稲穂が頭を垂れ始めた頃。
ひとりのイルマンが、ウスキへ現れた。
フランシスコ・カリオン。
今年来日したカスティリヤ人だ。流暢なラテン語で話す。
巡察師から直々に派遣されて来たという。
私はブンゴ中の全パードレと、イルマンにも可能な限り召集をかけ、ブンゴの最上長として彼とみっちり対談をする。
「パードレ・フロイス。お目にかかれて光栄です。
あなたの報告はエウロパを熱狂させています。現在、決定版日本史を執筆されているとか。
巡察師はその仕事を引き続き全力で遂行するようにとの仰せです」
レイモンにも、3年前、同じことを言われたな。どうやら本当らしい。私は誇らしい気持になる。
「巡察師はすぐにでもブンゴ王へ挨拶に伺う予定であったのですが。私ひとりここへ来るまででも、道中危険を感じました。
大量の贈物を準備していますが、これを安全に運べるようになるまで延期すべきだと、私は進言するつもりです。
パードレは、どう思われますか?」
ブンゴ北部で若王の軍が戦闘中ですが、今年中には結着がつくでしょう。それからであれば、西部の街道を護衛できる態勢も整えられると思います。
今しばらくお待ちいただく方がよいと思います。
「そう報告します。
巡察師も現在、アリマ王への軍事援助によってスコ軍との戦いを勝利に導こうとしていて忙しく、この工作に来春頃までかかる見通しです。
それを見届けてからの方がよさそうですね」
ほう。スコ軍を叩いていただけるのですか。それは有難い。
巡察師は日本の内政問題に、かなり積極的に介入される方針をお持ちなのでしょうか。
「深慮のほどは私ごときには推し量れませんが、座して静観し時間を無駄にするお方ではありませんよ。
それに、アリマには信徒が大勢いて我々の上陸も歓迎してくれた。
スコには信徒はおらず、デウスにもコンパニヤへも敵対的で、アリマの平和を脅かす存在だ。
この状況で、我々が提供できる選択肢は限られています。デウスがそれを望まれる。我々は、なすべきことをなすべきです」
承知しました。布教長カブラルは日本人同士の戦争に介入することには消極的だったので、温度差を感じていたところです。了解です。
「皆の前であらためて伝えますが、パードレ・カブラルは布教長を解任されますよ」
ええっ。そうなんですか。驚きました。
なにか、問題でも?
「3年前、日本へは8人のパードレと7人のイルマンが送りこまれました。かれらは全員、巡察師より、すぐに日本語を修得し、この国での布教に尽力し、巡察師が来られるまでの地固めをせよと命じられていました。
しかし布教長カブラルはそれ以前からいたパードレへも徹底して日本人との交流を禁じ、言語習得どころか、むしろ常に高慢な態度で日本人に接するようにと指導しています。
偏狭な差別感情にもとづくこの誤った布教方針は、日本人の反発を招き、したがってコンパニヤの発展を阻害する。これが理由です。
巡察師は、表情には出しませんが日本に駐在しているパードレがほとんど全員日本語を話せないことに、烈しく落胆されていました。この損失は、はかりしれぬほど大きなものだと。全員が反省するべき問題です」
そう……ですね。それはしかし、たしかにカブラルが布教長として厳に唱えていた方針でしたから。非があるとしたら、カブラル一人に帰すべきかもしれません。
ところで私はずっとミヤコにいたこともあって、現在日本にいるパードレの中では一番日本語に達者だと思います。
私は他の者に日本語を教えることができますが、すべきでしょうか?
