戰國ぢあぼろす   作:ひねもす@HAMELN

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日本では、市井の民衆が領主や武将の顔を知る機会は滅多にない。

 

エウロパなら、教皇や国王が代わればすぐに肖像画が販売されるし、大国なら硬貨も新しくする。式典でも、新君主はできる限り自分の姿を市民の目に焼きつけるべく趣向を凝らす。

そういった考え方自体が、日本では、求められもしない。

 

カヅサ殿は常に堂々と先頭に立つのが信条だったし、ドン・フランシスコも王位を退いていた間はなるべく庶民に溶けこもうとした。

そういった例外も無いではないが、圧倒的多数の領主が、民衆にとっては存在感の薄い、幻のような印象だ。

 

新たな例外が、生まれているようである。

ハシバだ。

私は彼の真実の姿を知っているが、現在キナイで盛んに流布されている印象では、彼は精悍で敏捷な美青年。

主君の危機に迅速に対応し、反逆者を討ち取った。そんな、ブリタニヤ王さながらの、白馬の騎士なのである。

 

シバタ殿もさぞ苦笑いしていると思う。いつ化けの皮が剥がれるか。

いや、民衆の前で盛大にひっぺがしてやろう。

どれだけの失望が湧きあがるだろう。

ハシバも、いつまでこんな茶番を続けるつもりだろうか。しかし、ここまで来ると引っ込みもつくまい。

死ぬまで彼は嘘をつき通し、青空の下を歩くことすらままならないのだ。

それでも生涯に一度くらい、英雄としてもてはやされてみたかったのかもしれない。涙を誘うね。

 

とはいえ、侮るべきでもない。

ハシバはヲアリの会議で、コレトウおよび彼に味方した武将たちの領地のうち、かなりの割合を分捕った。合法的にだ。

そのうちの、ミヤコへの入口となるヤマザキの山にさっそく新しい城を築き始めたのだが、これがおそろしい勢いで完成に近づいている。

施工しているのは、これまで対アキ戦で手際のよい包囲攻城戦の経験を積んだ兵たちだ。この統率力の強さは、そのまま軍隊の戦闘力に直結すると見なければなるまい。

そんな男だから、当然既に、シバタ殿の城を攻める作戦も練り上げていることと思う。

 

コレトウ討伐の最大功労者であるからといって、これだけやりたい放題のハシバに、シバタ殿も黙っていられないはずなのだが、比較にもならないほどエチゼンの動静は伝わってこない。

数少ない情報としては、シバタ殿が新しい妻を迎えたということくらいだ。

 

15年ほど前、カヅサ殿がまだ南北オーミの領主たちと戦っていた頃、そのうちの一人に、カヅサ殿の妹が嫁いでいた。カヅサ殿はそいつの裏切りを赦すつもりもなかったが、妹とその子供たちはなんとか助け出そうとした。

私の記憶もあやふやなのだが、結構きわどい救出作戦が実行されて、彼女たちは無事カヅサ軍に保護されたのだった。

カヅサ殿の城で、未亡人とその子供たちに、私は何度かお会いしたことがある。きわめて美しく、また、芯も強そうな、気高き女性であった。

家臣の誰かに聞いた話では、カヅサ殿は自分の妻たちには滅多に謝らないけれども、この妹君に怒られると、おとなしくなったのだそうだ。

それほど影響力を持つ方だった。

 

彼女との結婚をシバタ殿に勧め、成就まで事を運ばせた黒幕がハシバだと勘繰るのは行き過ぎというものだ。しかし現にシバタ殿はエチゼンより他の領地配分を要求せず引き下がって、ハシバの勢力拡大にも沈黙を続けている。

なんらかの密約が成立しているとすれば、あの御婦人が鍵なのか、と思わざるを得ないのだ。

 

