冬の海は、肌を刺す。
2隻の舟が旅路を急ぐ。
小さい方は、見慣れぬ形の帆を張っている。海賊ならずとも、何者かと近寄ってくるだろう。襲えそうなら襲うだろう。
その舟は幾組もの櫓を持っている。漕いでいるのは黒い牛たちだ。この海域では、見たこともないだろう。
更に近寄り、話しかける。どこから来た、何を運んでいる、うちの親方の許可はとっているのか、と。
船長は日本語で答える。
我々はダイリの許可状を持っており、急がねばならぬ。道をあけてもらいたい。駄賃くらいなら、くれてやろう。航海の無事を祈ってくれ。君たちも安全にな。
それでも聞かん奴もある。
話が通じなければ、戦闘開始だ。船員たちは武器を構える。黒牛たちも、そそり立つ。
たいていは、ここで結着がつく。私たちは、笑顔で別れる。
ダイリの許可状は、嘘でもないが、真実でもない。正確にはブンゴ王とカヅサ殿の保証書であり、招待状だ。
しかしアキ国はこの両国と争っているので、その通り言うわけにもいかない。
こんな時こそ、ダイリは便利だ。存在してくれてよかったと心から感謝する。
存在しなくなったもう一方の大王、クボウはこの辺のどこかにいるのだよな、とアキ領を通過しながら考える。
何日もかかる広い広い領国だ。スオ、アキ、ビンゴ、ビチュウ。ここまでを、アキ王は征服した。
カヅサ殿の支配領域に比べれば何分の一かだが、併合するにはあと何年もかかるだろうな。
反対側の西の端から、ブンゴが攻めてやるはずだったのに。
今更言っても詮無いが。
パードレ・メシヤは、ここでも驚くべき観察眼を発揮した。
シモ島には平地が少ない。ポルトガルの北半分は山岳地帯だが、そこだけ切り取って持ってきたような感じだ。だから都市は海沿いに分散しているし、耕作地が足りないから住民は常に栄養失調を抱えている。
この法則は、どうやらカミ島やイヨ島にもあてはまる、というのが彼の推論だ。
巡察師によると、長細さからいってもカミ島はイタリヤ半島に似ているという。昔ニエッキからも、そんな話を聞いた覚えがあるな。
イタリヤであれば周辺の様々な穀倉地帯と取引をするし、海運業で栄えた都市も多いのだが、日本では外洋との接触が閉ざされていたし石造りの文化もない。木造建築は地震には耐えやすいがすぐ燃えてしまうので、狭い平地に密集して建てられた町は消えては生まれ、消えては生まれを繰り返す。
シャカの思想も、インディア奥地で生まれたものは本来全然ちがっていたという珍説を聞く。
パードレ・メシヤはゴア、コチン、マラカ、アマカウなど各地でシャカ思想の分布についても研究していた。
日本では坊主が、日本人に合いやすいように現在のような酔狂譚へと変形させていったのではないか。来てみて、そう感じたそうだ。
たしかに坊主なら平気でそんなこともやるだろう。
シモとミヤコでも違いがありますよというと、ならば調査してみたいという。どれだけ命知らずなのだろうと私は呆れるのだが、ナラを観光したいというなら案内します。あなたが鹿と戦っている間、私は風呂に入ります。
舟がシアクへ停泊したとき、不穏な情報が入った。
アキ王に我々の動きが伝わっており、ミヤコを目指していることも知らされているという。
アワジ島より東はカヅサ軍が制海権を握っているので、そこへ達する前に我々を捕捉せねばならないと全軍に出動命令を下したとか。
シアクは大きな港町なので、我々が立ち寄ったこともすぐに伝わる。
直ちに離れよう、と召集をかけたとき、役人が現れた。
敵か味方か。
当然、敵だ。
積荷を確認するからすべて陸へ揚げよと命令される。とんでもない。
押し問答になる。
カフルたちは攻撃の命令を待っている。だが必要以上に騒ぎを大きくすることは得策ではない。
結局、カネで解決した。
150クルザードという大金を払った。巡察師が即決した。
役人は、私たちを見なかったことにすると誓い、港の群衆にも誓わせると胸を張った。ありえねえよ。
でも、アワジを抜けるまでの護衛がついた。潮の変わり目まで丁寧に教えてくれた。結果的には、良い判断だった。
さすがは巡察師だ。
この人についていけば、絶対に間違いはない。誰もがあらためてそう思った。
サカイに着いた。群衆に、盛大に迎えられた。
近郊の領主たちも駆けつけてきて、港はごった返した。
懐かしい顔が次から次へと。モニカの子供たちも大きくなっていた。
ディオゴ殿の邸に泊めてもらう。
ここも、ずいぶんとなつかしい。
今は、店を息子のヴィセンテに仕切らせようとしているが。ヴィセンテよ。君は昔から細かいことによく気付く反面、喋ることが大の苦手だったよなあ。
そこは変わっていなかった。なので、商売人には向いていないみたいで、ディオゴは頭を抱えている。
むしろモニカの夫であるルカスが、結婚したての頃よりずっと頼もしい好青年と化していたことに驚いた。
あととりは、彼にしてはいかがですかね。
巡察師とカフルの群れはサカイでも熱狂的な話題になり、押し寄せる者が次々と洗礼を希望した。
地道に求道から入るのではなく、即洗礼を求める傾向が強いのは、商都サカイの性格をよく表している。
巡察師は、街頭ヂシピリナをイルマンに命じた。信仰の道は生易しいものではないのだぞと示すつもりだったらしい。
しかし民衆はますます熱狂した。
巡察師は不思議がっていた。日本においてヂシピリナはエウロパとは異なる意味を持つことを、誰も彼に伝えてないのだなと気付いたのはこの時だ。
いや私もよくは知りません。聞かれても怖くてとても言えません。
はい、この話はおしまい。
サンガへ移動する途中で、ニエッキが合流。
彼はアヅチのセミナリヨ校長に就任することが決まっており、最新のキナイ事情も網羅している立場なので、巡察師と長い時間、専門的な話をイタリヤ語で交わしていた。
えらくなったものだなあ。
カヅサ殿を日本の最強権力者と認めた上での国際政治交渉を、どのように進めていくかがこのキナイ巡察で決められるのだが。私とニエッキとで真っ向対立することが予想されている。
せいぜい説得力のある弁論を頼むよ、ニエッキ。
君の報告書はいつも感覚的で、直情的で、なっちゃいない。それは巡察師も同意だと思う。だが、生身でする報告はもっと迫力を伴うかな。
せいぜい、楽しませてもらいたいね。
そして、次のキナイ上長あるいはカミ島上長には、僕がなる。