セスペデスから、書翰の束が届いた。
規格外も甚だしい。ミヤコへ着いてからの事細かな記録を、全部そのまま送ってきた。カブラルならずとも、もっと簡潔に整理して要点だけ書いて送れと怒鳴り散らすのが普通の反応だろう。そりゃそうだ。
しかしこれは私が教えたやり方で、セスペデスは忠実に、その通りのことをしてきてくれたのだ。すばらしい。
分析は私がする。
むしろセスペデスに整理してまとめるまで要求するなんてことが甚だしい筋違いだ。
とにかく見たまま聞いたままを書きのこせ。まちがっててあたりまえ。わかった時点で、あれはまちがってたようですという追記を別に書け。
すべてに日付を入れて、全部送れ。私はそれを何度も読む。読んで分析する。
正解に辿りつくためには、素人の要約なんて、百害あって一利無し。そう思っている。
これで私はミヤコにようやく、信頼できる情報拠点を設けることができた。
セスペデス、君は正しいことをやっている。自信を持って、これからも同じ姿勢を貫いてくれ。
セスペデスはミヤコの日本語に、ふた月くらい悪戦苦闘していた。
シモの方言とミヤコの方言は、かなり違う。カミキョウとシモキョウにさえ、差異がある。
発音ひとつ違えば日本人は即、差別、いや侮蔑をする。言葉遣いで瞬時に仲間か敵かを識別し、ヨソ者には心を開かないのだ。
そのくせ表面上は笑顔を絶やさず、親切な住民を演じる。徹底的に。
メステレ・フランシスコのように2年程度の滞在では、誤解に基づく好印象だけを抱いたまま帰ってしまうのも無理からぬ。
私も、かつてミヤコへ赴いて、いろいろ騙されて、裏切られて、苦労しながら日本人とのつきあいを学んでいったのだよなあ。
セスペデスの手記を順に読んでいくことで、思い出さなくていいことまで思い出して、咽びながら我が半生を振り返る。それがセスペデスとの連帯感を、より強めるのだった。
そんな感傷にも浸りつつ、気を引き締め直して、もう一度読み返そう。
今度はカヅサ殿の言動に注目し、彼を主軸に据えながらキナイ情勢図を頭の中で構築する。
私がキナイを去って2年半。想定外の事態が発生した。シモで、まさかのブンゴ国衰退。アキ国へ西から攻めこみカヅサ軍とで挟み撃ちにするという計画が、大きく遠のいてしまう。
一方、カミ島での戦局は、どのように推移しているものであろうか。
概要から言ってしまえば、さすがはカヅサ殿。着実なる戦果を積み重ねて、反社会勢力をじわじわと追いこんでいる。
前線は西へ西へと移動中。一時潰滅したセト内海域でも、イセイ湾から送りこまれた海賊衆が盛り返した。本年、内海入口のアワジ島に拠点を設けるにまで至っている。
アキ王は依然、元クボウに唆されてカヅサ殿への敵対姿勢を解いていない。
滑稽なのはオーザカのホンガンジ。
武器支援を頼っていたサイカをカヅサ軍に潰滅させられた。加えて今はアキ国からの物資食糧支援まで滞っている。このまま干乾しにしてやれば、四度目だか五度目だかの降伏宣言を出すだろう。
カヅサ殿は、私が去る前に言っていた。今度こそホンガンジからイコ宗頭領と幹部どもを総退去させ、オーザカを城ごと手に入れてやると。それを呑まぬ限り降伏には応じてやらぬ、と。
オーザカは呑むや、呑まざるや。
呑まないんじゃないかなあ。呑めないだろうなあ。
呑み水を最後の一滴まで奪いあって死に絶えるまで、カヅサ殿は赦さないと思いますよ。さすがに、もう、今度は。
時間はかかりそうですけどね。まだ1年か、2年は。
ソウダイが反逆して、とうとう死んだという話は、先にニエッキから届いていた。
