カヅサ殿は、ミヤコへ来ていた。
シモキョウのテラ、ホンノージへ泊まっていた。
ということは、出征である。
春先に、東域の反乱を鎮圧したという話は聞いていた。これで全軍を西へ向けることが可能になる。いよいよアキ国を始末するのだ。配下の諸将も、続々と集結していたという。
未明。雨は降っていなかった。つまり、鉄炮が使える。
家臣が、謀反を起こした。
ホンノージを取り囲み、カヅサ殿の命を狙った。
直近の重臣だった。親衛隊は、彼に逆らえなかった。
暗殺は成功した。
ホンノージには火が放たれ、裏切者の集団は、カミキョウにある、カヅサ殿の邸へ乗りこんだ。
ここでも派手な銃撃戦が展開される。
ノフタタ殿は、ニジョウ邸内で殺された。
すでに、陽は高く昇っていた。
裏切者は、すぐさまミヤコ中に布告を流す。
市民の安全は保障する。ダイリにも手出しはしない。怨敵は排除した。残党を片付け次第、戻り善政を敷く。それまで騒ぐことなく、日々の仕事を続けられよ、と。
私に最初に伝えてくれた商人は、その日のうちにミヤコを飛び出してきたという。
彼からの情報は、以上だ。
私は自分でも驚くほど冷静に聞いていた。
すぐさまキナイの各パードレに短い書翰をしたため、飛脚に持たせる。
すぐ報告を送れ。毎日一枚ずつでもいいから、とにかく状況を知らせてくれ。信徒と教会を守れ。危険な場合はすみやかに逃げよ。
飛脚には、ミヤコで政変が起こった、くれぐれも気をつけてと包み隠さず情報を与え、小遣いを余計にはずんだ。
ここをケチるとロクなことにならない。これも、商人たちとの付き合いから学んだことだ。
信頼はカネで買える。
有事の際こそ、信頼は最大の命綱となるものだ。
噂はすぐに広まった。
シモで人伝えに聞いた者のおしゃべりにも相当つきあわされたが、私はキナイで直接見てきた者からの話に、特に注意を傾ける。
裏切者はアヅチへ向かい、街と、城を、焼いたらしい。
あの美しい都がか。と、感傷にひたる余裕も持てなかった。
ニエッキとステファノーニはセミナリヨの少年たちを守りきれただろうか。私の書翰は届いたのだろうか。
ダミヤン・デ・ラ・クルスを派遣することを考えたが、肥満豚がこれを認めなかった。落ち着くまで待てという。
よくも落ち着いていられるなてめえは。
私はその瞬間、裏切者となって善政を敷きたいと強く願った。
それを実行しなかったのは、アヅチを焼いた人でなしと、僅かでも接点を持つことに耐えられなかったからではないかと思う。
宣教師からの通信第1号は、セスペデスからだった。
事件当日、彼はギフにいた。
アヅチ、ミヤコを経由してタカツキへ戻り、それまでの経緯を日々走り書きしたままの状態で送ってよこした。すべて日付入りだ。
さすがは我が愛弟子。こうでなくてはいかん。
私はこれを何度も読み返し、ひとつの筋道を立てる。
嘘であってほしいと願い続けていた裏切者の名も、もはや疑う余地はなくなった。
コレトウ・ヒュインガカミ・ジュウベエ・ミツヒデ。
旧名、アケチ……殿だ。
セスペデスがアヅチを経由したときは、まだ火の気はなかった。
コレトウの軍勢が戒厳令を敷いていたが、酔って寝転がっている兵もいたりなど、軍規の緩みが顕著だったそうだ。
教会にもセミナリヨにもひと気はなく、こじあけられ掠奪されたあとだった。ニエッキたちは信徒に誘導され、早々と避難したらしいが、行先は不明。
一方で、ミヤコでは軍規が厳しく保たれ、治安も守られていた。
この後の報告と比較すると、コレトウにとって尊重すべきものと排除すべきものの区分が明確になってくる。
彼はダイリによる治世を復権させるつもりのようだ。だからミヤコでの狼藉を厳しく取り締まり、新興商人たちがひしめくアヅチは容赦なく討ち滅ぼした。
カヅサ殿が築いてきた新しい世界の一切を、消し去るつもりか?
コレトウの反乱が、積もり積もった怨恨の発露だったとするならば、彼はずっと以前からカヅサ殿の国づくり街づくりそのものに反対だったと考えることもできると思う。
コレトウがコンパニヤに庇護を与えてくれるという期待など、すべきではないだろう。
彼が敷こうとする善政とは、我々にとっては絶望に等しい。
ゆえに私は結論する。
コレトウは、敵だ。
ミヤコでは、カリオンが教会を守っていた。
ホンノージは目と鼻の先なので、銃声と騒々しさで飛び起きた。身構えて様子を窺っていた。
セスペデスは事情だけ確認して、すぐタカツキへ向かう。城主ジュスト殿はアキ国攻略に出征していたのだが、ミヤコの政変を聞いて急遽帰ってきていた。
そして情勢を判断し、反逆者コレトウを倒すためにアヅチへ向け、兵を率いて出撃したあとだった。
ここで留意すべき点がある。
ジュスト殿は、コレトウの配下なのだ。
アラキ反逆時にも、ジュスト殿は君主への忠誠を貫き通した。あのときの頑固さにはカヅサ殿も手を焼いた。
今度も、ジュスト殿はコレトウの指揮に従って反対派勢力を鎮圧する側に回る可能性があった。コレトウにしても、ジュスト殿なら自分に絶対服従すると期待して、その人望と統率力を大いに頼みとしたであろう。
しかしジュスト殿は、はっきりコレトウを討つと宣言して、東へ向かったのだ。
ジュスト殿の性格を知っていれば不思議に思わざるを得ない。
何が起きたのか?
私なりに考えるとすれば、カヅサ殿の男らしさに惹かれて今まで随ってきた家臣たちが、彼を殺したコレトウに黙って従うかよ、ということだ。
サクマ殿、シバタ殿、コレスミ殿、そしてカヅサ殿の息子たち。
かれらは全員一丸となって、コレトウを反逆者として引きずり下ろすだろう。
ジュスト殿も、そちらに就いた。
当然だ。
コレトウは、国家の首長たる器ではない。
インヘルノでたっぷり悔いろ。この、人殺しめ。