「PFよ。
オーザカからの求道者が連日絶え間ない。私たちは疲弊の極みにある。
イコ宗に絶望したかれらの求道精神は本物だろうと思いたい。しかし思考が硬直化した者にデウスの教義を理解させるのには非常な困難を伴う。
POはすぐに洗礼を授ける。
私は、慎重に問答を重ねる。
この方針のズレは日本人の間に軋轢を生む原因となっている。
ICは説教しながら相手をよく殴る。これが良き効果をもたらす場合もある。混沌とした状況はまだまだ続くだろう。
落ち着いたらまた報告をする。PS」
セスペデスからの手紙だ。
春、十年来の宿敵、悪魔の総本山たるオーザカが、ついに屈伏した。
ダイリからの最後通牒を受け、イコ衆の皇帝は城を棄てて逃げ出した。今はサイカに匿われて山の中に住んでいるという。自分が死ねば世界が破滅するのだとさんざん愚衆に徹底抗戦を強要していた頭目が、あっさりと臣民を見限ったのだ。
もともと親子仲の悪かった長男がまだ城に残っていて残党どもの心の支えになっているようだが、もはやここまで内部の腐敗が明るみに出ては、かれらが再び一丸となることなどありえないだろう。
引きずられてカンガ国も自滅の道を駆け落ちてゆくと思われる。
長い戦いだった。しかし最後には正義が勝利したのだ。
アレルヤ!
生きる理由を失って途方に暮れたオーザカの民が続々と、ミヤコやサンガ、タカツキなどの教会を訪ね、まっとうな人生への入口に立とうともがいている。というのが現在のキナイ事情だ。大変そうだな。
イルマン・コスモはあいかわらず血の気が多いらしい。しかし殴り合うことでより深い絆を培えるようになるなら、それもアリなのではないか。
各人が、試行錯誤をしてみたらよい。私だったら、殴られたくないから、殴らないかな。
タカツキでは、ジュスト殿が領主として復帰した。
アラキの元へ逃げこんだ父ダリオ殿は、他の人々と共にカヅサ軍によって身柄を押さえられたもののミヤコでの大処刑からは除外され、エチゼン国への追放をもって赦されたらしい。
ジュスト殿はこれに感謝し、アヅチにおける教会建設の費用を負担するという申し出をされた。
作業員もタカツキ領内から希望者優先で選抜され、春からアヅチで働いているそうだ。城も、町も、教会も、今年中にはひとまず完成見込みとのこと。
ああ、行きたい。
巡察師はキナイ各地をできるかぎり訪問するだろうから、私も同行させてもらえるとよいのだがなあ。できるならそのまま留まり、アヅチの担当になりたい。さすがに虫がよすぎるかな。
そんなことを考えながら過ごしていた暑い夏。
聖アゴスチニヨの週。
巡察師がいよいよアリマを発つという噂が入った。
どの道を通ってくるかは、盗賊の待ち伏せを防ぐため極秘であるとのこと。
私だって準備に困る。どこで出迎えをしたらよいものか。すべての街道に向かいやすいのはフナイだが、情報の早さではドン・フランシスコ経由に適うものはない。
そこで、ウスキに待機した。
十字架発見の日。
巡察師一行は突如、海から現れた。
12人のカフルが操る、高速戦闘用舟艇フスタに乗って。
港は大騒ぎになった。私もすぐ駆けつけ、ありえない光景に息を呑む。
面識のない宣教師が大勢いる。
ひときわ背の高い、カフル並みの身長を持つパードレがいた。彼が巡察師ヴァリニャーノだとすぐに判る。それほど強烈なヴィルトゥスが発せられていた。
私は駆け寄り、挨拶をする。力強い握手と抱擁を返された。信徒たちが歓声を上げた。
「パードレ・フロイス。はじめまして。
あなたに会えたこの日を、永遠に大切なものとしよう。レジデンシヤまで案内を願いたい。
その後ただちに、ドン・フランシスコとの会談を設定してもらいたい」
指示は迅速だった。一刻たりと無駄にするつもりはないのだという固い意志が込められていた。
群衆の中にドン・フランシスコがいないかと見渡したが、彼は間に合わなかったようだ。よかった。
教会に隣接するレジデンシヤすなわち駐在所は、遠方から訪れる信徒を泊める下宿も兼ねる。さすがに30人超の収容力はなく、近所の信徒たちに、泊めさせてもらえる邸の提供を願った。
ここでもカフルが人々の注目を集める。
カフルたちは慣れた素振りで歌い、踊り出して、民衆を帰らせなかった。
ツクミのドン・フランシスコへは、真っ先に遣いをやらせ、正式な会談を準備するまでは来ないでほしいと伝えておく。あのじいさん、一般民衆に溶けこむのが実に巧みだからな。エウロパで想像されているブンゴ王の印象が大きく崩れ散るような初対面など、誰も望んではいないのだ。
恥をかくのは私だからね。さっきから厭な汗ばかり滴っているよ、もう。
巡察師の計画では、今月中にブンゴ国の布教拠点を見て回るという。
すでにアリマではヒゼン国中に散らばるパードレを集めて、日本布教区会議を行った。同じ議題を、ブンゴに駐在しているパードレを集め検討する。それが裁決され次第ミヤコへ向かう。あのフスタでだ。
私がミヤコへ同行することは当然だと言われた。ブンゴ布教長の任もその間は誰かへ引き継ぐ形になるだろう、とも。また巡察師はノビシヤドとコレジオをブンゴにつくる予定で、これらの院長と講師も任命しなくてはならないという。
ここまでくると理解が追いつかない。アリマにセミナリヨをつくったばかりじゃないですか。あまりにも性急すぎませんか。しかし彼の側近たちはこの速度に普段から慣れているらしく、話の流れを途切れさせることなく、次々と詳細を詰めてゆくのだった。
優秀すぎる。私は、この人たちについていける気がしないよ。
一行にはカブラルも混じっていたのだが、目立たないように気をつけていて、かつての尊大さを完全に封印していた。
自分からはほとんど喋らず、意見を求められれば簡潔に答えるのみ。
本人の口から、長年にわたる日本布教長としての激務に体力の限界を感じ退任することにした、と説明される。
すでにコンパニヤ総長宛ての辞表を提出、代理権を持つ巡察師がこれを受理した。
布教長の後任は、これまでオオムラ教区を担当していたパードレ・コエリュ。
まじめそうな、堅物かな。これもブンゴ及びミヤコでの総会議で日本にいる全パードレの承認を得た上で、正式に発動される見込みだ。
カブラルは、我々がミヤコを巡察している間、慣れ親しんだブンゴで一パードレとして布教に努めたいと希望した。これは叶えられたが、ドン・フランシスコ専任のパードレは別に就けられることとなった。
なんという念の入れようだ。このようにして、カブラルの影響力を徹底的に殺いでいったのだな、巡察師は。
ちなみにドン・フランシスコ担当は、パードレ・ラグーナという若い男。表情からは、その性格も能力も見抜けない。
77年にイルマンとして来日し、セスペデス並みに日本語習得に勤しんだ模様。
すでにこの点だけでも、カブラルには太刀打ちができない。通訳がいなければ日本人と対話できない彼には、とても。
カブラルにずっと隷従していた日本人イルマンのジョアンも、既にカブラルとは引き離されている。こうなるともはや、カブラルには日本で何の仕事がつとまるのか、という話になってくるほどだ。
時々パードレ・カリオンの解説に助けられながら、私はこうして一日目を終えた。
どっと疲れた。
明日からも忙しい日々になるだろう。
いやはや。想像以上に、優秀すぎる上司だった。
困ったな。