エウロパにおいて、日本の中心はブンゴである。
首都はミヤコだと断り書きはつけられているが、戦乱で崩壊しきっており王権を有するダイリとクボウはボロボロで国土を守る力を完全に失っていると説明される。
実際そうだし、クボウは既に消滅した。私も、そう書いて送った。
今でも、首都はミヤコとすべきなのだろうか?
アヅチだろう。
そうとも、日本の首都はアヅチだ。
だが、ブンゴ領国の存在感はそんな諸々の地方名をすべて霞ませる輝きを持つ。
メステレ・フランシスコはサツマへ上陸し、アマングチやミヤコへも流浪した。
辛酸を嘗めた軌跡のうち、ブンゴ王だけがコンパニヤを客人として迎え入れ、広大な敷地まで提供してくれた。
ブンゴこそは虚偽と強欲に満ちあふれた日本人たちの中にあって、良心を持ち弱き者へも無償の奉仕を心掛け、まさしく御主に導かれる資格を持ち得る、類い稀なる宝石であったのだ。
巡察師の地図では、日本布教区はシモとミヤコ、そしてブンゴの3管区に分割されている。
これら各管区にレジデンシヤを整備し、就中コレジオはブンゴに置くべしという計画が、リジボーアを発つ前から決定されていたのだそうである。
わかる。実によくわかる。
昨年までであれば、誰もがそれに異論など持たなかっただろう。
ブンゴは日本布教の絶対中心地であり、すみやかに首都化し日本を再編制する拠点となすべきだ。コンパニヤはそのための援助を惜しまない。
巡察師はそれだけの使命と権限とを託されて、エウロパからはるばる送りこまれてきたのだ。
壮大な展望だ。実に誇らしい。
ヒュウガの敗戦以降、ブンゴはシモの一領国に転落した。
その話は上陸時点で知らされたはずだ。
巡察師一行は計画の修正を必要とする。
しかしブンゴ国は滅んだわけではないし、メステレを盛大なパレードで迎えたその時のブンゴ王は、今もブンゴ王の地位にいる。
間に合ってよかった。今こそ我々が、ブンゴ王に過日の返礼をすべきときだ。
コンパニヤの持てる限りの力を、ブンゴ国再興のために惜しみなく与えよう。
これが巡察師の最優先課題のひとつである。
カリオンは、ブンゴ王との対面を前に、ものすごく緊張していた。
あまり派手な歓迎会にはしてもらいたくないと何度も念を押されたが、杞憂だとその度に答えた。
そして当日。ウスキの教会にて、小僧をひとり連れただけの少々くたびれたじいさんが入ってきて
「私がドン・フランシスコです」
と名乗ってもカリオンはそれが理解できずに、一般信徒と同じ席へ誘導しようとしたほどだ。
「巡察師とは、それほどに凄い力をお持ちなのですね。私も早くお会いしたい。ですが、秋月との戦いにまだもう少し時間がかかりそうです。
実は、親宏が戦死したとの報せが入りました。義統に助言してくれる智将は、もうおりません。これからはあの子ひとりで決断し、兵を動かさねばならない。うまくやってくれることを、ただデウス様へ祈るばかりです……」
私はカリオンに通訳する。
ブンゴ国北方で戦っている彼の息子が、最大の教師を失った。戦死したチカヒロ殿は、ヒュウガでの敗戦後に政庁へ入ってきた、我々の味方であった。
戦局は悪くなったということだ。
巡察師へ伝えられるかな。ブンゴ国へ援助してもらえるなら、急いだ方がいいかもしれない。と。
「パードレ・フロイス。私はそれを巡察師へ書翰で伝えよう。しかし、表敬訪問前に勝手に武器を送ってきたりはできないと思う。
まずは、アリマがスコを倒してからだな。しかしとにかく急ぐ必要があることは承知した。全力を尽くそう」
そこからの流れで、私はドン・フランシスコとカリオンの対話に、終始、通訳を務める。
ドン・フランシスコは、ラウマで自分の名がそこまで轟いていると言われても、とても信じられないと何度も何度も確認を求めた。
その謙虚さはカリオンにも充分に伝わったと思うが、はたして、想像していた日本王の姿にふさわしかったかと言えば、どう見ても耄碌しかけたおじいちゃんのようにも映った。
ドン・フランシスコはカブラルに調教されてきたから、どうしてもカブラルの方針に沿った世界観で教義を理解している。
たとえば毎日アヴェ・マリヤを120回、パーテル・ノステルを15回唱えることを必須としているがこれは機械的な反復に過ぎず、思考力を高めるには霊操を主とする段階へとうに移行しているべきなのだ。
私は注意しながら双方の話を通訳していたが、カリオンもやがて気付いた。
カブラルがドン・フランシスコに教えてきたことは、貴人に対して行うべき指導のやり方ではないぞ。と。
「ドン・フランシスコ。
あなたはもう充分にヴィルトゥスを育まれ、その輝きはブンゴの未来を明るく照らしている。私には、それがわかりました。
これからは、王たる者としての務めを果たすための研鑽を積むべきです。あなたはブンゴを、日本を代表し、国民へ号令を下すべく人です。もっと堂々と胸を張って、生きてください。
そのためには、よく食べよく眠り、よく運動して力をつけることが必要です」
私はもっと早く、対話を打ち切るべきだったかもしれない。
カリオンの勢いが上がってきた。
要点だけに絞って説明したつもりだったが、ドン・フランシスコは目の前のイルマンがカブラルとまったく違う性格の持ち主であることを、すっかりわかってしまった。
「フロイス殿……カリオン殿のおっしゃることは、カブラル殿の教えと真逆のように私には思われるのですが。どう考えたらよろしいのでしょうか……
私は、ずっと、後悔し、反省し、自分の犯してきた罪、とりわけ人の上に立ち続けてきた傲慢さを恥じてきました。
パライゾへ入るためには、この道を踏み外すことが一瞬たりとあってはならぬと、カブラル殿から、何度も何度も、注意されてきました……
何が正しいのでしょうか……私には、今、すべてがおそろしくてたまりません……何かが、おかしい……
いや、そう思うことは、私が、おかしいのでしょうか……」
いかん。悪魔が生まれそうだ。
私は、ここで休憩を提案した。実際は打ち切りだ。
しくじった。もっと慎重に運ぶべきだった。
日本布教の一大方向転換はもはや決定事項だが、こんなに急激な波風を立てるべきではない。
帆を閉じさせ、嵐をやり過ごし、潮目と風向きと方角を見定めた上で動かさないと、どんな船でもバラバラに壊れてしまう。
しかしもちろんカリオンが悪かったわけではなく、私もせいいっぱいの抵抗はした。
ドン・フランシスコの心に余計な疑問さえ生じなければそれでいいが、ひとまず時間をおこう。
今日のところは、ここまでだ。
巡察師ヴァリニャーノが、我々よりずっと慎重な人であってくれればよいが。さて、どうか。