戰國ぢあぼろす   作:ひねもす@HAMELN

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「フロイス!フロイス……ああ、すまん、仕事中だったか。おい、おい誰かいないか!……ああ、お前でいい。玄関の外に犬が糞をしていた。片付けておいてくれ」

 

私は最近ようやく、糞狸野郎から我が身を守る術を覚えた。

かまわないでおくことだ。

私はあんたの秘書ではあるが、従僕でも奴隷でもない。年報執筆という重要な使命を抱えている今、避けて通ることはより容易だ。

従僕くんたちも、早く各々学びたまえ。

いつまでも阿呆の下で諾々と従っているだけの者に、宣教師など勤まらないと気付きたまえ。

 

ちなみに昨年度分の年報はとっくに仕上げて船に積みこんである。

今冬は北風が弱く、海沿いでさえ、雪がよく積もった。

定航船の出立も遅れに遅れて皆がやきもきしている。

まもなく灰の日を迎えるというのに。

 

そのおかげでというか、船員たちと話をする機会を、多く持てている。

かれらの悩みは尽きない。

たいていは、仕事の愚痴から始まる。実際、きついと思う。要領の悪い者を、血反吐はくまで殴る蹴るは日常茶飯事で、動かなくなったら海へ投棄する。船員の数は減る一方だから、仕事がより、きつくなる。

 

身も心も擦り切らして上陸するかれらの幾分かは、町の中へ逃げこみ、若い娘とくっついて、定住を夢見るようになる。

かれらなりの決意を固めて、就職相談のつもりで教会へやってくるのが、割合多い傾向だ。

コンパニヤへ入会しイルマンとなることを希望する者もいるが、私はこれを受け入れない。

甘ったれるな、ポルトガル人の血を引く者ども。従僕から始めて十年は修練してからが原則だ。船員よりも楽な仕事だなどと思うな。

日本で他の仕事を見つけるにしても、船員時代に僅かの蓄財もできなかった者には、鋼の茨の道が続く。

夢とは、砂のように崩れ落ちるもの。そんな風に諭す。

 

わかってくれた者は、定航船が去る前に、恋人を連れて挨拶に来る。今度は日本娘の方が夢を見ている状態なのだが、私は女性を傷つけるのが忍びないので、優しく励まして、送り出す。無事で済むわけあるまいと、薄々わかってはいるものの。

そんな娘たちに共通するのは、ダメな男に尽くしたがる、優しさと献身の情熱だ。きっと、高値がつくだろう。

次はその元手を適切に投資するのだよと、私は男の方に、ポルトガル語で伝えておく。

味を占めてもらわれても困るところであるけれど。

 

日本から出航した船は、エルモーサ沖を通過して、アマカウを目指す。

私が来日した20年前、アマカウは開港されたばかりの小さな町だったが、今は東インディア各貿易港の一大中継地として、大発展を遂げているという話も聞いた。

逃亡する船員たちも、アマカウになら大勢住みつくようだ。

ポルトガル人の政商も多く活躍しているので仕事も見つけやすいという。治安は決して良くもないが、チイナでは住民に武器の携帯を厳しく禁じる制度が根付いているため殺人にまで発展することは稀で、だから日本の方がよほど物騒であるとも。

 

私は、不安を隠せない。

日本は、デウスが我々のために用意してくれた、最後にして最高の楽園ではなかったか。坊主という障害はあれど、コンパニヤの教化が完了すれば、すぐれた素質を持つ日本人は勇敢な兵士となって世界中に羽ばたき、地上を遍く輝きで満たす、我々の理想実現の良き伴侶となるはずなのだ。

ゴア管区以東すべての拠点を回り、アマカウも見てきた上で日本へやって来た巡察師と側近たちが、そうであると断定した。

日本より優れた布教区は、インディア全域のどこにもなかったのだ。ほんの、一年前の話である。

なのに、なぜだ。

いつから、ここまで、日本は、遅れをとった?

 

新しく書いた、報告や書翰の束をまとめて、港へ赴く。

ざわざわしていた。

風が強まってきている。いよいよ、今夜か明日の朝には、出帆するらしい。私は荷を預けて、カブラルへ、最後の挨拶をしに行った。

カブラルの、今後の赴任地については、通達が届いていない。表向きの理由は転地療養だから、あまり激務な布教区には送られないだろう。

 

「アマカウでしばらくほとぼりを冷ますさ」

 

そう当人は言う。

彼は私よりはるかに、コンパニヤとポルトガル王室の置かれている状況の厳しさを理解している。

 

「アマカウが一大貿易拠点となっている今、そこはインディア管区全体の経済事情を知るのに最適地といえるだろう。

ポルトガルの威信を取り戻すためには、いくらでもカネを稼いで力をつけなくてはならない。年に一往復しかできない日本という末端にいたのでは、運良く流れついたおこぼれを回して遣り繰りするしかないのが現実だ。

アマカウであれば、手を打てる。

こんなボロ船を使い回して損害を大きくさせている現地官僚にはどうせ碌な奴がいないだろうから、自分が行って、ガツンと締め上げてくるのが最初の仕事だな」

 

楽しそうに笑う。

私は、カブラルの出国が一年遅れたことを、心よりデウスに感謝した。

彼の能力と頼もしさを、ここまで思い知る機会は、これまでまったく無かったので。

カブラルは、ドン・フランシスコから贈られた餞別を見せてくれた。

降誕祭で燃やしたテラの中に保管されていた経典で、刻印によれば270年前の写本だという。カヅサ殿から贈られたアヅチの風景画には敵わないが、日本人の細かな仕事に対する病的なこだわりを見せつける逸品だろう。

 

「ポルトガルの戦利品だと明記してラウマへ送り、話題の見世物にでもなってくれれば面白いがな」

 

カブラルは実にしみじみと笑う。

 

そうだ。私たちには、ポルトガルをもう一度独立させるためにまだまだできることはあるし、戦略的に考える必要だっていくらでもあるじゃないか。

私は、ポルトガルとイエズス・コンパニヤが開拓してきた日本という王国の歴史を、あらためて書こうと決めた。

私たちの、私たちによる、私たちの築いてきた歴史を。

世界中に散らばるポルトガル人が、永遠に読み継ぎ語り継ぎ、誇りを持てるための物語をだ。

今こそ。

 

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