金曜日、カヅサ殿がミヤコ入りした。
昔からよく宿がわりにしていた、シモキョウにほど近いテラのひとつに腰を据えて、我々を待ってくれているらしい。カミキョウの一等地に邸を持っているというのに。
タカツキからミヤコまでは半日で着けるので、行って帰ってきたいところではあったが復活祭の準備でそれどころではなかった。周辺各地からの参拝客を加えると2万人超が集結する見込みなのだ。
そして何より、聖金曜日といったらヂシピリナ。
そろそろ巡察師に真実を明かさねばなるまい。
こんな日に私が姿をくらませたと知れたら、コンベルソ並みに出世の道を閉ざされてしまう。
御子イエズスは、処刑される前に何度も鞭打たれた。
受難週はイエズスの復活までを追体験する期間だが、その中でも特に苦痛を伴うのがヂシピリナだ。通常は前年恥ずべき罪を犯した者が選出され、罰としてヂシピリナを受ける。それは浄化のためにする儀式だ。
ところが日本ではこれも逆転する。
信徒はヂシピリナを悦ぶのだ。
罪無き者が自ら裸になり、四つん這いになって尻を突き出し、全力で鞭打ってくださいとせがむ。観衆は喝采を上げる。木造建築技法と並ぶ、日本七不思議のひとつである。
日本人は生来人前で裸になることを恥と考えない、貞操観念のゆるすぎる民族なのだが、それにしても。
エウロパでは最大の恥辱なのだぞと常日頃、言い聞かせてはいる。とくに巡察師の前では決してヂシピリナの話をしないようにとは徹底して教えてきたところだ。
とりわけヂシピリナが大好物のドン・フランシスコに対しては、会った者が毎度毎度しつこく釘を刺していたと思う。
本人も相当しおれていたからな。そんな努力の甲斐あって、シモ島では、隠し通せてきたはずだ。
しかしタカツキでは、もう無理だ。
案の定、巡察師は、驚き、悲しみ、最大級の落胆に肩を震わせた。
自身が鞭打たれるより辛かったろうと察せられる。
しかし翌日、立ち直られた。ヂシピリナがここまで日本で定着しており、信徒の愉しみのひとつとなっている以上、すぐに禁止令を出すことは適切ではない可能性があり得る。ひとまずは容認しよう。ただし決して娯楽としてする行為ではない。聖書のことばを理解するための一助として、四旬節の中で一日だけ許された儀式であることを弁えた上で、慣例に従うべし。
よかったあ。とりあえず、おゆるしは出た。
そして土曜日の日没をもって、復活祭が幕を開ける。
タカツキは不夜城と化し、人々はイエズスの復活に感謝を捧げた。
タカツキでは肉料理は供されないが、城下じゅうの街路で粥や焼き菓子、子供向けの玩具などが売られ、ふるまわれた。
節操のない商人たちは夏のボン祭りでも同じ屋台を各地で広げて稼ぎ回っているという噂もあるが、ジュスト殿によればタカツキでは一年のうち、復活祭と降誕祭にしか許可しないということである。
つくづく頼もしい領主であるなあ。
翌日の朝食を終えて、我々巡察団はミヤコへ向かった。
ジュスト殿のつけてくれた騎馬隊に先導され、ナガオカの峠を越える。
丘の上から見下ろすミヤコの景観は期待通り、巡察団を感動させた。四方を山に囲まれた巨大な盆地に、正方形を敷き詰めた街区が整然と並べられている。
確固たる計画性がなくては、こんな都市はつくれない。
もっともミヤコの都市構造はチイナの都を参考にしたという説がもっぱらだ。巡察団の誰もチイナの内陸部まで潜入したことがないため真偽は不明であるが。
チイナの建物は木造か石造か、それとも藁か?竹か?日本のように地震は頻繁に起きるのか?そういった疑問を次々とメシヤは口にするのだが、答えようがない。
ぜひ日本の次は、チイナを旅して回って、自ら報告をしていただきたい。
ミヤコでも当然のごとく、カフルたちを見に群衆が殺到した。
タカツキ兵たちが道をこじ開けようとするのを巡察師が制したため、なかなか前に進めない。
ミヤコでは教会用地が狭いため信徒たちの家に分散して泊めさせてもらうけれども、大量の貢物は教会に運びこんだ。
これを交代で見張りするのは、カフルたちの役目だ。
それを更に護衛する私たちも、交代で張りついた。
夜、さっそくカヅサ殿より、カフルを連れてこいという注文が届けられる。
現キナイ上長であるニエッキがカフルを一人連れて、カヅサ殿のいるテラへ表敬訪問に出かけた。
大方予想されていたとはいえその場でカフルは貢物として提供され、ニエッキだけが戻ってきた。
さてここで、実に面白くない報告が始まる。
「オタ・カヅサ・ノブナンガとその家臣たちは、初めて見るカフルを大変珍しそうに眺め回しました。立たせ、座らせ、歌わせ、踊らせ。その腕力の強さにも、驚嘆しておりました。
こんなバケモノを12人も従えて、まだまだいくらでも連れてこられる我らコンパニヤへ逆らおうなどとは当分、考えないでしょう。しかし気を許すべきではありません」
ああニエッキ。君はまだカヅサ殿を逆恨みしているのかい。しつこい男だなあ。クボウ並みだぞ。
「ところで……パードレ・フロイスがいないうちに巡察師には特に申しあげておきたいことがあります。くれぐれも内密にお願いしたいですが」
ああ、確かにここの部分は又聞きだ。僕にはちゃんと教えてくれる味方がいてね。君がコソコソ告げ口してることなんて、まるっとお見通しさ。
「ノブナンガと家臣たちは、とりわけ、カフルの……ペニスに、興味を示しました。その巨大さにです。日本人のは、とりわけ小さいですからな。かれらはカフルのペニスをしごき、興奮させ、勃起したその長さを見て、鼻息を荒くしました。そのあとです、私に言ったのは。このカフルを譲ってくれぬかと」
ここまででもずいぶんとカヅサ殿を矮小化してくれちゃってるものなんだが、問題はこの先だ。
「私からはこれまで報告を差し控えておりましたが、ノブナンガの男色は有名です。何人もの妻に何十人もの子供を産ませていますが、奴は男にも容赦なく、その絶倫の捌け口を求めます。家臣団は全員、ノブナンガと性交経験を持ちます。
さらにノブナンガは幼年から十代までの少年を多数囲って身の回りの世話一切を任せておりますが、目的はもちろん、性的肉体関係を結ぶことにあります。幼女には興味を持たぬようなので、根っからの男好きなのでしょう。私は、あのカフルをむざむざ悪魔の色情に委ねてきたことを、いま烈しく忿怒しているところです。しかし拒絶することは不可能に思われました」
まだだ。まだ、この次に、こいつは、とんでもないことを言い出す。
「このことも申しあげておかねばなりません。パードレ・フロイスについてです。彼は長年、カヅサ殿と個人的に親しくしており、どこで何をしているか、私にも、イルマンたちにも明かしませんでした。
前線に立ち、人を殺めねばならぬ兵士たちを慰めていた、と彼は言っています。この意味を、巡察師に問い詰めていただきたいのです。
おそるべき邪悪なる真実が、その背後に隠れていると、私には思われてなりません。
巡察師が日本におられるうちに、すべてが明らかにならなければ、コンパニヤの権威はここから失墜してゆき、いずれは破滅を迎えるかもしれません。以上、私はデウスの忠実なるしもべとして、告白いたしました」