凍てつく雪が、今日もまた、降りしきっている。
私は夜、こっそりヨシムネ公と会ってきた。
彼はつらい立場で身も心も張り裂けそうな毎日を過ごしていたが、私の前では強い意志の力を示し、何があろうとカミやフォトケに屈することなく、御主の導きを見失うことなく、未来へ向けて真っ直ぐに歩き続けていくことを誓ってくれたのだった。
そして、そのあとに続くヨシムネ公の、コンパニヤとの絶縁も承認した。
カブラルが激怒するのは、わかりきっていた。
最悪の想定よりはましだったが、それでも烈火のごとく叱責された。
今日限り、ヨシムネはゼンチョであり敵だと、私に釘を刺した。
当分は監視をつけられるだろう。
私まで御主に逆らうなんて絶対ありえないことだが、それを信じてもらえるまで、しばらくは最大限におとなしくしていよう。
ちょうどいい。教会にこもって、中断していた日本史の執筆に専念するか。私にはそれができる。
少し長くなるが、ヨシムネ公がそうせざるを得なくなった経緯について、説明しよう。
ブンゴ国の北に位置する、ブゼン国の領主たちが、雪解けを待たず侵攻してくるだろうと予測されている。
弱体化したブンゴ国から奪えるものを奪えるうちに奪っておけという収奪戦が今年は各地で起きるはずだが、その緒戦となりそうだ。
これに手こずると、その隙をついて南や西からも攻めこまれるだろう。
反対に、ここを速やかに撃退できれば、多方面からの敵もおいそれとは攻めてこなくなる。
ブゼンとの戦いは、きわめて重要な意味を持つのだ。
ブンゴは、現在3つの軍集団を有している。
最大派は、チカカタ勢。
ヒュウガから連れ帰った、ほぼ無傷の兵が数千。現在はブンゴ国の地理的中心地であるフナイに陣し、北と南に睨みをきかせている。
次いで、ヘツキ勢。
ブンゴ王に代々仕えてきた古参家臣で、国の西辺を守っている。
前方に睨み据えるはチクゴ国。スコという領主がおり、数年前から軍備増強につとめ脅威となっていた。
スコは昨年までチクゴより西のオオムラやアリマと争っていたようだが、この機に乗じて東のブンゴへ攻め入る可能性が高い。
ヒュウガ攻めのときにも、スコの侵入を警戒してヘツキ勢は常駐を解かれなかった。従って以前からの戦力を完全に維持している。
土地勘もあるため、今のところヘツキ勢に転戦を命じる可能性は無い。
ただ、スコ軍が全力で襲いかかってきた場合、ヘツキだけで防戦できるかどうかは心許ない。
なおウスキ政府における主導権争いには、ヘツキ氏は完全に中立を保っている。
ブンゴ第3の勢力が、ヒュウガ敗戦後に政権復帰を許された、チカヒロ殿の軍団。
チカカタとは因縁があり、奴の野望に歯止めをかけられる一縷の希望だ。
チカカタは事あるごとにチカヒロ殿の足を引っ張る。たとえば、こんな噂を流す。
「親宏殿の所領国東は、豊後国内よりも豊前国諸都市との付き合いの方が深い。親宏軍を北辺の守りに置けば、敵と内通し、協働して豊後内へ攻め入る危険が生じるのではないか」
「日向の敗戦は、若王のデウス傾倒にすべての原因がある。だから我々は豊後国内からデウスを一掃しようとしているのに、親宏殿はかれらに寛容である。親宏殿も、デウスにかぶれているのではないか。
そんな者を政庁に入れるべきではないのだ。今すぐお引き取り願おう」
無茶苦茶である。最後のに至っては、ドン・フランシスコが洗礼まですませていることには完全に知らんぷりを決めこんで言及すらしない。
利用したいものだけを浅知恵で利用としようとしているだけの、お粗末な屁理屈だ。
政庁での会議には、ナタが毎回出席しているという。
何故ですか?
あのカンシャクババアに一体何の権限があるというのですか?
ドン・フランシスコさえ、意見を求められることはあっても城へは登庁してませんよ。何から何まで、おかしいでしょ。
家臣団にも、まともに言える奴はいないのか。チカカタに尻尾振るご機嫌取りばかりか。
まともな人は皆、死んだのです。ヒュウガで。
なんとも、やりきれません。ここまでの状況を招いたすべての元凶はチカカタじゃないですか、やっぱり。
すみません脱線しました。
ともあれ、チカヒロ殿としてはあらぬ疑いを理知的に撥ね返す必要に迫られる。
チカカタの暴論に対し、こちらの方が賢いことを、理性をもって見せつけてやるのだ。
そこで、こんな提案が行われた。
「対豊前戦の指揮官を、義統殿にお願いしたい。私の兵たちを義統殿にお預けします。
実務上、私が副司令として補佐に就きます。
親賢殿が監視役の派遣を求めるなら受け入れます。ただし、あくまで観戦と中央への報告のみに職務を限定していただきたい。
義統殿は再起の機会を必要とされています。私はそれを補助することができると考えます。
早期勝利し凱旋するまで、親賢殿には府内で待機していただきたい。
些細な失敗さえ許されない決戦となるからです。
豊後国の威信と栄光を取り戻すために、我々はこの場で一刻も無駄にするべきではない。御了解いただけるなら、私は義統殿と、ただちに作戦会議を始めたいと思うのですが、いかがでしょうか。皆さん」
国を危難にさらしているのは他ならぬおまえたちだぞ、と私ならダメ押しをしているところだが、チカヒロ殿は慎重である。チカカタ一派を黙らせ、不退転の決意で北部戦線へと向かう準備を始める。
ヨシムネ公を先頭に出立する直前、片をつけておかねばならない問題が、もうひとつあった。
チカヒロ殿は、タワラ家の本流であり、すなわち家系的にはチカカタやナタと同じである。
代々ハチマン信奉の中核といってよい存在なのだ。
チカヒロ殿は聡明で進歩的な人物だから、ハチマンの矛盾と誤謬をとっくに理解した上で振る舞われているが、郷里クニサキへ帰ればまだまだ蒙昧な家臣や住民たちが溢れかえっておろう。
ここへ国賊と噂されるヨシムネ公が突然訪れても、反発を招くだけだ。
軍官民一体とならねば今度の戦には勝てない。そこで、ひとまずはデウスと袂を分かつべしという方針が決定されたのだ。
ヨシムネ公は過去の失敗を認め、ハチマンへの帰属を誓ってクニサキへ赴き、ブゼンとの戦いに臨む。
これ以外の選択は、ありえなかった。
方便とはいえ一時的にでもデウスの教えから離れることは、身を切り刻まれるよりも辛いことだろう。わかる。
今はこれに耐え忍ばなければならない。私にはわかる。
だが、カブラルには、わからなかったのだ。
たしかにカウトリカの掲げる大原則として、信仰を棄てた者への救済の手立ては存在しない。
それは大罪に等しく、ヨシムネ公の固い決意にカブラルが激昂し罵声を浴びせたことも、当然といえば当然ではあるのだ。
しかし、そこに至る過程と、当人の心の内に渦巻いた激しい葛藤も、まちがいなく存在するのである。
なんとかできなかったものかと、今も迷いは残る。
望み得るならばヨシムネ公には大戦果を掲げて帰還していただき、遠くない将来私の手から洗礼を授けたのちに、現在の愚かなる私たち自身を笑って思い出せるようになっていればいいねと、そう願いたい。
だが、まずは勝利することだ。
そこが崩れれば、何もかもが終わってしまうのだから。