四旬節2週目。
地震のあと、東の空が朱く染まった。
山火事でも起きたかと思った。どうやら違うとわかって、コエリュは残念そうだった。
ウスキからだと内海の光が一面輝いて見えたらしい。
悪いことの前兆でなければよいがなあ。
セスペデスからそのうち便りが来ると思うが、もしタカツキより西の空が輝いていたら、それはアキ国での災害ということになる。
元クボウはとうとう妖術師を召喚できるようになったかな。遅すぎるんだけれどもねえ。
密貿易船団について、各地からの情報をあつめた。
まず確実に言えることは、海流と風の影響により、定航船と同じく夏の間しか来られないということ。そして冬の風に乗って帰ってゆく。今のところ例外は認められない。
ポルトガルで建造された貨物輸送用大型帆船を、ナウという。これを模してインディア各地で造られた大型船をジャンクと呼んで区別するが、近年は定航船団だって全てがジャンクという場合が珍しくないそうだ。
日本人は依然、自分たちで外洋へ繰り出そうという気を起こさない民族であるが、チイナ人はジャンクをどんどん造っているそうで、その活力と技術向上はめざましいものがある。
最初のうちはポルトガル人の雇われ船員として仕事を覚え、カネを貯める。やがて力をつけると自分たちで船を持ち海を渡って商売しに来る。ポルトガル船団とは競争しない。棲み分けを明確にしていて、日本でかれらが同じ港に現れることは決してない。
つまり、むしろ協力関係ができあがっているということだ。我々はこれを注意しなくてはならない。
ポルトガル人と現地民との混血を、メスティーソという。メスティーソがポルトガル人との間につくった子供は、カスティーソと呼ばれる。
日本に住みついたポルトガル人が近年けっこうイルマンに登用されていたりするが、かれらは厳密にはほとんどがメスティーソやカスティーソだ。
すでに第三世代も誕生してきている。日本人は潔癖すぎるせいかあまり混血をつくらないけれども、チイナでは混血が爆発的に増えており、アマカウの管区本部でも、かれらの労働力と語学力に頼っている以上、線引きをして抑えつけることは難しいといった現実があるようだ。
すなわち密貿易船団が自分たちの邪魔をしない限りは勝手にやらせておくし、なんなら人員や物資の融通さえする。
ということは、密貿易船団を取り締まることをアマカウに求めるのは無理なのだ。日本側で手を打たねばならない。
いまのところフィラドやファカタに来航するジャンクはせいぜいひと夏に一隻程度だそうなので、サツマも同じ頻度なら、まださほど大きな脅威でもないとはいえる。ドン・プロタジオは敵地まで攻めこむ意思を持っていないし、防衛だけなら一隻ぶんのサリートリで間に合うだろう。あとはブンゴとアヅチに振り分ける。
ふう、なんとかなりそうだな。
スコから動きがあった。王の息子が、説教を希望していた件だ。
罠かもしれないので、あなたの方から来てくださいと、パードレ・メシヤが一度断っている。しかしさすがに王子がノコノコ領外へ出てくるのは無理があっただろう。
次の要望では、スコ領内ではあるが、中央の城からかなり離れた、イマリという保養地を指定された。
我々は志願者を募り、日本人イルマンのダミヤン・デ・ラ・クルスに行ってもらうことになった。彼も百戦錬磨の戦士だ。死を覚悟して、乗りこんだ。
四旬節だというのに、呆れるほど飲み食いして戻ってきたダミヤンによれば、出てきた王子はスコの実の息子ではないらしい。
幼い頃に人質として連れてこられ、スコの息子として育てられたが、たいへん聡明で城をひとつ与えられる身分にまで出世した。意外と、見込みがありそうだな。
イマリでは、一等地に教会を建てる許可までくれるという。
ただ父王の目が光っているうちは迂闊に動くことはできないから、今後も何度か訪問して、デウスの教えを聴かせてほしいという話だった。これは実によい徴候だ。
スコの兵力や城の配置をなんとか探り出してブンゴに伝え、ヨシムネ王に叩いてもらえば、スコの王だけを追いつめ倒すこともできそうだぞ。
そんな話をしていた時だった。
「立派な若君だ。そんな父王に育てられながら、デウスの真理に添いたいと切実に考えて、行動している。私はぜひ彼に会ってみたい」
いやいやいや。おまえは飲み食いをしたいだけだろう。
行くなら父王と刺し違えてこい。なんて聞く耳を持つわけもなく。
全員がそれぞれの思惑をもって制止したものの、布教長自らがダミヤンを連れて出かける段取りとなった。
私まで行くと、万一罠だった場合、日本布教区が機能しなくなるので、私は残る。
この豚と顔を合わせなくてすむ日が訪れるなんて何箇月ぶりだろう。たまった仕事を片付けてしまいたいものだな。
うう、結局仕事なんだよなあ。
私は今、何を間違ってこんな目に遭っているのだろう。
どうしてこんなことになってしまったのだ。
全部この豚のせいだ。
ダミヤン、あっちへ着いたらうまく始末してくれよな。
なんて、言えるわけもなく。
アマクサへ派遣していたイルマンが戻ってきた。
アルメイダはカチウラという村にいて、信徒の家でほとんど寝たきりの生活を送っているが、優しい人たちに囲まれてとても幸せだと言っているらしい。
「これまでさんざん働かされてきたのだから、もうこれ以上、どこかへ行けなんて言うなよ」
そう何度も念を押していたそうだ。ああ、私もそんな風に言ってみたいものだよ。
「サツマはいくつもの港を持っているから、年間どれだけのジャンクを惹き寄せているか、知れたものではない。油断するな。
なんの成果も上がらんのにわしらを招き続けるのも、情報を得るのといつでも人質にとるのが狙いだ。サツマは無闇に動かん。手強い智将が大勢控えていることを、くれぐれも、侮らんことだ」
イルマンの口述筆記を通して、アルメイダの鋭い分析が、ひしひしと伝わってくる。
怒られるかもしれないが、私はアルメイダをこそ布教長の座に就かせたいと、いま真剣に思うのだ。心から。