スコ王の生首。
ここまで醜悪なものを、私は初めて見た。
毛は薄く、目は落ちくぼみ、耳は尖っている。鼻の穴は親指を挿し込めそうなほど広がり、歯並びの悪い口は閉められない。それ以上に、弛みきった頬肉が、何段もの層を成して垂れ下がっている。
豚の化物としか形容できぬ。
首実検をするまでもなく、まさしくこれがスコ王だと皆が納得している。
現場に棄ててきた首下もこれに相応して大きく、6人がかりでも重労働だったようである。
御者たちは輿を放り投げて逃げ出した。スコ王は中から這い出すのも難儀で、剣を取ることもできず、いななきながら斬られた。
脂身には弾力があるので、なかなかとどめを刺せなかったとか。
吐気をこらえながら聞いていたが、そろそろ限界だ。取材だと思わなければ誰がこんな話につきあっていたいものか。
スコ軍は、一気に瓦解した。
シマバラ城の守将は当日のうちに逃げ出し、兵たちも我先にとそれを追う。
チヂワやナンガサキ包囲陣でも、報せが届くや否や、同様の現象が起きた模様である。戦争どころではなくなったのだ。
ああ、ヒュウガ敗戦のときのブンゴ軍も、こんなだったのだろうかと考える。
ナカツカサは、追撃の指示を出さなかった。
サツマは、敵を追わないのか。何を考えているのだろう。
決して悠長に構えているわけではない。高い緊張感が維持されており、部下には指示を与え続け合間を見ては本国への報告を書いている。
だが具体的な動きにつながらない。
侵攻のための追加戦力を要請しているのだろうか。
いや、78年もブンゴへは攻めてこなかった。今回は、スコへとどめを刺せるなら、刺すのか?
わからぬ。ナカツカサは答えない。
アリマには予備兵力そのものが無い。態勢を立て直し、国境を防備し、オオムラ兵を故郷へ帰してやるので手一杯だ。
ドン・バルトロメウの息子はスコ軍のいち部将として前線に出ていた。ドサクサに紛れて帰ってきた。しかしドン・プロタジオから聞いていたとおり、スコの下で思想改造を施されており、デウスの教えに反感を抱いている。パードレ・ルセナには経過観察と穏便な矯正を指示した。
スコは洗脳技術も想像以上に高度であったらしい。
まだ囚われの身である弟2人も、早く取り戻す必要がある。家庭問題ですむならともかく、オオムラ領の未来に関わる重大な案件だ。
最悪、末子のルイスを跡継ぎにするという手がある。もちろん3人の兄たちは承知しないだろう。手荒な処置を求められる時がくるかもしれない。
スコ国内では、敗戦の責任者捜しと、王位継承権を絡めた血みどろの争いが繰り広げられているらしいとの情報だ。
あの醜悪な化物は、並外れた暴君だったらしい。
すべてを自分ひとりで決め、指図した。恐怖によって結束した無能者ばかりがその下に群れ集った。のこのこ前線まで出てきたのも、状況視察などではなく、現場責任者を嬲って愉しむためだったのかも。
スコは自滅するだろう。それでいい。そのうち、今よりずっと弱小国となってやっと安定するだろう。
サツマから増援が大挙、上陸してきた。
アリマに、オオムラ、そしてナンガサキにも。
ドン・プロタジオは、サツマに救援を求めた際、アリマ領全土をサツマに捧げると約束した。その誓約を根拠に、サツマはあらためて、占領軍としてヒゼンへ進出してきたのだった。
おい、それは、ひどいんじゃないか?
オオムラも、個別に、同様の屈辱的外交を結んだらしい。ドン・バルトロメウが承知したというのか。聞いてないぞ。おい、ルセナ、どうなってる。
ナンガサキについては、サツマはこれをオオムラ領だと解釈していたようだ。違うとわかり、ならば直接軍事制圧するまでだと、城門をこじ開けた。
市民は当初、鉄砲で応戦する。
サツマ兵はいったん退いた。しかし夜になり、例の暗殺部隊が忍び込み、武器弾薬を奪い、各町区組長の寝込みを襲い、妨害する者を容赦なく黙らせた。
手練れた連中だ。
ナンガサキは、抵抗をやめた。
サツマは、支配地における全住民に、デウスの教えを棄てよと命じる。
信徒たちは激怒した。
各地で、双方に死者が生まれる。その勢いが収まらないのを見て、サツマは強硬策を止めた。
コエリュは体調不良を理由に引きこもったので、私が占領軍総司令官ナカツカサとの会談に臨む。
正装で出向いた私だが、別室で全部脱ぐよう要求された。暗殺用の武器など持っていないというのに。彼らは他人を信じない。
まるで罪人のような薄い着物に替えさせられる。
すっかり気勢を殺がれてから、私は数週間前の戦友と対峙した。
「パードレ、戦争は終わったのだぞ。早く荷物をまとめて、君の故郷へ帰りたまえ」
ニコリともせず、御用聞きに指示を出すかのごとく言う。こいつは、どこまでも失礼だ。
私は日本へ来て20年以上過ごした。もはやここが故郷だよ。君たちに大地が丸いことを教え、人間が誰によってつくられどんな使命を持って生きているかを理解してもらえるまで、立ち去るつもりもないね。
「日本には古くから、八幡様という、ありがたい神様がいらっしゃる。それを扶ける仏様も大勢いらっしゃる。
君たちもこの王国に暮らしたいというなら、頭を下げて、いさせてもらえる努力をしたまえ。わからぬようなら、力尽くで追い出すぞ。
理解してもらえるかね?」
なにを言っているのだ。君はカミとフォトケの関係を誤解しているぞ。
カミを敬う坊主など見たこともない。
シモ島の隅っこに住んでいると、そんな発想が生まれるものなのか。
もっと世界を知りなさい。日本は、ほんとにちっぽけな群島だ。君たちがテンジクと呼ぶ地の涯てより、はるかに遠くのエウロパから私たちは何年もかけてやって来たのだぞ。
君たちのアニマを救いたいという、純粋に、それだけのために。
「余計なお世話だと言っている。私たちの魂は私たち自身で救う。君たちは災いをもたらしに来た。これ以上、日本を汚染するな。出て行け」
私は今日まで、限りないほどの坊主と戦ってきた。薄ら笑いを浮かべ、喋っているうちに自己矛盾を重ね、怒りながらはぐらかして逃げてゆく者がほとんどだ。
ナカツカサの思考は、そいつらとは何かが違っていた。
スコと戦っていたときの姿を思い出す。どこまでも冷徹で、隙を見せず、敵の急所を一撃で突く。
そうだ、これがサツマのおそろしさだ。
私はこいつを、倒せるのか?
「パードレ、君たちが日本から出て行くのに必要なものがあるなら、私に言え。できる限り提供しよう。
ただ、私も近いうち、本国へ戻る。後任の司令官が私ほど理解あることは期待するな。
以上だ。さあ、帰れ」