「薩摩を押しとどめる方法ですか?
そうですねえ。
京から止めろと言われれば、逆らえないんじゃないでしょうか」
アロイジオという運び屋が、あっさりそう答えた。
サツマの弱点は、意外なところにあったものだ。
ここで言うミヤコとは、ダイリのことだ。
キナイではまったく相手にされていない存在であるが、一応、この国の大王である。
日本の最涯てに閉じこもっていたサツマは、今も定期的にミヤコへ使者を派遣しており、ダイリの忠実な臣下であることを認められているからこそ領地を与えられているのだという正当性を根拠としている。健気なものだ。
10年ほど前まで、ミヤコにはもう一人、大王がいた。クボウとか言った。
ダイリよりは権威を持ち、社交にも積極的な一面があったので、多くの地方領主はダイリよりクボウと仲良くした。
アロイジオによると、ブンゴ王は代々クボウ派で、クボウから、シモ全域の支配権を認可されていた。
当然ながら、ブンゴはブンゴの正当性を主張し、サツマはサツマの正当性を主張する。
認定者が違うから折り合いがつかない。正義対正義だから、武力で結着をつけるしかない。
ブンゴはコンパニヤを味方につけた。サツマは、もともと権威ですらないダイリによりかかっていたことに加え、デウスの教えを理解しようともせず、鉄炮の導入さえ覚束ないという失策を重ねた。
そのまま続けば、シモはブンゴが統一していただろう。
番狂わせの端緒は、クボウの滅亡だ。
私はミヤコでそのポックリに立ち会ったが、15代目だったかな、あの下劣きわまりない小心者の顔を思い出すだけで今も虫唾が走る。
ともあれクボウの消滅により、ブンゴ王の正当性も失われてしまった。
ブンゴがその後、ダイリに使者を送ったかどうかは不明だが、ダイリはサツマに味方するのが確実だから、あまり意味は無いだろう。
想定外だったことの二番目は、サツマがブンゴの攻勢を弾き返す、特殊な戦術を編み出したことだ。
鉄炮隊を重用する大軍に対し、少数の暗殺部隊で闇討ちをかける。あるいはスコ王を倒したときのように、敵の頭領を誘い出して一撃必殺の突入で刈り取る。
私が見た他にも研ぎ澄まされた戦闘技術を隠し持っていると思われるが、見様見真似で身につけられる戦法ではないし、対策も見当がつかない。これがサツマのおそろしさだ。
そして今、かつての宿敵ブンゴ国へ向け、着実に包囲網を固めている。
そんなサツマの勢いを制し、戦争を回避させるには、ダイリからの停戦命令が効果的だろう。
そんな着眼点はなるほど、思いもよらなかった。
時間的余裕はないが、すぐにキナイの各パードレへ向けて、打診しよう。ダイリに貢物を贈って、シモでの戦争をひとまず停止させる。話し合いの場を設けられれば上出来だ。
中立でないコンパニヤが仲介役をつとめることは無理だろうから、外部に適任者を探そう。官位を持っていれば、ダイリとの連絡係にもなってもらえるだろう。
官位か。懐かしい話題だ。
かつてカヅサ殿は、オーザカ攻略戦に手を焼いて、ダイリを利用しようとした。
イコ宗の首領はカンガ国の領主たる資格をダイリから与えられており、これを根拠に、敵対するカヅサ殿を国賊と罵ってみせたのだ。
そこでカヅサ殿は、まずクゲを手懐け、ダイリへの接近を試みた。
クゲは代々遊ぶことしか学んでこなかった哀れな無能力者の集まりだが、こいつらをどうやって教育したものやらという愚痴をさんざん聞かされたものだ。
クゲの中にはカヅサ殿に取り入って武士になりたがる者もいたが、生まれて以来箸さえ自分で握ったこともないひ弱者ばかりで、使いものにならない。