「おお、パードレ・フロイス。あなたの申し出を巡察師はきっと喜ばれるでしょう。
しかし巡察師が求めているのは、我々一人ひとりが直接日本人と向き合うことによって、日本語も、かれらの作法も、学んでゆくべきだということです。
実は日本にもセミナリヨとコレジオをつくるべきだという案が、ラウマにいた頃から出ているのです。コレジオではまず我々エウロパ人が生徒となって、日本人から日本語を学ぶ。そして教会でも一般信徒から学ぶ。こういう方針が、ほぼ決定しています」
……日本人を教師に迎えて、我々が学ぶ……?なんとまあ、それは、びっくりです。
「そんなに驚かれることですか?日本での現状を見る限り、これは早急に必要な対策だと思われますが」
あ、いえ、たしかに、そうですね。カブラル布教長の下では、ありえない発想に思われたので、いささか、戸惑ったのです。それから……セミナリヨもつくるのですね?
「はい。セミナリヨへは、日本人の子供たちへの教育を行います。日本人はきわめて聡明だ。私も実際に見て、驚いています。
礼儀正しいかれらはセミナリヨで学び、いずれはノビシヤドで研鑽し、イルマンに、そして、パードレへの道が、拓かれるでしょう。
インディアにおける布教は、いずれ日本人たちに担ってもらう事業となります。私たちはその礎をつくりに来たのです。ご理解いただけますか?」
……すばらしい。地上が、表と裏から、手を取り合い、ひとつの楽園となるべき姿が、目に浮かびます。
夢のような未来だ。
「それからパードレ・カブラルは日本で永年貢献してきた会士へも、正当な評価を与えてこなかったことが指摘されています。
イルマン・アルメイダも、本来とっくにパードレへ昇格していてよいはずでしょう」
ふむ……それは、そうかもしれませんね。しかしパードレになるためには、ゴアまで行かなければ秘蹟を受けることができないでしょう。
……もしかして、ついに、日本が独立布教区として認められることに?
「そうなれば、日本で叙階が可能になります。ですが、これには慎重な協議が求められます。全パードレが参加し、徹底的に話し合って、その上でです。
しかし実はもう、アマカウで叙階が可能になっているんですよ。それで今冬、私はいったん離日し、パードレとなって来夏、戻ってくる予定になっています。
ブンゴでは、イルマン・アルメイダも指名されています。半年間、彼の身柄を預かります」
なんと。いや、いろいろ驚くことばかりで。
アルメイダは、いま奥で寝ていますが、それを聞いたら喜ぶでしょうね。腰も一気に快くなるかもしれない。
「まだまだ皆様にも働いてもらわなくてはなりませんからね。ところでここからは、パードレ・フロイス。あなたへのお話になりますが」
え。どきっ。はい、私めに、何か。
「巡察師は、今後、毎年、日本布教区全体の総括報告書を作成することを求められています。
これまでは各人が書かれた短い記述が断片的に送られてくるだけでしたが、これを日本でひとまず整理する担当を任命します。
この年報担当者が日本での一年間の出来事と私たちの活動報告を一つの文書にまとめてから、ゴアへ、そしてコインブラへ、ラウマへと、送るのです。効率的でしょう?」
たしかにその方が、読む側としてもありがたいでしょうね。で、つまり、その担当を私にせよということでしょうか?
「お察しの通り。むしろ、パードレ・フロイス、あなた以外の適任者が存在しません。
ただ、今からいきなりでは、日本史の執筆とも衝突してしまうでしょう。今年は、日本史に専念してください。
担当は私が命じられました。パードレ・フロイスに教えてもらいながら、今年のぶんは私が作成して、アマカウまで届けます。来年からは、同じ形式で、パードレ・フロイスに執筆していただく。よろしいでしょうか?」
ああ、ほっとしました。
しかし、来たばかりのイルマン・カリオンに年報を任せるとは、巡察師も無茶なことを言うものですね。
「むしろいきなりパードレ・フロイスにお任せしたら、すごい文量の報告書をつくるだろうという心配からですね。
私は要領よく、あるだけの時間で書けばよいとしか命じられていません。次年度からは、その文量を目安にして、その程度に抑えて作成すべしという配慮だそうです」
ははは。なるほど。量は加減しろということですか。
いったいなんだと思われてるんだろう。私って。