務所に、ヨシムネ王が現れた。
「フロイス殿。このたびの混乱、あなたにも多大なるご迷惑をお掛けした。申し訳なく思う。
すべての責任は軍の最高指揮権を持つ私にあり、あなた方に一切非は無いのだから、そんなに悲しまれないよう、願いたい。
逃げてきた兵たちの多くは、牟志賀を目ざしているようだ。
あちらでは、ここよりも大混乱が起きており、父上やカブラル殿も避難を始めたとの連絡が届いた。
今、司令所を移すことは更なる混乱を招くため、私たちはもうしばらく、この地に留まる。
しかしやがて敵はこちらまで押し寄せてくるし、宇目、牟志賀、土持等、日向国の民がいつまでも私たちに好意的でもあるまい。
フロイス殿、臼杵に戻られよ。
セスペデス殿も一緒に。そして、すぐ畿内へ発たれるがよかろう。
臼杵でも、府内でも、今後あなた方への風当たりは、強くなろう。
母上の怒りがますます大きくなることも、火を見るより明らかだ。
今度の敗戦、デウス様の天罰だとするなら、まさしくその元凶は、我が母のような不信心者を適切に処方することさえできなかった、私の弱さにある。しかし、今ここで悔やんでも始まらぬ。
さ、行かれよ。私はここで責任を果たさねばならぬ。一人でも多くの兵を安全に豊後国へ逃げ帰らせねばならんのでな。
さ、今すぐ、荷物をまとめて立去られよ」
王よ。あなたはどこまでも立派な方だ。
洗礼と結婚式を延期したことが悔やまれます。
このままでは終われないということですよ。必ず、戻ってきてください。
そして何年か先になるかもしれませんが、今日のこの日を笑って思い出しながら、盛大に、洗礼の式を執り行いましょうぞ。
約束です。絶対ですよ。
私たちは、撤収にとりかかった。
馬と護衛兵を用意されたが、それは負傷兵のために役立ててくださいと固辞した。
雨と雪でぬかるんだ泥道を、避難民に混じりノヅ目指して進む。
山路を降りながら、こう考えた。
人の世をつくったのはデウスである。
今もまた、我々のこの姿を天上より見ているはずだ。
その御主は、なぜにまた、このような試練を私たちに与えたまうのであろうか。
ヨシムネ王は、元凶が母親のナタにあると言った。
それは理由の一つとして成り立つ。いただきましょう。
でも、それだけでは充分な説明にならない。もっと何かあるはずだ。
私たちはデウスのために最高の仕事をしてきたつもりだ。
それがお気に召さなかったという事実を、重く受け止めなくてはならない。
しかし、なぜだ。わからない。
カブラルなら、わかるだろうか。
ヴァリニャーノは、どう裁定するだろうか。この事態を。
路はすこぶる難儀だ。