戰國ぢあぼろす   作:ひねもす@HAMELN

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SengokD.1584/009.hmos

秋風が到来するや、ただちにフィラドのジャンクは旅立っていった。

 

離日する直前、フラーデたちもようやく姿を現す。裸足系修道会士のことだ。

フィラド領主自ら港で見送り。祝砲が鳴り止まなかったという。

マニラからヌエバを目指す途中でフィラドに漂着した、というのが最初の説明だったが、その航路には戻れないのでアマカウを経由してマニラへ帰還するそうだ。

承知せざるを得ないが、もともとそのつもりでやってきた疑いは晴れない。

フィラドがマニラとの直接交易を望み、フェリペナス総督に宛てて貢物と使節を乗船させたことも、公然と噂されている。

 

フィラドを拠点とする商人たちは期待に胸を膨らませ、ナンガサキやコチノスでは動揺が広がりつつある。

ミランダの定航船は冬の終わりに出帆する予定だが、アマカウへ戻ったらランデーロ船の動向を詳細に調べて、来年報せてくれるよう頼んだ。

ミランダにとっても商売敵が存在することは死活問題だ。エスパニヤのフェリペ王にも、日本市場を我々が独占する権限を保障してもらうよう、あらためて請願してくれ。

 

フェリペナスがその裏を掻いて、日本市場に競争原理を持ち込むべしと主張することも警戒する必要がある。

我々は知恵を出し合う。日本市場がポルトガルによって独占されなければならない正当性とは、端的に、何か。

 

日本人は、きわめて特殊な民族です。エウロパ人の性格や習俗とは甚だしく異なる独自の文化を築いてきました。

コンパニヤ創始者の一人であるメステレ・フランシスコ・シャヴィエルの上陸より36年。我々は多くの犠牲を払い、痛々しい反省も重ね、やっとここまで達したのです。

この島から戦乱を完全に除去できるまで、あと、ほんの僅かです。

そこへ新たな修道会が訪れ、一から同じ失敗を繰り返しながら学んでいくことは、時間と財政を浪費する行為であるばかりでなく、せっかく教化した日本人に混乱を生ぜしめるため有害ですらあります。

実際のところ、日本における最大の障害である坊主たちは分裂を繰り返し互いに反目し合う無統制の集団ですが、我々がかれらに対抗しうる最大の根拠とはデウスがただひとつの教義、ただひとつの組織であることなのです。

日本人にとって、デウス・コンパニヤ・ポルトガル定航船との交易、この3つは完全に同一であり、不可分の存在。まさに三位一体です。

ここに異物を挿入することは、厳に、慎まねばなりません。

 

どうだろう。この論法で、フェリペナスとフィラドの急接近を、妨害し遮断することができるだろうか。

 

エスパニヤ王室から正式に歯止めがかかるとしても、何年も先だ。その前にフェリペナスが既成事実を積み上げる可能性だってある。

最悪を想定し、対策を講じておく必要は、いくらしてもやりすぎということはない。

 

今回フラーデたちは、市民へは布教をしなかった。

だが3箇月間、フィラド領主の手厚い庇護のもと、並々ならぬ歓待を享けた。

コンパニヤへの待遇とは雲泥の差である。フィラドにとっては領地からコンパニヤを排除し、教会用地ごとフラーデに提供し、布教も積極的に斡旋するというのが理想型だろう。

来夏、フラーデたちもその準備を整えてやってきたら、もう引き返すことは不可能だ。

 

かれらと話し合う余地があるなら、紳士協定を結ぶことも不可能ではない。しかし、たとえフィラド領内に限るとしても、我々の築いた教圏が冒されるのであれば、徹底的な抗議をせねばなるまい。

そうなった場合は、考えがある。

交易がフィラドでも始まることを歓迎しない商人は、ナンガサキにもコチノスにも大勢いるから、かれらをフィラドへ潜入させ暴動を起こさせるのだ。

私が来日する数年前に、フィラドではポルトガル船団長が住民に殴殺されるという事件があった。その再来を演出しよう。

フェリペナス商船には、日本が物騒な国であるという教訓を持ち帰ってもらおう。

 

