サツマとブンゴが、戦端を開いた。
現在の主戦場は、ヒゴ国からブンゴへ通じる、山の中。大軍は展開できない。サツマにとって有利な地形だ。
ブンゴの古参家臣で、この地域に何十年も密着して治安と防衛を担ってきた一族が、必死に抵抗している。
サツマの主力は短い槍兵で、ブンゴは鉄炮隊が中心だろう。
我々がブンゴにサリートリを提供できない以上、いずれ弾薬が尽きる。そのとき戦線は決壊し、サツマは一気にフナイまで駆けこんでくるはずだ。
ヨシムネ王はウスキに追い詰められ、殺されるか、よくて絶対服従を誓わされる。ドン・フランシスコも、見逃してはもらえまい。
この状況を覆すことは、難しそうだ。
ブンゴ国内の教会、コレジオ、ノビシヤドには、自衛を任せるより他ないが、これも、サツマは見逃すまい。
完全に破壊されることも想定しておかねばなるまい。信徒たちの邸に分散させている日本史の資料類も、はたしてどこまで守りきれるか。
サツマに一握の砂ほどの良心があればまだしも。いや、無いものをねだっても仕方がない。やつらは悪魔だ。何を期待しえよう。
ナンガサキ市民は、徴兵対象から外される代わりに、高い戦争税を課せられた。このため、出入りする商人が激減した。もうすぐ、夏だというのに。
定航船の収益も、どれだけサツマに没収されることか。想像するだけで陰鬱な空気に支配される。
だが、ここでも私は商人たちの知恵に援けられる。
逆境だからこそ、競合相手も少なくなり、より儲ける機会が転がっているものだと、考え行動する者たちがいる。かれらは我々からの協力を得るべく、進んで情報を提供してくれる。そして利害が一致するならば、一蓮托生の仲間に引きこもうとするのだ。
たのもしい。サツマが共通の敵として立ち塞がる限り、この同盟はより強固に結束する。
まず、シモ情勢。
ブンゴ国はこの期に及んで、今も内輪揉めが絶えない。
ヨシムネは家臣団からデウス信徒を排除することに熱心で、棄教を拒んだ一族はヒュウガとの国境付近に追いやられている。
こちら方面からサツマが進撃してくる可能性は少なく、当面手柄を立てる機会は無い。直接の危険から最も遠ざけられているわけで、実は光栄な配置といえよう。
邪宗徒となりし者はここまで人材活用能力を失う。その見本である。
サツマは、秘密裏にフェリペナスと交易をしており、とくに毒薬を購入していると昨夏私は聞き及んだ。
商人たちも、サツマが外国船と交易をしていることは噂として知っていたようであるが、元来、領外の商人には門戸を開いてないお国柄のせいで、実態については不明な点が多い。
むしろフィラドに今年も商船が来るかどうかが、商人たちにとっては注目の的だという。
なるほど、わかる。もし来れば、いまのナンガサキの税率ではフィラドに勝てるわけがないので、惨敗必至だ。
3年前、大赤字を出した記憶がよみがえる。
あんな悪夢、二度と御免さ。しかしナンガサキからサツマを追い払わない限り、我々に自由な商売は許されないのだ。くそ、戦ってやる。
商人からは、キナイの情報も聞けた。
ハシバがカネにあかせて官位を買いまくっている姿は、人々の失笑を誘っており、物嗤いの種でしかないそうだ。そう聞くと安心する。
最終的にハシバはセーイタイ・ショーグンという官位を手に入れて新たなクボウの一代目となりたいのだろう、という見解に落ち着く。軍人が得ることのできる最高の称号らしい。
元クボウもそれを持っていてあのザマだったことを思い返せば、やはり失笑の域を出ないが。
いまのダイリは、ベルシヨール・マナセと同じくらいの老人で、息子も相当な年配で、当然、孫もいるらしい。
エウロパの国家と違ってなんら実務を伴わない王様ではあるが、それでもとっくに隠居していて然るべきなのに、費用がなくていつまでも譲位の儀式ができないでいる、という事情も聞いて、私は頭を抱える。
クゲを総動員させて、何日も踊り囃し続けるようなお祭りをしなくては譲位が成立しないのだそうだ。どこまで愚かなのだろう。
さておき今のハシバなら、その程度のカネは楽に出せよう。
それでセーイタイを買って、日本のもう一人の王様と承認されて、養子を二代目に指名して、それでハシバの道楽は終わる。あとには下品な城と街が遺る。
そのあとで、また、戦乱が始まるのかな。そろそろ、いいかげんにしてほしいものだが。
それでは本題へ戻ろう。いかにサツマの圧政を撥ねのけるかだ。
以前、サツマはダイリの停戦命令になら従うだろうという見解を、やはり商人から教わった。
いまのダイリの体たらくを聞いて、そんなことが叶うのかと、私は疑問を感じる。
サツマが田舎者ゆえにダイリの権威をきわめて高く評価しているという可能性はありえる。フォトケよりカミが上位だと言い放ったナカツカサの顔も思い出す。
しかし実態を知れば、こんなダイリを崇めていた自分たちを、羞じて当然だろう。ダイリごときハリボテの権威が通用すると期待するのは危険に思う。
サツマを力尽くで従わせる手段を別に考えておかねばならない。
これが課題だ。
その夜、私は、ひとつの考えに辿りついた。
フェリペナスの首都マニラには、コンパニヤの支部が存在する。
アマカウ経由で、マニラへ書翰を送ろう。当地の布教長を通して、フェリペナス総督に、正式に軍事行動を要請する。
サツマの近海にガレオンの艦隊を。数隻でいい。我々が合図を送るので、サツマ領内に、フランキでもファルコンでもいいから、大炮を数発、撃ちこんでいただきたい。
これだけでサツマは、エスパニヤ文明の脅威を思い知るにちがいない。
フェリペナスがサツマと密貿易を重ねてきたことは、かれら双方にとって隠したいことのはず。さもなければここまでコソコソやっていることが不思議だし、毒薬の取引だって本国に知られてただですむわけがない。
コンパニヤ日本管区がすべてお見通しであることを明示し、サツマを威嚇してもらえれば秘密を守ろうといって承知させる。どうだろうか。
今年の定航船にこの要請を託して、来年の夏に来てもらう。それまでの辛抱だ。
一年後か。
すでにブンゴは消えているかもしれない。
シモは、サツマによって統一されていることだろう。
我々はサツマを滅ぼしたいわけではない。ひとまずナンガサキの自治を取り戻したいだけだ。その後あらためて、紳士的な外交関係の構築でも考えたい。
どうかね、サツマの諸君。
さて草案はできた。
コエリュ、名前だけ借りますよ。あなたは口が軽いから。