「ハシバ・チクゼン・ヒデヨシ殿と、会談をしてきました。
彼はすばらしい人物です。貧しき家の出身で、苦労に苦労を重ね、オタ・ノブナンガの家臣となりました。
体中に障碍を負っており、剣を持つことはおろか、字を書くことすら思うようにできません。しかし誰よりも物事をよく見、素早く判断し、適確な指示を下します。
身分の上下に拘わらず、彼の命令通りに働いた者へは、感謝と褒賞を欠かしません。また嘘偽りを極端に嫌い、主君であったノブナンガを殺したミツヒデこそは一族郎党を成敗しても尚足らぬほどの卑劣漢であったと、今でも怒りがおさまらないようです。
彼は、特定の宗派を持ちません。各人が、それぞれの信条のままに自分で選んで決めればよい。そう考えているのです。
ハシバ殿は、側近であるジュスト殿を高く評価しており、彼の忠誠心と統率力はデウスの教えに基づく能力であることを理解しています。自身は忙しくて説教を聴く余裕はないが、布教については遠慮なくやってよろしいと許可証を発行してくれました。
オーザカの教会用地についても、かなり広い一等地を割り当ててもらえましたので、コンパニヤとしてもこのままハシバ政権の拡大に協調していくのが最善と考えます。
新都市オーザカですが、ミヤコからは半日かからず、交易都市サカイもすぐ隣です。ここに陣取ったからイコ宗はあれだけ強敵に成長したのだとよくわかります。
イコ宗の頭領はハシバ殿によって帰国を許されましたが、新しい彼の邸には塀も濠もつくることを認められず、徹底して無力化させておく方針がとられています。イコ宗の脅威が復活するおそれは限りなく低いと見てよいでしょう。
考えるに、あらゆる点でハシバ殿はオタ・ノブナンガより聡明で、優秀です。
アヅチはオーミ国の辺鄙な場所につくられ、遠隔地から必需品を購入しなければならず不便きわまりなかったですが、オーザカは……」
ニエッキの感想文は、いつも、薄っぺらい。
褒めたいもの一つにつき、その他をいちいち貶さないと話が進まないのか。ハシバほどにも物事を観察せず、出されたものをうまいうまいと食べることしかしない男には、指示も決断もできない見本だ。
ハシバはどうせ、すべての宗派に同じことを言ってるよ。
我々がやっと教会用地をあてがわれた時点で、イコ宗の邸は完成しているようだ。
自分に都合の悪いことを隠したがるのは無理もないが、隠しきれてないのは、どこを隠すべきかすらも理解してないからだ。
いつまでこんな無能をキナイ上長にさせておくつもりですかコエリュ。
あんたもたいがいだけどな。
「たしかにフロイスの言うとおりだ。
オーザカに教会ができるのはよいが、テラも沢山つくられているというではないか。ハシバに教育を与えるのが先だろう。
テラが立ち並んでから壊すのでは面倒も多くなる。情勢を見極めるためにも、巡察日程を繰り上げるべきだろうな。
フロイス、いつ行く?」
あっちにもバカ、こっちにも大バカ。ほんと嫌になる。
情勢を見極めるって?おまえがか。
そのあと何か指示でも出すつもりか?
自分は祈ってりゃいいんだから楽だよな。
とはいえ巡察は、せねばならぬのだ。前回から丸2年経っているし、状況も変化しすぎた。
セスペデスやカリオンからの報告で理解できることにも限界がある。行って、見て、判断を下さねばならない。私がだ。
布教長の名前は借りなくちゃならないが、私にしか、コンパニヤの未来は決められない。
行くなら、今すぐだ。冬の間、キナイを回り、夏までには帰ってきて、定航船を迎える。
すぐ出ましょう。
……コエリュの目が泳いでいる。
うすうすわかってはいたが、何の準備も、できてなかったか。
いつからいつへ繰り上げるつもりで、さっきの言葉を吐いたのか。
ハシバへも、他の諸侯へも、贈物が沢山必要だ。
前回はヴァリニャーノが湯水の如くカネをばらまいた。同じ予算はかけられないにしても、みっともない真似はできない。12人のカフルという名物もないし、道中もまだ危険があるから護衛もしっかりつけなくてはならない。それからそれから。
次から次へと、注文が重ねられる。
ほとんどは、この小心者の、吹けば飛ぶよな見栄っ張りに起因するものでしかない。
今夏の定航船が持ってきた珍しい品は大方、売り切ってしまった。来夏、新しいものが到着したら、その中から選りすぐっておいて、それから巡察に出向けばよいかな、という。
バカですかあなたは。
ほんとに、バカなんですな。
なんのための巡察なのだ。巡察でそもそも何をしてくるつもりなのだ。ニエッキ以上に、ハシバとお世辞まみれの調子こき外交してきて、美味しいもの食べて帰って来れれば満足か。そんな慰安旅行がしたいだけか。
無駄すぎる会議を終えて、私は机に戻る。
ナンガサキからの陳情を処理せねばならなかったのだ。
昨夏は、疫病に難破にと、不幸つづきでどこの町も治安が乱れた。今夏はその記憶を塗り替えるほど、活気ある市や祭りを、演出することができたのだが、この勢いを受けて、ナンガサキでは住民たちによる福祉活動が盛り上がってきているのだ。
アリマにはセミナリヨ、ブンゴにはノビシヤドとコレジオがつくられたが、同じような文化施設をナンガサキにも、という渇望も大きかった。
そこで地元のコンフラリヤから孤児院が独立したのだが、これの規模を大きくしたいので認可と予算を、というのが陳情の内容だ。
ナンガサキにはパードレが4人いて、アントニオ・ローペスというポルトガル人が主任をつとめている。
ミゼルコルヂヤとして正式に発足させてもよいが、信徒たちに指導と教育を施すことは可能か、とかれらに訊いた。
できそうだという。
なら、やろう。
ナンガサキではある日突然親も家も失う子供たちが特に多いそうだから、かれらを収容し保護できる大きな施設があることは、町の発展にも寄与するところが大きいだろう。
これらはいずれも日本には発想自体が存在しない機関なのだが、日本に無いといえば美術館や音楽堂、それらのための工房も、私が生きているうちには作っておきたいものだと思う。
優先度としては、その前に病院がくる。
かつてアルメイダがフナイに作ったが、現在はその経営と維持管理を担当できる人材がいない。
エウロパでもすべての医療行為が禁止されたわけはないから、カウトリカの決定に違反しない形で、つまり生命に直接関わらない怪我や病気の治療までなら合法のはずなのだ。
日本にはそんな病院すら存在しない。
日本人は銃創すら、念仏で治すのだ。いや、治せるわけがないから坊主に死ぬまでカネを払い続けて、それでおしまいなのである。
我々も高齢化してきており、医療の必要を切実に感じている。
日本の医者を頼ることこそ、十戒に違反する大罪と見做されるだろう。だから早く、なんとかしたいと思っている。
なんとか、しなければ。