ミヤコ担当、パードレ・カリオンからの報告。
未明の銃声。近所の信徒たちが教会へ避難してくる。息を呑んで身構えていると、コレトウ兵が、カフルを連れてやってきた。兵は礼儀正しく、すぐに帰っていったという。
カリオンは、このカフルから、ホンノージ惨劇の一部始終を聞く。
カヅサ殿によってヤスケと名付けられたカフルは、少年たちと一緒に近習を勤めるうち、またたく間に日本語を修得した。
力の強さと身軽さも抜きん出ていたため、半年もすると帯刀を許され、常にカヅサ殿へ寄り添い身辺警護を任せられるまでに出世する。
ゆくゆくは城の一つも与えてやると、カヅサ殿はよく言っていたそうである。
事件の日。テラを包囲したコレトウ兵は、カヅサ殿に自殺を迫った。これは日本での流儀だ。
カヅサ殿はヤスケはじめ近習に、何があっても抵抗するなと強く命じ、全員を奥の間へ下がらせる。
庭に白布が敷かれ、儀式の準備が整えられ、カヅサ殿がその上で短刀を手にしたところまでは、敵兵たちの声で察せられた。
その声が、突如、阿鼻叫喚の谺と化す。
カヅサ殿が戦っているのはわかった。ヤスケたちは加勢したかったが、大勢の武装兵に見張られていたのと、カヅサ殿の命令があったために立ち上がることを躊躇した。
やがて、静寂が訪れる。兵が叫んだ。
「信長公を討ち取ったり」
さらに重苦しい静寂が続いたのち扉は開かれ、近習たちは一人ひとり連れ出された。カヅサ殿の遺体が横たわっていた。血まみれの刀や槍が、何十本も突き刺さっていた。
ヤスケは呆然としていたが、兵たちがこわごわ「こいつどうしましょう」と囁き合っているのを聞いた。
隊長らしき兵が「言葉も解せぬ黒牛だ、すぐそこの教会へ返してやれ」と命令した。
連れてこられるまで一言も喋らず、抵抗もしなかった。まだ何もかもが信じられないと、話し終えてからも、ヤスケは泣き続けた。
ミヤコにおける、コレトウ兵の節度ある振る舞いは、徹底されていた。乱暴、掠奪、放火などは皆無だった。
ホンノージは焼却され、ニジョウの邸は弾痕だらけとなったが、それ以外は悉く安寧を維持された。
コレトウがミヤコをいかに特別視していたかが実によくわかる。
だからこそか、コレトウはミヤコに留まらなかった。最低限の監視を残し、郊外で布陣した。
ミヤコを戦場にしない。それがコレトウの矜持だ。
さっそく旧家臣団同士の抗争が勃発している。大局が決するには、もう何週間か何箇月か、かかるだろう。
カリオンの報告は、ここまでだ。
気付いたことがある。
その夜、カヅサ殿と、後継者であるノフタタ殿が、共にミヤコにいた。
市街地なので大軍は傍におけない。コレトウは、二人を同時に殺す必要があった。カヅサ殿だけを殺せば、即時ノフタタ殿のもとへ全家臣団が結集し、コレトウを討てと号令がかかる。確実に自分だけ孤立する状況が生まれる。
二人一緒に始末できる次の機会はそうそう無いし、サカモト城を取り上げられてからではこんな大逆に付き合ってくれる部下も集められなくなるだろう。
「今日しかない」
コレトウは、そう悪魔に囁かれたのだ。
彼はこのとき、どんな感情を抱いただろう。私は考えておきたい。
冷静でいられただろうか。完全犯罪に手を染めるからには、どこまでも冷徹に考え抜ける精神が必要だ。
それが、彼には、あっただろうか。
ブンゴからカブラルがやって来た。
お互いに、疫病から生き延びられたことを讃え合う。私はさっそく、定航船を迎えるにあたっての指導鞭撻を請うた。
カブラルはじっと私をにらみつけたまま、静かに口を開く。
「はっきり言おう。今のわしは一介のパードレに過ぎず、長年喜びも苦しみも分かち合ってきた古参商人たちと切り離されて4年になる。できることは何もない」
そうは言われましても、経験者には違いありますまい。商人たちも、私よりパードレ・カブラルに仕切ってもらう方が安心できるはずです。
私は今年、どんな命令にも従う覚悟です。精一杯学んで、翌年に活かしたいのです。どうか、引き受けてください。
「フロイスよ。仕切り役など、一人いなくなればすぐ新しい者が埋める。
その者は、古株が口を挟んでくることなど望まない。そうでなくては仕切り役など務まらない。こんなことすらわかってないなら、商売になど手を出すな」
パードレ・コエリュは、そういう方針のようです。しかしこのままでは、コンパニヤの優位性が保てなくなりますし、ひいては我々が日本を正しく教導してゆくための力を失うことにもなってしまいます。これを看過することはできません。
「それが巡察師の望んだことではないのかね?
まったく、あの男は何もかもぶちこわして、カネだけばらまいて悠々と去っていった。コエリュを布教長にしたのだってそうだ。何も見てない。何一つ、わかっちゃおらんのだ。そんな奴の尻拭いをさせようなどと、おまえも、よくも言う」
巡察師が、パードレ・カブラルに不当な圧力をかけ、私的な制裁を加えたことは承知しています。私も、コエリュの下で半年働いて、目が醒めました。
私もパードレ・カブラルに失礼な言動、多々繰り返しましたことを、今は深く反省しております。申し訳ありませんでした。
「フロイス。おまえは常に口先だけで、都合のいい方に就く、コウモリ野郎だな。安心しろ。わしはおまえを人間として塵ほども信用しておらん。恨むほどの対象でもない。せいぜい、あがいてみることだな。高みの見物をさせてもらおう」
私は、がっくりと、肩を落とした。頼みの綱が、目の前で、融けたのだ。しばらく何も考える気になれなかった。
「おまえたち全員、オタ・ノブナンガに日本の未来を託したそうだな。
個人の裁量に寄りかかる組織というだけでも滑稽なのに、まして、あの、大悪魔に賭けるとはな。一体どこまで眼が腐っているのだと、わしは今も信じがたいよ。
わしが布教長だった時代を思い出せ。何ひとつ問題はなかっただろう。
ヒュウガの敗退は邪宗徒チカカタの裏切りが原因だったが、あれが事前に予測できたというなら論証してほしい。
それすらも、絶対的な過ちではなかった。わしがドン・フランシスコをしっかり手懐けておいたからこそ、ブンゴは滅びなかったのだ。
布教とは、潮目を見定めながらの長期戦略でなければならぬ。せっかく実をつけ始めた葡萄畑を、おまえたちはよってたかってひきちぎり焼き払い、荒地に変えてしまった。
すでに取り返しはつかんぞ。御主の前で申し開きができるものなら、したらよい。会ってももらえないと思うがな」
反論できなかった。私の生涯計画もまた、カヅサ殿ありきだったからだ。
これからどうしたらいいのだろう。
考えまい、考えまいとしてきた想いが、堰を切って心の中から溢れ始め、私の両瞼から、流れだした。