実行犯には、ウラカミの信徒を指名する。

実はこの夏、ドン・プロタジオより、ナンガサキの北に位置するウラカミ一帯を寄進された。住民はすべて信徒だ。

ナンガサキ、モギと同様にサツマ直隷の制約を受けるが、むしろ連帯意識を強く持てると期待しよう。ナンガサキの住民、とくに商人はフィラドで顔を知られている者も多いから、新参者のウラカミ人なら足がつきにくいだろう。今から候補者を見つくろっておこう。

 

サツマ支配なのだが、最近は落ち着いてきている。

品格に難のある兵士や役人は少なくないが、住民も慣れてきた。税の高さには辟易しているが、デウスの信徒だからという理由のみで過度の嫌がらせは受けていない。

もちろん役人がそんな態度で接していては、信徒しかいないこれらの町では命がいくつあっても足りないからでもあるが。

 

支配の徹底ぶり、そして陰湿さを述べるならば、やはりハシバだろう。

夏の終わりにオーザカ城がひとまず完成して、ハシバは凱旋してきた。

ヲアリの戦役はまだ終わっていないが、膠着状態に陥っているらしい。ハシバはこれを敵の降伏待ちだと宣伝しながら戻ってくる。

オーザカでは盛大な祭りが催され、各所に預けられていた人質の娘たちもいよいよの城入りだ。侍女たちも含めると、城内に居住する女性は軽く三百人を超えるとも噂される。さすがに異常ではないか。

 

ハシバは城下を不意に歩き回り、住民たちを驚かせる。

もちろん屈強な家臣団に常時囲まれての散策であるが、町民へも気さくに話しかけ、団子などを買い食いするのが好きなようだとニエッキの報告にある。

正気か、ハシバ。

そして、その日はジュスト殿に案内させて、教会へもやってきた。

半時間ほどの滞在ではあったが、デウスの教えに大いなる関心を寄せたハシバは、用地を拡張しもっと豪華な教会を建てるべきだと、家臣たちにも号令をかけた。

ニエッキはこれをもってますます、ハシバへの傾倒を深める。

オーザカには日本中のあらゆる仏宗派が集まり、それぞれの支部をつくっているが、ここまでの優遇措置を与えられた宗門は無い。ハシバに全面協力し、いずれは洗礼を授けて、彼の権力をもって仏宗派をひとつひとつ潰してゆく。これがニエッキの構想だ。

 

根拠もいくつか挙げている。

まず、ハシバは側近の中でも特にジュスト殿を重用しており、その合理的判断と実行力はデウスの教えの賜物であると、ジュスト殿自身からも常日頃聴いているということ。

また、シバタ殿と戦っていた頃のハシバは自身が障碍者であることを隠していたが、最近はむしろ積極的にその姿を人々の前にさらすようになった。日本人は身体の欠損や皮膚病の類いを非常に忌み嫌う。坊主どもも、それらは前世で犯した悪行の報いであるなどと証明不可能な理屈をつけて対象者を社会から放逐することを基本としていた。

ミヤコにいる最古参信徒のロレンソを筆頭に、癩病は薬で治せることをコンパニヤは日本で立証し続けている。

ハシバは、カヅサ殿の家臣団では日陰者の存在だったが、最近になって、おそらくジュスト殿から、自身の障碍は隠すべき、恥じるべき特徴ではないという啓示を受けたのであろう。

本心では、デウスに跪きたい想いでいっぱいなのではないか、とニエッキは彼なりの分析をする。

 

悪くない脚本だとは思うが、ニエッキの期待は情緒的過ぎる。

ハシバをパライゾに行かせることは、ラクダを針の穴に通すより難しいぞ。奴の下品すぎる物欲と性欲は到底許容できるものではないし、得意であるはずの戦争技術でもハシバは大きな失態を冒していることを、見逃してはならない。

秋といえば、収穫期だ。

毎年、カヅサ殿ならこの季節、敵地の田畑を薙ぎ払い焼き尽くし、相手の体力を削いで絶望で満たし、攻略を早めた。

ハシバはその効果をよくわかっているはずだが、なぜ今それをしない。

 

オーザカで団子なんか食っている場合か。ミカワ王は、背後に潤沢な耕作地を温存しているぞ。

その大事な時期に前線を離脱したお前は、とっくに敗北への道を転落しているのだ。

 

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