私はパードレ・フロイス。
世界の涯て、日本という島にいる。
その歴史の目撃者であり、記録者である。
1579年。
今年の復活祭をブンゴ国フナイで迎えるべく、準備中だ。
ブンゴ国北方では、ブゼン国との戦端がひらかれた。
ヨシムネ公が複雑な地形を巧妙に利用して善戦していると聞く。
ブンゴ側での噂だから全てを鵜呑みにはできないが、かつてヨシムネ公を徹底的に蔑んでいたチカカタ兵までもがその働きに感心しはじめているところを見ると、すぐれた戦いぶりを発揮しているのだろう。
私はヨシムネ公を信じている。
君はブンゴ国の王として、やがてシモを統一する男だ。チカカタというあくどい家臣の陰謀に利用されて今も苦しい立場に追いこまれているが、それもやがて、笑い話になる。
御主はすべてをお見通しだ。せいいっぱい、善戦してくれたまえ。
ところでこの卑劣漢チカカタの軍勢であるが。
フナイの郊外に屯って、油を売っている。ぐうたら暇を持て余しているという意味だ。
南からサツマが攻めてくる心配もあるからフナイに駐屯している理由はつくが、もう少し緊張感をもって軍規に誠実な格好くらい見せたらどうかね。
デウスの信徒が教会を守っている姿の方が、よっぽど実戦を意識している。24時間、一瞬たりと気を抜かないんだぞ。
もっともチカカタの兵だから、犬は飼い主に似るということなのだろう。
ブゼンを黙らせたら、次は君たちを始末する。今のうちにせいぜい、ヨシムネ公の戦いぶりを研究しておくことだね。できるものなら。
フナイへ来てみると、ウスキほど、我々への風当たりは強くなかった。
ウスキはブンゴ国の首都であり、最高府ではナタとチカカタの臭い息を常に身近に感じるのでその重苦しさは格別だったのだなあとつくづく思う。
フナイは教会用地が広く、豚臭くて信徒以外あまり近寄ってこないので、私も数箇月ぶりに安眠することができた。
パードレも、フィゲイレド、レイモン、ゴンサロと3人もいる。
来てすぐ、かれらに相談した。
日本開拓の真実を伝える、我々の貴重な史料文献を、ここより安全な場所に移すとしたらどこか。
これが、かねてより問題だったのだ。
一案として、ナンガサキかその周辺。
ナンガサキの港には、カブラルが交易品を陸揚げしておく倉庫群があるから、その一角を使わせてもらうことを真っ先に考えた。
カブラルからは言下に断られた。
そんなカネにならんものを押しつける気か、と言われた。
ひどいじゃないですか。ねえ。ほんと、ひどすぎる言い草だと思いませんか。ぶつぶつ。
次に、ノヅのレアン邸に置かせてもらうことを考えた。
教会は焼き討ちの標的となるかもしれないが、町や村がまるごと信徒である土地ならば、かれらが子々孫々と代々守り続け保管してくれることも期待できるではないか。
これについては既にレアンから承諾を得てある。
ただ、私はフナイへ来てみて、量の多さに眩暈を感じた。レアン邸がどんなに広くても、この3分の1ほど預かってもらうくらいが、限界だろう。
そこでもっと他にも、安心して史料を預かってもらえそうな、手堅い信徒の家はないだろうかというのが、相談の骨子であったわけだ。
フナイ周辺だと、クタミやユウといった土地に、それぞれの地主で信仰心に篤い日本人が住んでおり、かれらに交渉してみよう、という方向で話がまとまりつつある。
分散しておいて、一度にすべてを失う危険を少しでも減らしておくわけだ。
もちろん、重要な文献ほど、何葉もの写本をつくってあちこちに遺しておく必要がある。いつの時期のものはどこに預けたか、という目録づくりもせねばならぬ。これが当面、私の責務だ。日本史を書くのは私の使命なのだから、私がつくるのが一番早い。
さてさて、忙しい忙しい。
