戰國ぢあぼろす   作:ひねもす@HAMELN

199 / 328
SengokD.1582/006.hmos

ナガシの季節である。じめじめと、長雨が降りつづく。

 

日本人は肉食習慣が無かったため、香辛料の存在も知らない。何でも腐らせてから食べる民族だから、カビすら美味だという。疫病にも強い道理だ。

しかしナンガサキでは肉の腐敗が早く、現在多くの住民が罹患している。

話を聞くと、まるでペストの大流行だ。

我々は病気に医学で対抗する。日本人は昔から、フォトケに祈って追い払ってもらう。

呆れたことに、ナンガサキから出て行って、坊主に救いを求める住民が大勢いるという報告を受けた。情けない。全財産むしられるだけだぞ。

誰それは治ったぞ、という噂が駆け巡って正常な人々をも不安に陥れているという。

肚立たしいが、エウロパ人の方が罹患率が高く、かつ教会への入場制限をすべき現状においては、信徒に安心を与える決定的な説得力に欠ける。

我々に忠実な信徒ですら、その根拠となるのは盲信的な情熱であって、医学知識ではない。

聡明で清潔を好む日本人がなぜ病魔に対してここまで無知蒙昧になれるのか、私には測りかねる。

 

ナガシは通常2~3週間で終わり、そのあとは、いきなり暑い夏が到来する。

夏といえば定航船の季節だ。すでに商人が出入りを始めている。

私は初めての体験だが、カブラルは毎年これをやっていたのか。

うんざりしている。どいつもこいつも、熱心に祈りを捧げてコンヒサンを求めて、布教長を指名する。この時点で商人だとわかるのだが、コエリュは忙しさを理由に他の誰かを指名する。私にも回ってくることがある。

 

かれらは、定航船がどこに何隻入港するのか、今年はどんな商材を仕込んでくるのか、などを必死で聞き出そうとする。

 

カブラルなら、こうなる前の段階で割当てを決め、約束をしておくのだろう。とてもじゃないが、突然布教長補佐に任命された事務屋ふぜいが、引き継ぎもなしでこなせる仕事じゃない。

巡察師も、助言のひとつもくれてから立ち去ってくれればよかったものを。もしかしたらコエリュには伝えていたかもな。しかしあの白豚は、何を言われたとしても、もはやすっかり忘れているだろうさ。

 

ちなみにカブラルの下で財務担当をしていたアルメイダ、その助手であったミゲル・ヴァスの名前も、何度か商人たちの口から出た。どちらかを連れてきてくれたら、それで十分ですと。

ミゲルはパライゾにいるし、アルメイダもアマクサで安らかに暮らしている。頼るならば、カブラルしかいない。

そこで、要請を出した。

 

今夏の定航船については、一切を取り仕切っていただけないでしょうか。私たちには手に負えません。報酬も、一存で決めていただいて構いません。巡察師へは報告しないことを誓います。

 

コエリュにも、異存はなかった。

もとよりこいつは商売に関与すること自体がデウスの教えに反するの一点張りで、コンパニヤへ提出する収支報告にすら手も触れない。正しくやればよいだけだ、と丸投げしてさっさと寝床に入ってしまう脂肪の塊なので「全部カブラルにやってもらえるなら、フロイスもずいぶん楽ができるだろう」とあっさり承認した。

来年以降はどうするつもりなのか。それすら考えが回らないか。こいつの脳味噌にはカビが生えまくっていると思うが、日本人でもさすがに食うまい。

疫病よりたちの悪い猛毒であること間違いない。

 

商人との対話は、肚のさぐり合いになる。

私も回数を重ねることで、情報を引き出すためには相手の欲しがっているものを与える必要がある、という商売人同士の呼吸がわかるようになってきた。

私はこれが欲しい、という明確な目的を持っていない者は、商売人と肚をさぐり合うことすらできないのだ。対面してすぐ、それは試される。

見抜けない者とはそれ以上対話をしない。

情報、権限、カネ。いずれかを持っていれば、商人は寄ってくるものなのだ。私には布教長を動かせる権限がある。これを元手に情報を集め、財産を殖やしていこう。財産とは、すなわち力だ。私は次第に、そんな風に考えていくようになった。

 

おぼろげながら、わかってきたこと。

アマカウを拠点とする密貿易船団は、近年、爆発的な成長を遂げている。ポルトガル商人のランデーロという一族が特に羽振りをきかせていて、ポルトガル王室付の定航船団にカネまで貸し付けているほどだという。主客転倒ではないか。

取引した品目も、定航船団はすべてを王室へ報告しなければならないが、密貿易船団には何ら制約がないため、純粋に儲かるものが積みこまれる。

巡察師一行が連れて来たカフルは日本中を熱狂させたが、このカフルを求める日本商人がいま、非常に多い。しかし定航船団にカフルの売買は許されていない。当然、密貿易船団の独擅場となる。

密貿易独占品目を目的とする商人はサツマへ潜入するが、これはそれなりの危険も伴う行為だ。

日本でもいずれ、定航船団が密貿易船団の足下に屈することになる可能性はある。考えてもみなかった。いくらこちらが本家本元だと言い張ったところで、日本商人たちにはどうでもいいことだからである。

安穏と構えていることは、確実に敗北へと向かう道なのだ。商人たちには当り前のことなのに、私は知りもしなかった。

サカイのディオゴ殿から私は何も学んでいなかったのか。ディオゴ殿から見て私は、肚をさぐり合う資格もなかったのだろう。今更にして、痛感する。

 

私はいつのまにか、商人と思われる信徒からのコンヒサンを、積極的に引き受けるようになった。

商人といってもさまざまだ。エチゼンや、カイ、もっと彼方からはるばる旅して来た者もいる。命懸けで、無一文で。それでもここでひと山当てたいと、若者から老人までが、私に夢をぶちまける。

できることなら、できる限り、みんなに機会を与えたい。

私が行使できるのは定航船の寄港先を割り振るくらいの権限だけだが、君たち全員が、働いたなりの稼ぎを手にして郷里へ帰れるように、取り計らいたい。

定航船団に、密貿易船団と渡り合えるだけの力をつけさせることも、私の大いなる使命だ。ホンモノがニセモノに敗北してなるものか。それに、勝つ力の無い者にはホンモノと呼ばれる資格もないのだ。

 

 

その日も、雨だった。

私は、ひとりの商人を、コンヒサンの部屋へ招いた。

 

「いやあ、大変でした。パードレ、聞きましたか。織田信長、殺されましたよ」

 

………え?

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。