少し骨のある者は鷹狩のお伴に連れ回したりもしていたようだが、前線まで連れていったクゲなんて、一人もいなかったのじゃないかなあ。
むしろカヅサ殿の家臣が何人か官位を与えられて、新しくクゲになった。はっきり覚えているのはコレトウだ。名前も変えた。
あの頃、クゲになった家臣で、今も生き残っている者は、誰がいるだろう。
さすがに覚えていない。
深く興味も抱かなかったから、覚え書きも、どこへいったやらだ。探している暇もないので、キナイ駐在パードレたちに現地で調べてもらうことにしよう。
アロイジオに書翰を託して、送り出す。
今夏の定航船はナンガサキですかと訊かれたから、そうなるだろうねと答えた。コチノスはアリマ領だから税金が二重にかかるし、ナンガサキより住民がおだやかなので、役人に対する抵抗力も弱すぎる。正々堂々と商売をするには理不尽な要求に対しその場で拳を振り上げる勇気が必要不可欠なものだが、相手がサツマともなると、そんな力を誰にでも求められるものではないのだ。
アリマより北、シマバラ領では、信徒に対し棄教せよという圧制も始まっている。
祈禱所は解体され、信徒の持つクルスやロザリオは没収され、その場で焼かれる。何度も何度も役人が家へ押し入って探し回り荒らし回り、婦人には辱めを与えていくという。
むごい。あまりにもむごい。
きさまらそれでも人間か。いや人間ではない。ゼンチョはインヘルノの闇に墜ちてから、永遠にのたうち回って苦しむのだ。そこから逃れる術は無い。人間にならない限りな。
余命あるうちに、よく考えてみるがよい。
朗報をひとつ。
パードレが一名、シモを脱出し、キナイへ向かっている。ファカタからアカマへ渡り、アマングチの信徒の家まで辿り着いて、そこから報告をよこした。
髪が黒く、背が低く、一見して日本人に見えそうなので抜擢したのだ。
サカイまでは日本人が付き添い、その老親だという芝居をうつ。
アマングチから先は、陸路か海路を使うが、都度安全な経路を選択するそうだ。とても機転の利く男だから、任せよう。
ムロまで着けば、アゴスチニヨの基地がある。そこで正体を明かせば、保護してもらえるだろう。
アマングチはスオ国の大都市である。
アキ王の領有下にあり、35年前にメステレ・フランシスコ・シャヴィエルとパードレ・トルレスが教会を設立した。
にもかかわらず、以来ずっと我々を排斥してきた失地のひとつだ。
アキ王がいま何をたくらんでいるかも、検討しておきたい。
かつてクボウだった男がここへ逃げこみ、オーザカとも共謀してカヅサ殿を敵に回した。当初はセト内海に強力な海軍を有しており、我々を苦しめた。海ではアゴスチニヨが押し返し、また陸からはハシバが容赦ない攻城戦で東から領土を奪ってゆき、アキ勢力を削りに削った。
カヅサ殿がコレトウに暗殺された直後、ハシバは即座にアキ軍と休戦協定を結び、ミヤコへと引き返した。
それ以来、戦役が再開されたという噂は聞かない。
ハシバに痛めつけられた領地の回復も、そろそろ終わった頃だろう。海軍の復旧にはまだ時間がかかるかな。
警戒すべきはシモよりキナイ方面へ向けてであろうと思う。
今しばらく、大人しくしていてくれればありがたいが。
実はサツマがブンゴへ侵攻するのに乗じてアキが北から攻めてきたらどうしようと恐れているのだ。仮にサツマをダイリが制したとしても、同じ手はアキには通用すまい。
クボウ派であったなら、ダイリは眼中にないだろう。
サツマによる交通遮断が解除されれば、我々はブンゴへ武器支援ができる。それが間に合うかどうかだ。
たとえヨシムネがゼンチョであろうと、ブンゴが滅びるのを黙って見ているわけにはいかない。
ブンゴはコンパニヤのために強く生きていてもらわねば困るのだ。