あっという間に灰の日が訪れ、私たちは断食を始め、聖週へ向けて精神力を研ぎ澄ませていった。
復活祭には、ドン・フランシスコがフナイへやって来るという報せがもたらされた。
当然カブラルも一緒だろう。肉料理を食べさせろということだな。はい、準備しておきます。
現在のブンゴ国におけるドン・フランシスコの立場は、きわめて微妙だ。
巷では、ブンゴ王はドン・フランシスコだと認識されている。だから復活祭でも、ブンゴ王がお越しになるぞといって信徒たちは興奮し、チカカタ兵たちはざわついているのだが。
このことを口外するとただではすまないぞ、という非公式の圧力も、きわめて強い。
からくりは見え透いている。ドン・フランシスコ自身に、政庁へ戻る意思は無いのだ。
今もツクミに暮らしており、毎日ウスキから使者は来るが、会いたがらない。
ウスキの教会へはたまに訪れるが、政庁へは寄りもせず帰ることが多かった。
チカカタ勢にとっては、ドン・フランシスコがデウスの信徒であることなど絶対に許せないはずなのだが、機嫌をこれ以上損ねたくないから黙っている。
ブンゴ領国民の人心を掌握できる存在はドン・フランシスコしかいないとわかっているから、そうするしかないのだ。
復活祭にフナイへ行く、とドン・フランシスコが決めたとき、政庁ではさぞや大騒ぎしたことと思う。
壮麗すぎない駕籠を用意して、なるべく目立たせずに、往復させることだろう。
ドン・フランシスコも派手に歓迎されるのは好まないし、国内の情勢も察しているから、それ以上言わないだろう。
フナイへ現れたドン・フランシスコは、ヨシムネ公の近況を聞いて久々に明るい表情を見せた。
ミサの中で講話を述べられたが、その声には張りがあり、信徒たちは感涙に咽び泣いた。
求道者を装ってチカカタの手下も聴いていたに違いないが、しっかりと、ありのままを報告してくれるがよいぞ。
「本日、ここにお集まりの皆様。私にとって、大切な兄弟たちよ。
御主の前では、すべての人間は、か弱き迷える小山羊に過ぎませんが、その中でも私は、信徒になりたてで、皆様から教えていただかなくてはならない若輩です。
講話などという、大それた役目には価しませんが、それでも私の立場上、皆様に安心していただくため、申し述べさせていただきたいことがあります。
現在、我国は、未曾有の大難を迎えております。責任の一端は私にもあり、まだまだ予断を許せません。そのことは事実です。ただ、希望は見えています。政庁には、古い考えに凝り固まった人たちがまだまだいて、かれらが国を傾かせているのですが、その所業たるや、深い信念に欠けており、私がひとこと厳しい言葉を加えればすぐに奥へ引き下がってしまうほどの小心者ばかりなのです。
困ったことですが、恐れるべきではありません。
もう少し時間は必要ですが、いすれかれらもデウスの正しさに目覚めるでしょう。そして私たちの兄弟となって、共に歩んでくれるでしょう。
そうなるためには、私たち自身がお手本となることが大切です。
常に勇気と、強い心をもって、災難にうろたえず、意気阻喪することなく、しっかりと前を見て、大地を踏みしめ、一歩一歩着実に進んでゆく。信じてください。この国は、必ず立ち直り、以前よりもっと豊かな楽園を築きあげるでしょう。
復活祭は、地上のどこでも、本日、祝われます。京でも、震旦でも、天竺でも。そして、宣教師の方々の祖国である、遠い遠いエウロパでも。すべての兄弟たちが、御子の降臨を、同時に、祝福しているのです。
私たちの心はひとつです。私たちは、誰ひとり見捨てません。共に歩むのです。お導きのままに。アーメン」
私はルイス・フロイス。
ブンゴ王ドン・フランシスコの、かくも気高き宣言を、ここに伝えた。