サイカ殲滅の次はカンガ国を攻めに、カヅサ軍出撃。このときソウダイは兵の拠出を拒み、南のヤマト国へ立て籠もる。
謀反のつもりならなぜ背後から襲わないのだろう、と私は疑問を感じていた。おそらく、そこまでする兵力すら残っていなかったのだ。老いたソウダイは、息子や、古くからの忠臣だけ巻きこんで、さして意味の無い、抵抗の意思表示だけをした。
カヅサ軍からは長男ノフタタ殿が討伐に向かい、城を焼いてソウダイ一派の自害を見届ける。
ダイリはソウダイを、カヅサ殿の敵すなわち日本王への反逆分子だと公式認定。ノフタタ殿に、また新たな官位を与えた。
自らの抵抗が、美談として語り継がれるとでも考えていたのだろうか、ソウダイは。
さぞやインヘルノの底で悔しがっていることと思うが。君の死は決して無駄ではなかったよ、と最後くらい褒めてあげることにしよう。
謀反がもう一件、起きた。昨年末。ヒュウガ国でのブンゴ軍大敗と同じ頃。
なんと、大悪党アラキが、カヅサ殿を裏切る。
意外でもないが、それなりに驚く事件だ。しかもソウダイの立て籠りより、収拾までの時間もかかっている。
アラキが前の主君を裏切ってカヅサ殿に取り入ったのは、71年。
ツノ国を地盤に権力を恣にし、我々の大恩人ワタ殿を殺し、アークタンガワやタカツキまで含む大支配圏を樹立した。
オーザカ攻めでは包囲網の総指揮を任される。それを利用して内通者との裏取引で物資の横流しをしては懐をあたためているという黒い噂が絶えなかった。
そいつが、とうとうオーザカ側へ寝返ったということのようだ。
政治的に立ち回ることが得意なアラキにしては、なぜ、そちら側に?という疑問もなくはないが。
勘繰ることはできる。
これまでしてきた不正の数々をカヅサ殿に知られたら、どのみち長くは生きられない。進退に窮していたところに、絶体絶命のホンガンジから、おまえだけ助かると思うなよと、脅されでもしたのだろう。
そんなこんなしているうち、カヅサ殿に尻尾をつかまれた。
謝っても無駄だと悟り、ほんのちょっとでも延命できるならと、ホンガンジに味方することを誓った。
大方そんなところではないか。
ところでここに、タカツキ城のジュスト殿が、微妙な形で絡んでくる。
タカツキはキナイにおけるコンパニヤ最大拠点である。君主2代にわたる力強い政策のおかげで町民すべてがデウスの信徒となり、立派な教会も建っている。しかし行政管轄上は、アラキの支配下に属するのだ。
アラキがカヅサ殿に謀反を宣言し、敵対の構えをとると、ツノ国の領主たちは従来通り従うか、命令に逆らってカヅサ軍に門を開くか、決断を迫られる。
あろうことか、ジュスト殿はアラキ側に就いた。
なんでやねん。
ニエッキはカヅサ殿へ懇願。
タカツキ城下の信徒たちに対する殲滅戦は、容赦してもらえた。
条件を出される。ジュスト殿を説得してこいと。カヅサ殿に忠誠を誓い、アラキに弓を引けと。
ニエッキはすぐタカツキへ向かう。ジュスト殿を諭す。信徒たちの幸福を考えよ。領民の安全を保障するのが、なによりも領主の責務であろうと熱弁した。
時間はかかったが、説得に成功。ジュスト殿はアラキと訣別する。だが即、討伐側に転じることは良心がゆるさない。結果、タカツキを去ることが認められる。形の上では、懲罰か左遷だ。
アラキは、アリオカという城に本陣を構えて今も抗戦中。タカツキからは6レグワほど離れているので、激戦になっても信徒たちに戦火が及ぶことはなかろう。
しかしここからが問題だ。
タカツキの新領主が、ジュスト殿ほど優れた人物でなければ、あの規模の教会は維持できない。
ニエッキたちは、最後までうまくやれるだろうか。