パードレ・ジョヴァンニ・フランチェスコ・ステファノーニが、ミヤコから戻ってきた。フィゲイレドが帰らせたのだ。
76年の暮れにミヤコへ来て、私と交代したのだから7年半駐在していたことになる。御苦労だった。
君からの報告は数も少なく、ニエッキやセスペデスらの報告にもほとんど名前が出てこなくて、空気のような存在だったね。
常にニエッキと一緒にいて、聖務全般にセミナリヨの講師にと、なんでもこなしてきたというが。君はパードレなのだから、そんな主体性の無い行動意識のままでは困るのだよ。と、ひとしきり問責した上で、最新のキナイ情勢を聞く。
セスペデスからの書翰で予備知識を持っていたので、理解は易かった。
ハシバは今春、ネゴロスとサイカの反乱分子を退治するため、家臣と同盟軍に出兵を命じた。
各地で兵団が編成されるが、ハシバに反旗を翻そうと考える武将にとっても、この動員は好都合な隠れ蓑となる。
なんとカヅサ殿の遺児である、ノフカツ殿が造反した。
これに、隣国のミカワ王が連帯する。ネゴロスとサイカも、気勢を上げてハシバに攻撃をしかけた。
ハシバは二正面作戦に直面し、主勢力を東へと向ける。
ヲアリ国一体が、広範囲に戦場となった模様である。
シバタ殿が短時日で敗北したような展開は、繰り返されていない。
ひとつには、あの時の戦いでノフカツ殿もミカワ王もハシバ側に就いていたから、ハシバの戦術をよく知っているということ。
そして意外にも、ミカワ軍がすぐれた機動力を発揮してハシバ軍を翻弄することに成功しているようなのである。
ミカワ王といえば昔、シンゲンに攻めこまれて何度も惨めな敗戦を重ねた。自領内で地形を読み誤るという間違いさえ犯したのではなかったか。
あのときの教訓がしっかり活かされているのだとしたら、頼もしいことだと思う。
今回、ミカワ王はヲアリ国に進軍してノフカツ殿を援けている形だが、ハシバ軍の攻城包囲を脇から背後から襲うという戦法で着実に勝利を積み重ねているようなのだ。痛快であろうなあ。
このまま敵の消耗を拡大させ、造反する武将が出てきたら味方につけ、ひとまずハシバを倒してほしい。
ノフカツ殿が謀反した、という事実は重要な意味を持つ。
ハシバはカヅサ殿の思想を継承する者でもなければ、その体制を発展させる意思も能力も無い人物だ。
ニエッキは教会建設に理解があると称讃したが、坊主どもの宗派にも同じだけの許可を与えているのだから根本的に勘違いしている。ハシバは自分ひとりの野心のために、利用できるものを利用しているだけだ。
加えて、手下の反逆を未然に防ぐための用意周到ぶりが尋常ではない。
ノフカツ殿とミカワ王は、彼が危険だと気付いていて、倒すにはこれ以上の時間的余裕を与えてはならないと判断したのである。
ここでとどめを刺しておかねば。そんな決戦が待ち受けているのだ。わかっていたかね、ステファノーニよ。君には難しすぎるかな。
私はフィゲイレドに、キナイでの生活に慣れ次第ニエッキと交代して地区長に就くよう権限を与えていたのだが、こちらはまだ保留となっている。
フィゲイレドは私より2つほど年上であるが、持病を悪化させた上に、腰を痛めてしまったらしい。
それから意外なことだがニエッキに対して私の採点よりも高い評価をつけており、貴人との交渉や財務管理能力などは難ありとしつつも、庶民からの支持が絶大であると。
なので現状としてはニエッキを上長に留めつつ、意見役補佐役として続けさせてもらいたい、という丁寧な書翰をステファノーニに託した。仕方あるまいな。
ステファノーニを更に補助する役を派遣せねばならないか。計画が狂ってしまう。
隣室から、コエリュとステファノーニの談笑が聞こえてくる。オーザカには黄金が溢れている、という話をしている。
なんだ?気になって、会話に混じった。
書翰による報告で、そんな話題を見たことはないぞ。
「ハシバは、黄金に異様な執着を示します。
日本中の黄金をすべて集めてこいと命令を出している。オーザカの城は屋根瓦が金色に光っていて、朝陽が昇ると眩く燦めきます。
集めてくるのは日本中の商人ですが、納める前に値を吊り上げようと色々画策するので、城下町のあちこちに埋蔵金が眠っています。これを盗賊団が狙うのですね。
重量もあるからコソ泥には狙えっこない。勢い、オーザカの盗賊団は大規模に組織化する傾向が強まります。却って軽犯罪が起きにくくなる。
オーザカの街は治安がいいのか悪いのか。そんな話をしていたところなんです」
カヅサ殿もアヅチ城の意匠に金箔を好んで用いたが、ハシバのそれは度を越していて、何から何まで金色に染めまくるのだそうである。
悪趣味極まりないが、誰も止めようともしないとか。日本は銀の名産地だが、ハシバは銀には興味を持たない。とにかく黄金なのだそうだ。
病気だな。
「銀は、交易で輸出しなくてはなりませんから、むしろどんどん売りますよ。日本人は貨幣を造りませんし、銀も黄金も産業用の鉱物ではありません。
従来は価値がなかったはずですが、今はどちらも、きわめて高価な取扱品目ですね」
銀はチイナが欲しがるのだ。
貨幣といえば面白い話で、チイナの銅貨が日本にそのまま輸入され、日本商人はそれらを取引に使い、流通させている。
自分たちで鋳造しようとは考えないらしい。銅や鉄なら産出するし加工する手段も持っているはずなのだが。
もちろん、市場の需要を満たすだけの供給もできない。
貨幣経済の真似事だけしているといったところだろうか。
日本の経済を支配する事実上の単位は、コメである。
財産はコメの生産力で測られるし、税金もコメで支払われる。
だから日本人にとって銀や黄金というものはエウロパと同じ意味を持たない。
気になった理由は別にあって、ラサリーリョから、フェリペナスでは良質の黄金が採掘できると聞いていたからだ。
エウロパでは黄金こそが国力の指標となるから、フェリペナスの金埋蔵量はそのままエスパニヤの財源を潤す資産となる。うらやましい限り。
さて日本では、オーザカに黄金が集中しているのだな。
ハシバが死んだら、その黄金をすべてコンパニヤが接収してポルトガルに送り、再独立の資本にできないものだろうか。
ついそんなことを考えてしまった次第だ。
カネさえあれば独立できるわけでは勿論ないが、カネがなくてはまともな人材育成すらできない。
日本にいる我々だからこそ、本国のためにできることもあるという話だ。
コエリュも、ステファノーニも、なぜそんなことすら考えない。
私たちに遊んでる暇などないのだぞ、ほんとに。