カヅサ殿の葬儀についても、語っておかねばなるまい。

殺されてから、5箇月目だった。誰も行おうとしないから自分が采配した、とまたも過剰な煽り文句を付けてハシバが主催する。

招待状は送ったと言っているが、シバタ殿もノフカツ殿もサンシチ殿も、参列しなかった。

それでいて式典はこの上なく豪勢で、坊主たちにはたんまり謝礼が支払われ、来場した民衆へも食物や記念品が惜しげもなく振る舞われたそうだ。

キナイにおけるハシバ人気はますます高まり、増殖する講談師にとっても物語を盛り上げる場面がひとつ増えた。

 

調子に乗りすぎだぞ、ハシバ。

私だったらこんな奴とは組みたくもないが、どう倒すかと考えると、難しい。

アラキの時みたいに、ジュスト殿が華麗に裏切ってくれればいいのだが、いかに仕向けたものか。同じ手が二度も使えるだろうか。ジュスト殿の信頼度も決定的に下がるだろう。

駄目だな。

 

ジュスト殿の近辺も大変に騒々しくて、まず、追放されていた父親ダリオ殿が戻ってきた。カヅサ殿が死んだ以上、エチゼンに籠もる理由がなくなったからだ。

お孫さんたちに囲まれて、ふたたび信徒として一からやり直す決心をしたはいいが、そうはいっても元領主だし、年齢相応に面倒くさい老害ぶりをしばしば発現しているらしい。

困ったものだな。

 

セミナリヨの子供たちをタカツキへ連れてきたニエッキは新たな学舎を必要としたが、アヅチほどの環境が得られなくて、最初は難儀したらしい。

養子を希望する家庭に子供たちを預け、そこから通わせることで宿舎不足を解消し、これが軌道に乗ってきて、新規入学生も受け入れ始めた。

ただ全額コンパニヤ負担が原則のセミナリヨ維持費は相当に高くつく。

ジュスト殿にかなり無心もしているようだが、ジュスト殿だってハシバの下で莫大な出費を強いられているから財政状況はまったく明るくない。にも拘わらずニエッキにはこの計算ができず、いつまでも楽天主義でいることが猛烈に肚立たしい。

 

巡察師だって、何度も本人に注意している。

ニエッキは、信徒がカネを借りに来ればあるだけ渡して、返済を求めない。博打でスったと正直にコンヒサンする者などいやしないが、商売で失敗したとか、泥棒に盗まれたと言われればコロッと同情して赦しを与える。

万事そんな調子だし、自分が誰かにカネを返す必要があるときもミサをあげて寄付を募って切り抜けよう程度の考えしか持たないのだ。

彼から報告がくるときは、たいてい最後にカネオクレが付く。こういう人間は、まともな者から相手にされなくなるぞという、いい見本だ。

ジュスト殿もそろそろ限界ではあるまいか。

なんとかしたいと思うのだが、私だっていつも途方に暮れるのだ。

 

今夏、商売の厳しさを肌身で思い知った私は、今までにない視点で都市の生産性といったことを考え始めている。

たとえば、タカツキは信徒にとって住みやすく、いつも綺麗でヴィルトゥスに満ちあふれた理想の町であるが、生産性は低く、儲からないのだ。

生産はしてなさそうに見えるが儲かっているといえばサカイだし、ミヤコは消費のみに特化した街といえる。

ナンガサキはメチャクチャすぎて、儲かる奴がいても蓄財は難しそうだ。

そしてアヅチは、生産力と経済力を兼ね備え、かつ住民の自尊心を満たす町として極めて高度な都市計画を持っていたように、今更ながら思い至る。

 

シバタ殿、ハシバ、その他多くの後継者候補が、このまま並び立つことはあるまい。

今しばらく、戦乱は続く。

しかし落ち着いたら、最後の勝者には、カヅサ殿がつくろうとした世界を正しく継承して、君臨してほしいと願う。

叶うならば、私はその者に洗礼を授け、私が掴んだ君主論も教授しよう。

 

そんな夢を抱く。

 

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