巡察師、ついに来日。
私にその第一報をもたらしたのは、ドン・フランシスコの使いだった。
またたく間に、噂が駆け巡る。
ナンガサキでなく、コチノスへ入港したらしい。
ナンガサキで待機していた商人たちが怒り、領主であるドン・バルトロメウまでもがカブラルに不満を漏らした。
はてさて。カブラル、初手で大きくつまづいてしまった格好です。
巡察師の好きにはさせない、と威厳を示してやるどころか、いったい何をやってるんだという失態を犯してしまった。
しかしなぜ、定航船は進路を変えた?
定航船は、安全を確認した港にしか入らない。ナンガサキからは巡視艇が出て、先導をしたはずだ。それを無視したのか。
コチノスから出てきた舟に従ったのだとすると、これはカブラルが指示したものであるわけがなく、その舟に乗っていたはずのパードレはすぐ特定されようから、あとが怖いぞ。
ナンガサキは治安が悪く、それを巡察師に見せたくないから、カブラル自身のたくらみで、穏和なコチノスへ誘導した?
そう考える余地はある。だがナンガサキの商人たちやドン・バルトロメウに伝えていなかった。
商売人たちの元締めで、かれらよりも商魂たくましいカブラルなら根回しくらいしているはずだ。
この説には、穴がある。
巡察師が、カブラルの待ち受けるナンガサキを回避して、コチノスへ入港せよと船団に指示を出した可能性。
こちらの方が、矛盾が少ない。
きれいごとで塗り固められた接待攻勢を躱し、日本のありのままの姿を初見で観察し、カブラルの出鼻も挫く。
問題は、なぜ巡察師にそんなことが思いつけるのかという点。
日本の地理にも明るくないはずだし、アマカウ以西にそれを手引きできる日本人がいるとも考えにくい。
船長や船員には、毎年日本へ来ているポルトガル人も多いから、かれらの知識に頼ったか。
しかし船員は、ナンガサキが一番商売しやすく儲けやすいことを熟知しているはず。
かれらを説得し、カブラルたちが怒ることも承知の上で、承諾させるなんて。
巡察師にそこまでの権限はないはずだ。メステレ・フランシスコだって、船員たちが言うことをきいてくれないと、生前あれだけ悪態をついていたのだから。
よって、どちらにも、不可解な謎は残る。
その後も、注意して噂に耳を傾けていた。
人々がコチノスとナンガサキを、忙しく往復している。
巡察師はコチノスに滞在し、ナンガサキに邸宅を用意していた地元招待主の誘いを断り続けているという。
カブラルの面目も丸潰れだ。
コチノスの領民は突然の来客に慌てふためいた。
巡察師は町中の民に優しく接し、有力者には挨拶のしるしとして高価な贈物を届けさせる。
さらに四方八方から駆けこんでくる商人たちがカネを落としていく。空前の大景気に沸き返るコチノスの港。船団がナンガサキへ向かうことを、領民が必死で止めているという展開。
コチノスはアリマ領で、ナンガサキはオオムラ領。領主同士は兄弟なので友好な関係にあるが、このたびの入港地変更は、アリマにも経済力をつけさせ、発言力を大きくさせるといったような、何らかの影響を与えずにはおくまい。
ナンガサキ周辺の事情そして商売の話となると、頼りにすべきは、やはりアルメイダだ。
彼は今、フナイで療養中である。
行って意見を聞いてきた。
「アリマの王は、強烈なゼンチョだ。巡察師をこころよく迎えるとは思えん。
定航船は歓迎するだろうが、交易と、武器の取引が目当てなだけだ。スコやサツマとの戦争で追い詰められているからな。そこは、切実だろう」
ほう?ドン・バルトロメウの兄弟じゃなかったんですか、アリマ王って。いつ、ゼンチョに?
「ドン・アンデレのことか。3年前に死んだよ。いまのアリマ王は、その息子だ。
父王が死んだ途端、反対派の家臣たちとつるんで、コンパニヤを弾圧し始めた。
アリマ担当はパードレ・コエリュだったが、何度も約束を反故にされて、怒って帰ってきたな」
そんなことがあったんですね。じゃあ、今のアリマ王は、おじであるドン・バルトロメウとは、仲が悪い?
「悪くはない。
ドン・バルトロメウも無理強いはせんし、齢も離れすぎているからなあ。それに、どちらもヒゼン国の一部だが、オオムラからナンガサキまでの一帯は近年、外敵を多く抱えこみすぎているから、そんなことで争っていては、たちまち領土そのものを失う」
外敵というと、スコですか。よく聞きます。
ブンゴとも争ってますよね。何者なんですか。
「ヒゼンの、半島付け根にある一帯だ。
スコはもともとアリマに属する城だった。ここをリューゾウジという一族が奪い、要塞化して、周辺の領国を脅すまでに成長した。
フロイス、おまえたちが来日した頃からずっとドン・バルトロメウたちと争っていたのが、この、リューゾウジだ。
スコ以外にも幾つも城を持っているが、アリマから見て最前線がスコだな。最も手強い拠点だ」
……いかにも、毛むくじゃらな、蛮族の如き印象ですね。
もちろん、布教対象であるわけも、ない?
「すみやかに殲滅すべき対象だ。オオムラ・アリマ・ブンゴへ武器供与することによってな。
スコの野獣どもは、槍で突いても火で焼いても死なぬという。かれらの本拠地は広大な泥地なので、攻め入ることが容易でない。
加えて最近はサツマと連携を取り始めたという噂まである。
アリマは北と南から同時攻撃をかけられることを怖れている。実現したら、たまらんぞ」
悪魔の連合ですか。……おそろしい。まるナラとオーザカがいっぺんにシモへ出現した如くです。
「アリマの話に戻るが、若王の育ての親であるイサハヤがまだ生きているはずだ。
あのジジイさえくたばれば、王も家臣も、さほどデウスを敵視せんと思う。
サリートリ無しでこの難局を乗り切れるわけもないから、本音はアンドレの遺志を継ぎたいはずだ。
カブラルなら、その辺をわかっているはずだが。
巡察師が変に混ぜっ返さなければいいがな」
巡察師の考えは、私には読めません。カブラルは今後どう動くでしょうかね?
「わしにだって、わかるものか。
ただ、カブラルは本音では日本を離れたがっていると思う。ヒュウガ国の失敗があるからな。
巡察師との意見衝突により布教長辞任、という展開が理想的だろう。うまくすれば、この事後処理をも巡察師に押しつけて逃げられる。
どっちにせよ巡察師に監視されている状態で、今までのような荒稼ぎはできまいから、資産をまとめて持ち出す準備はとっくに始めているさ。
おまえも、そのつもりで、これからの身の振り方を考えておくことだな」
……そこまでは考えていませんでした。でも、私のことでしたら、はっきりしています。
私は、日本から出て行くつもりはありません。
カブラルが去るなら、むしろ私は残る。
私はカヅサ殿との約束を果たしたいし、いまここで私の見聞記を閉じるつもりはありません。
できる限り、日本の歴史を見届けたい。
そして私なりの言葉で日本史を完成させてから、パライゾへ旅立ちたいですね。