悪魔どもが、猛威を奮っている。
デウスが、その手綱を少々緩めすぎておられるのではないか。
否。
デウスは我々がなすべき仕事のぶんを残しつつ、適切なる裁きは加えられているはずである。我々は自らの力をもって、この事態を収束させることを試されているのだ。
御主はいじわるであるが、それでも、応えてみせねばならない。
それにしても、ひどいものである。
ウスキでは信徒が半数に減った。坊主どもの執拗な嫌がらせに耐えきれず。
だが、再びシャカやアミダやハチマンを崇めますと誓ったかれらを、坊主たちは素直には受け容れない。
廃棄した偶像や書画を法外な価格で買い直しさせ、悪罵と暴力で出迎える。儀式では末席に立ち尽くさせ、それが当然の報いだと放置する。
冷静に考えて、古巣へ戻って良くなる要素は何一つ無いわけだ。
我々が行う赦しとは、根源的な思想が違いすぎるのである。かれらのは所詮人間のつくった戒律なのだから、底の浅いのは無理からぬこととはいえ。
デウスの教えを正しく理解した者は、この程度の迫害ではびくとも揺らがない。
少し強めの風が吹いているだけだ。作物のいくらかは、失われるだろう。
しかし、浮き足だってこの嵐と直接対決しようとすることはない。今は大人しくしていましょう。
教会の周辺は、貧しい者たちで溢れている。
ミサの後では食事を提供するから、いつも来ている子供たちも混じっている。だが現在私たちを取り囲んでいる浮浪者の群れは、別ものだ。強烈な臭気を放ち、射るような目付きで睨みつけてくる。
その意味するところは、ひとたび誰かが教会に火を放てば一目散に駆けこんで奪えるものを奪っていこうという、冷徹な亡者の打算である。
そんな状況だから、信徒も易々と教会に近寄れない。
マルチルになる覚悟を決めた者たちが昼夜交代で警戒にあたってくれている。
この嵐が過ぎ去ったら日本の教会もエウロパ並みに石壁と鉄柵で城砦化しておくことを検討すべきかもしれない。木と紙でどれだけ荘厳につくろうとも、こんな建築物では、戦い抜くには心許ない。
ドン・フランシスコが、時々ツクミから物資や食糧を届けてくれる。
ブンゴ国はヒュウガからの撤退以来、上から下まで揺れに揺れているが、ドン・フランシスコの権威は却って以前よりも盤石となった。
その代わり、ヨシムネ公の風評がひたすら落ちこんでいる。
彼はウスキの城へ帰ってきた。城では実母のナタと、いの一番に前線から逃げてきたタワラ・チカカタの姉弟が、権力を恣にしていた。ヨシムネ公の味方はいなかった。
進退については未だ協議中であるが、先行きは暗澹たるもの。
ただ、一縷の希望が存在する。
ヨシムネ公自身から聞いた話だ。
ブンゴ国の北辺にタワラ一族の本家があり、ここにタワラ・チカヒロという人物がいる。
チカヒロ殿は公職を追放されており、今度のヒュウガ攻めには参加していなかった。
よって、彼の軍勢は完全な状態を保っている。
十数年前、ドン・フランシスコが唯一人のブンゴ王だったときに、何らかの事件があって、チカヒロ殿は失脚した。代わって昇進したのが、チカカタだった。
2人はそれ以来、犬猿の仲となる。
現在のブンゴ軍をめぐる状況で、チカカタは兵力を温存して戻ってきたから第一勢力になれて急に威張り散らしているが、チカカタの兵だけでブンゴ国の治安と防衛を維持できるかというと厳しい。
そこでウスキの政庁はチカヒロ殿を召喚した。
勢力としては、ややチカカタの方が強いようであるが、ここで争っては本当に国が破綻する。
双方、矛を納めて協議に入ったのだが、議論ではチカヒロ殿の方が上であった。
チカヒロ殿は、タカ城戦での敗北を純粋に戦術上の失敗だと断定する。
そして指揮官としての責務を果たさず、善後策さえ怠ったチカカタの非を問うた。
更に、老臣たちがただひたすらヨシムネ公を断罪するばかりの場となり果てていた会議のあり方にも疑義を呈し、ヨシムネ公の味方となって、真相の究明と今後の政策について話し合うことを説いた。
以上。ヨシムネ公から聞いた。変装して城の近くまで行き、こっそり会ってきた。
げっそりやつれていた彼の手を取り、決して挫けることなかれと励ましたよ。私たちの友情は永遠だ。
時期さえ整えば、必ず私の手から、洗礼を授けねばね。
ブンゴ国を安定させるためには、いったんヨシムネ公が隠退し、ドン・フランシスコが王として返り咲くのが早道と思われる。ヨシムネ公も、そこに希望を託している。
これまでブンゴ国を中心にまとまっていたシモ島内の勢力図が、崩壊した。春になれば周辺諸国が動き出すだろう。隣接する小国へ攻め入るか、あるいはブンゴ国へ直接、向かってくるか。ヒュウガを手に入れたサツマの動きにも要注意だ。チカカタとチカヒロ殿の軍勢を、どのように布陣して備えるべきか?
内紛している暇など無いのである。
教会を取り囲んでいる浮浪者たちにも仕事をつくってやって、呼びかけてみようか。
そんなこともいろいろ、考えている。
今は、少し強めの嵐が吹いているだけのことだ。
私たちは悪魔になど屈しない。