頭脳明晰。
理解も決断も素早い。
おそるべし、イルマン・カリオン。
だが本人はいたって平然と言う。この程度は、巡察師ヴァリニャーノと一緒にいれば身につく技術ですよと。
巡察師はカリオンよりも優れた知識と理解力を有し、眠る時間もほとんどとらずに、何事にも即断即決するそうだ。
邪魔さえ入らなければ、百枚程度の報告書を一日で書き上げてしまうとか。
いったいどんな化物だ。審問所の書記官でもやっていたのか。
私は毎日カリオンに日本のことを教えた。
それは日本史のおさらいでもあった。
メステレ・フランシスコの時代。
パードレ・トルレスの時代。
そして私が来てからは、私が見てきた、日本のありのままの姿。
来たばかりだというのに、彼はたちまち立派な日本通となった。
アリマにいる巡察師も、すでにこれ以上の知識を有しているのだろうか。
私はエウロパ人で最強の日本通だと思っているのだが、その自信がなくなってきていてせつない。
不思議なことに、そんなカリオンでも、日本人と直接日本語で話す場面では、とても苦労している。
彼はカスティリヤ語を母語とし、ラテン語を完璧に使いこなす。ポルトガル語は6年前、リジボーアへ集められインディアへの赴任を言い渡されたとき初めて接し、パードレ・ヴァリニャーノと共に勉強し始めた。
カリオンのポルトガル語は上品すぎて、ぎこちなさが出るので微笑ましい。それゆえ本人はあまり使いたがらない。
その彼が、日本語には拒絶反応を示す。自分にはとても、日本語に向き合う自信が持てないという。
「日本人がいったい何を私に伝えたいのか、伝えたいことがそもそもあるのか、ただ揶揄っているだけなのか。
冗談なら冗談でも構わない。冗談と本題の境目はどこにあるのか。
教えの内容が理解されているように思えない。それでいて、祈りの言葉は数度聴けば覚えてしまう。
表面上は完璧に近いが、その意味するところを考えようともしていないと思えることすら、ある。
私はこの疑心暗鬼に耐えていける自信がありません。
パードレ・フロイス、どうか私に適切なる導きをお与えください」
イルマン・カリオンよ。その悩みはもっともだ。しかし、それに答えることは大変難しい。
日本人が、この世の摂理について、考えようともしないという仮説は正鵠を射ている。
神学・倫理学・形而上学・歴史学は言うに及ばず。地理学・天文学・数学に至るまで、かれらの幼稚さとデタラメぶりには許容しがたいものがある。
それは多分に、坊主どもが1000年間、日本人をそのように飼い慣らした結果、坊主みずからもその水準まで白痴化してしまったせいだと説明できるだろう。
我々は、本来的に優秀な民族である日本人を、正しき道へと解放する責務を与えられてこの島へ派遣された。
私が来たときはもっとひどかったし、メステレ・フランシスコの時代なら尚更だ。
しかし、あと1000年もかかることはないはずだ。私たちはすでにここまで、着実に畑を耕してきたのだから。
「日本語には文法構造が存在しない。まず、主語がない。
デウスが雨を降らせる、ではなく、雨が降る、と言う。これで会話が成り立つ。
会話?会話なのか?
ことばを覚えたての幼な子が手当たり次第にことばを口ずさみ、それを聞いた者は各々がそれを自分の聞きたいように解釈する。そんな日常をただぼんやりと積み重ねているように思える。
幼児なら、幼児でいい。私たちはかれらに福音を届け、アニマを救済することができるはずだからだ。
しかし、けだものであれば話は別だ。
たとえ言語らしき鳴き声を発し合える生き物であったとしても、けだものを救済することはできない」
イルマン・カリオンよ。もっともだ。
地上には、人の形をしたように見えて、アニマを持たないけだものも、数多くいる。日本人も、そうかもしれない。
しかし、この建築物の数々を見よ。
かれらは文明を持っている。これは明らかだろう。けだものに、こんな芸当はできない。
私は日本人を、大きな大きな幼児なのだと考えたい。少し手間と時間はかかるかもしれないが、かれらは人間になれるはずだ。
言葉については、日本人にラテン語を覚えてもらえれば一番よいのだけれど、これについては人材も足りなくて暗礁に乗り上げているところだ。
くじけず今は聖句を覚えさせるところまでで我慢しよう。
いずれセミナリヨができれば、解決は早まるかもしれない。
「日本人は、相手によって、場所によって、言葉をかえる。
第一人称ですら、10以上の種類を持ち、ここではこれを使うべしと細かく使い分けを強いてくる。
そのくせ自分たち自身がその使い分けに従わず、人によりその場によって正解もバラバラだ。私はこれに時間をとられるのが苦痛でしようがない。
仮に、カブラルが宣教師に日本語習得を奨励していたとしても、成果は捗々しくなかったのではないだろうか。
どう思われますか、パードレ・フロイス」
私は、カブラルが日本語を覚える気を完全に放棄したことも無理はないと考えている。彼だって、多少なりと理解できていた方が都合がよいはずだからね。
しかし、愛想が尽きたのだろう。
私は日本語を不自由なく使えるほどには習熟したけれども、これを誰にでもできるとは思わないし、私が誰かに、たとえばカリオン、あなたに要領よく教えることも、実際、難しいものなのだ。
ただ巡察師は並み外れた能力をお持ちのようだから、日本語問題には何らかの画期的な解決法が見つかるかもしれない。私はひとまず巡察師に期待したいと思うところだ。
話しながら、イルマン・フェルナンデスのことを思い起こしていた。
来日したての私に、日本語と、日本人とのつき合い方など諸々を、優しく根気強く教えてくれた、偉大なる先輩フェルナンデス。
彼が書きためていた日本語文法事典は火事で焼失した。また作ればいいさ、と笑いながら彼はそのまま病に倒れて、御主のみもとへ旅立った。
文法か。私は言語学の素養がないから、日本語を体系化する仕事には、手をつけることができない。
しかし、必要なことだ。
日本語に比べたらラテン語はとても易しいので、これを日本人に覚えてもらえれば教化ももっと進むだろう。
だが大勢の日本人を秩序正しく管理するには、我々がかれらの習性と従わせ方をもっと知っておくことが、どうしても必要になる。
相手は羊ではなく、武器も扱える、知能の高い、猿なのだから。