サツマは、書翰を検閲する。
あきらかに、宣教師が狙い撃ちされている。狙いは単純だ。やつらは、我々を追い出す口実を求めているのである。
コンパニヤの構成員は、頻繁に書翰を送り合う。
これだけ迫害を加えているのだから、きっとサツマに対する恨み辛みが凝縮されていることだろう。そう期待して封を開ける検閲官は、がっかりする。
我々の通信とは、一にも二にも、連絡なのだ。事務作業にすぎない。何月何日、どこの教区で何人に授洗しました。結婚式と葬儀を何件行いました。食費、燃料代、タタミやフスマの張り替えにこれだけ予算を使いました。寄付はこれだけ集まりました。等。
そんな書翰ばかりなのを見て、次第に検閲は、形式的な反復作業となる。
エウロパ人が書く報告ならポルトガル語やラテン語が使われる。日本人の官僚には、控えを写し取ることすら無理だ。エウロパの文字は、かれらにはミミズののたうちにしか見えないから。私は一語一語たどりながら、これを説明してみせる。別の部屋で日本人イルマンが同じように翻訳してみせ、ぴったり内容が同じであれば、納得せざるを得なかろう。
時間を無駄にさせられはするが、徒労感にうちひしがれるのはかれらの方が厳しいはずだ。それがせめてもの慰めである。
そうはいっても、油断はならない。
私の報告書は量が多く、読み通すことは並のポルトガル人にとっても苦行と思われるけれども、それでも万一見つけられてしまったら釈明は難しいだろう。
セスペデスやカリオンとの連絡経路も、より安全な通過拠点を設けなくてはならない。内容についても、これまで以上に一見事務連絡にしか思えないような文体で綴ることを徹底させよう。
我々にだけわかればよいのだ。むしろ、そうでなくては。
ブンゴの信徒たちは、ヒゼンの戦争を、じっと注視していた。
スコの進撃、アリマの応戦。そして、サツマの介入。
手に汗握りながら見守ってくれていたようである。ノビシヤドからは作文練習を兼ねて、日本人からはラテン語の、エウロパ人からは日本語での声援が送られてきている。
検閲官はこれを、子供たちの書いた習字だと思ってくれたようだ。
ひとまずスコの悪口しか書かれていないので、たすかった。次からはサツマの暴威ぶりを伝えてやらねばならないので、くれぐれも用心を重ねよと心掛けさせよう。
事実、サツマ兵の傍若無人ぶりはひどい。
あとから来る者ほど、ひどいのがよこされてくる。とくにナンガサキへ派遣されてくるのは、乱暴で尊大な畜生ばかりだ。
飲食店は幟を立てられなくなった。連中がいつでも上がりこんで、好きなだけ飲み食いして立ち去るからだ。定期市も開けない。
街は死んだ。
婦女暴行もひどい。毎日、何人もの処女が、泣きながらコンヒサンを求めてくる。
我々は戦争で勝利したにもかかわらず、敗戦者以上の屈辱を味わっている。
これをゆるしてなるものか。だから、そんな侵略者に対しても、正義の道理を説くのだ。悔い改めよ。世界の起源と節理を知り、広く外洋に目を向けよ。
おまえたちの信ずるハチマンとやらは、野獣より下劣であれと説く者だ。悔い改めよ。恥を知れ。
そして、今からでも遅くない、人間となれ。私たちは君の味方だ。
まもなく夏が来る。定航船が訪れるまでには、ナンガサキの占領を解かなくてはならない。
アリマ領であるコチノスの失地回復は残念ながら間に合わない。
私はナンガサキに拠点を移した。ここが、要だ。
ナンガサキ市民の怒りは水面下で沸き立っている。
これに、全国からの商人たちと定航船団全火力を加えて、サツマに戦いを挑む。ナンガサキの自治を取り戻すのだ。
船団が冬に離日してからも、領土を守りきれるだけの要塞化を推し進める必要だってある。領土を保有するとは、そういうことだ。
指揮を執れる人間は、私しかいない。
カブラルよ、ヴァリニャーノよ、コンパニヤ総長よ、教皇猊下よ、見ていてください。力をください。私はこの聖戦、やりとげてみせます。
戦うと決めたからには、敵を知ることが重要だ。
サツマとは、何者なのか。
実際、単純火力がどこまで通用するかは疑問である。ナカツカサなら、私が大将だと知ればすぐその所在地へ暗殺部隊を差し向けるだろう。教会に立て籠もるなどは、もとより論外。
我方の勝利条件としてはナンガサキの占領を解除させられればよく、サツマまで攻め入る必要はないのだが、しかしサツマにその条件を呑ませるには、我々がサツマをいつでも駆逐できるという実力を見せつける必要があるのではないか。
敵さんにもメンツがあるだろう。おとなしく撤退してもらうためには、かれらの弱みを握らなくては。
それはいったい何なのか。
サツマは何十年も前から、宣教師の派遣を要請してきた。アルメイダも、幾度となく訪問している。
私が来日する以前からの記録がある。かれらの目的は畢竟、交易の誘致にしかなく、デウスの教えと真摯に向き合おうとする者は皆無である。という報告が毎回、繰り返されている。
この反復は、再検討の余地があるだろう。
実りのないまま、なぜ、お互い、同じことばかり続けていたのか。打開の道を探ろうとは考えなかったのか。
そして現在、サツマはコンパニヤとの交渉を完全に絶ちきったように思われる。
我々は敵と見做された。
この転換には、大きな意味があるのではないか。何があった?
アルメイダやミゲル・ヴァスが生きているうちに、もっと聞いておけばよかった。
ナカツカサが崇めていたハチマンについても、復習しておこう。
日本に古くからいると言われている、カミだ。1000年前にフォトケがやってきて様々な坊主を生み出して増殖するうち、それらの中にとりこまれた。
ここシモ島ではまだそれなりに生きながらえていて、ドン・フランシスコの前妻およびその兄弟のチカカタは、坊主ではなくカミの宮司一族の末裔だ。
どっちにしてもデウスの前には蚊虻でしかない。しかしまさか、そんな遺物を崇拝の中心に据え、有象無象の坊主どもがこれを支えているという発想は斬新でもあったし、私の意表を衝くために思いついたのだとしたら、あっぱれだったと言わせてもらおう。
だが明らかに誤解だらけの虚構であるし、日本人のくせに日本の歴史も知らないのかと呆れてしまう。
私は彼に言った。世界を知れと。正しく学べと。
しかし、伝わらなかった。
ナカツカサの暮らしてきた狭い環境の中では、それが唯一の正論なのであろう。かわいそうな男だ。
それでも希望を棄ててはいけない。
まずは彼の手から、武器を奪おう。私も持たない。
その上で話し合う。
なんなら、ナウを見せる。大洋を渡ってみたまえ。おのれの存在がどれほどちっぽけに見えることか。気付いたら、邪魔なものは棄てたまえ。
ただひとつの、永遠の真理を、受け容れるのだ。すなわちデウスを。
そうだな。百聞は一見に如かずだ。
サツマ人は定航船を見たことがないだろう。エスピンガルダも鉄炮も持たないことが、それを証明している。
堂々と見せつけ、それこそ重武装艦を一隻、サツマの港へ停泊させよう。
かれらの思い上がりを挫くにはそれだけで充分かもしれない。
駄目押しに炮の数発も射てば、降参するだろう。
よし。夏よ、早く来い。