サカイまで戻り、ディオゴ殿へ預けていたフスタ及び荷役船に、土産物を積みこむ。
ここで、いくつかの情報に接する。
まず、チクゼン国ファカタの壊滅が、確実となった。
ミヤコでカヅサ殿から速報として聞いてはいたが、あまりにむごい結末だ。スコは南と東への進軍を阻まれ、その領土欲を北へ全部、振り向けたのである。
蛮族どもはすべてを奪い尽くし、焼き払った。なんとひどい連中だろう。
ファカタは商人たちの町で、日本がチイナと友好的な交易を行っていた時代に発展した。交易が廃れてからはサカイの方が大きくなったが、この二都市間を往復している商人は現在でも大勢いる。
今回の惨事でファカタからサカイへ逃げてきた家族も多数あり、サカイでも、スコへの義憤が燃え上がっている。
シモへ戻ったらやつらへ鉄槌をくらわしてやってくれ。と我々は運びきれないほどの義援金や支援物資を頂戴した。
ありがとう、きっとお役に立ててみせる。
さて、スコも怖いがアキも怖い。
来るときにも危険な一帯をくぐり抜けたが、帰りはもっと警戒されているだろう。アゴスチニヨ殿に護衛を頼めたとしても、内海を突っ切るからには犠牲を覚悟せねばならぬ。
そこで、遠回りになるがアワ島南回り航路をとることにした。
何度も説明している気がするが、現況を踏まえて繰り返す。アワ島とはカミ島・シモ島と共にセト内海を挟みこむ、3つ目の島だ。
大きさはシモ島の半分くらいというが、大きな都市は少ない。島の東半分をアワ国、西半分をイヨ国が治めており、カミ島・シモ島からそれぞれの名で呼ばれている。
ここへ最近、南側からトサ国というのが伸張してきており、アワ・イヨを呑みこむ勢いだという。
イヨ国は旧来、ブンゴ国と同盟関係にあった。厳密にはトサ国とブンゴ国も婚姻を通じ連帯していたが、謀反が起きてトサ王はブンゴへ逃げてくる。反乱分子たちの操るトサ軍が、イヨまで攻めこんできたというわけだ。
当時イヨからブンゴへ逃げてくる難民も大勢いたが、ヒュウガでの敗戦を境に、ブンゴからイヨへ流れが逆転した。
キナイ周辺が安定しつつあるのに比べると、西域はまだまだ戦場だらけなのだ。
ところで我々は春にサカイへ上陸した時、ここでシマン・ショーノシロー君の訪問を受けた。驚きだった。私とは4年ぶりになる。
ふりかえろう。ブンゴがヒュウガへ侵攻した頃、ドン・フランシスコはウスキ教会で修練中だったシマン君をムシカの新邸へ連れていった。ほんの数箇月後、前線が崩壊し、ムシカの町は放棄され、避難活動が始まった。ウスキもフナイも危険と思われていた当時、ドン・フランシスコはシマン君をイヨへ逃がしたのだ。
私が知っていたのは、そこまでだった。
シマン君は、イヨで結婚をした。
もともとチカカタがクゲの子をもらって養育していた子なので、ミヤコに実家がある。シマン君は、新妻を連れて、実家へ報告に行った。
そこへ丁度我々が巡察のためやって来たので、会いに来てくれたというわけだ。
前置きが長くなったが、シマン君からもらった住所をたよりに、帰りは我々が訪問しようと思う。
同時に、イヨ国とトサ国の情勢も把握しておきたい。イヨ軍にはどれほどの支援が必要なのか。概算だけでも立てられれば、見積もりをつくることができる。サリートリの配分も決められる。
ひとまず、トサ軍を押し戻しておければよい。本腰入れて叩くのは、スコを片付けてからになる。
外洋は波が荒く、風も強かった。潮に乗るのも難しい。この航路に詳しい船頭の指示に従い、安全そうな港を経由しながら、西へ向け進む。
アワは、かつてはミヨシ一族が栄華を誇っていたが、今は町にも活気が無い。
トサは、大きな町そのものがあまり無い。外洋に面しているのに、大きな船をつくる技術を持っていないように思われる。ひと言でいえば、遅れている地域ということになるだろうか。
イヨも、内海側に比べると外洋側は小さな町ばかりで、戦力を養える土地ではないと思った。島全体が、耕作地をほとんど持たないことにも理由は求められるだろう。
我々は目的の港に係留し、シマン君を訪ねた。
信徒は大勢いるはずなのだが、どこか、よそよそしい。
やがて、理由がわかる。シマン君は浜に近い、ひと目につかない岩場の一角で私に語ってくれた。
「私たちは移民ですから、ここに元から住んでいた人達に逆らうことはできません。とくにデウス信徒であることを明かせば、ただちに追放されてしまいます。
毎日が屈辱ですが、耐えていかねばなりません。
妻を洗礼させることも叶いませんが、彼女は理解はしてくれています。かけがえのない妻です。だから今はそっとしておいていただけるのが一番ありがたいのです」
奥方はまだ邪宗徒なのだね。巡察師が聞いたら、洗礼を受けてからの結婚でなければ駄目だと強く言いそうだけれども。黙っておくよ。
いつか平和が訪れたら、私が洗礼するよ。それから改めて結婚式を挙げよう。
「私は幼い頃から強情が過ぎたと、今は思っています。
子供の頃はそれでもよかった。
私にも子供が生まれたら、思う存分、強情に育ててやりたいです。でも大人になったら、大人を見上げて戦う背丈でなくなったら、強情であることは躓きのもとですね。
大人同士ならもっと賢い戦い方ができるはずです。そのためには先に強情を捨てた方が得なんですよ。それを、この地で学びました」
何を言っているのかよくわからないが、君はずいぶん大人になったみたいだな。落ち着いているし、しっかりと考えてもいるようだ。よかった。
奥方を洗礼できそうになったらいつでもブンゴへ来てくれたまえ。ドン・フランシスコも君の成長を見ればどれだけ喜ぶだろう。
「わかりました。その時には行きます。ですからそれまでは、僕たちをそっとしておいてください。くれぐれも」
安心したまえ。ここの坊主どもが、面倒臭いのだろう。他の信徒も、息を潜めて隠れて暮らしているようだし。事情は察する。次来るときは、それなりの戦略を立ててから乗りこむよ。
シマン君は、このあとあまり喋ってくれなくなったが、最後には固い握手をして別れた。
厄介な状況だ。坊主は、どこまでもしぶとく我々を苦しめる。
巡察師には、簡単な報告だけをした。その後、我々はブンゴへ帰還した。