ブンゴ国で過ごした降誕祭は、一生の思い出となるだろう。
すばらしかった。
肉料理が出ないことを除けばエウロパ並み……とはさすがに言わないが、日本における最高水準の典礼だったことは、疑いない。
歌声が満ちあふれ、ヴィルトゥスは高められた。
信徒は厳かに祈りを捧げ、パードレ・モンテの鞭さばきも実に優雅で、観客をとろけさせた。
ここには、平和がある。
曲がりなりにも、安心と安全がある。
国家に求められる最も大切なものは何かということを、私はつくづくと思い知らされた。
ミヤコかあ。
行きたくないなあ。
しかし、行かねばならぬ。
降誕祭の準備期間中、私はアルメイダと共に、7レグワ離れた、ブンゴ王の居城を訪ねた。
湾の中の、断崖の上にその城はあり、ひと目でその攻め難さを実感する。
海と陸地の全周囲を見渡せ、城下には広い練兵場もある。
どこまで抜かりのない男なのだ、ブンゴ王とは。
謁見がかなう。
アルメイダは何度も訪れており、私には、喋らなくていいから自分がやる通りの動作を真似ろと言う。
日本には貴人を訪問する際のシキタリが数多くあり、きわめて厳格である。
タタミを何百枚と敷き詰めた広間へ通された。
足がしびれた。
ブンゴ王は、私とそんなに齢の違わない、若い領主だった。
通訳に向かって話すときも、家臣と相談をするときも、落ち着いた口調で丁寧に語りかける。
威厳を示して力強く指示を出すドン・バルトロメウとは、やや違った性格だ。
この領国では謀反など起こりそうにないかも、と思った。
いや、わからないけど。
目的は表敬訪問ではない。ミヤコへ行くにあたり、通行証や、有力者への紹介状を書いてもらったのだ。
アルメイダが事前に申請しており、立派な函に入った状態で渡された。
手回しがよくてありがたい限りだが、ミヤコではこれを私がぜんぶ自分でやらなくてはいけなくなるのか。
いたたたた、心臓が引きつってきた。
ブンゴ王は洗礼を受けてくれそうですか?資格はじゅうぶんにあると思うのですが。
と、アルメイダに聞いた。
「当面は、無理だな。急ぎすぎるとオオムラの二の舞になる。坊主どもを刺激することは極力避けねばならん。
ただ、ブンゴ王は話のわかる方だ。
大局を見透す戦略家だから、一切の障害が無くなれば、最善の道を選ぶはずだ。
それまで我々が、躓きさえしなければよい」
フム。時期を待て、ということですね。
ドン・バルトロメウは、急ぎすぎたのか……。
降誕祭を終えてから、我々は舟で出発した。内海横断150レグワの旅だ。
お供が4人いる。うち、ジョアンが2人。
タク島で私を助けてくれていた小ジョアンくんと、商都ファカタの貴人だった大ジョアン青年。
大ジョアン青年は、7年前、ファカタが戦火にまみれ教会が焼失したときにパードレたちを庇ってくれ、そのとき役人と戦ったので、故郷ではお尋ね者なのだという。
通訳は小ジョアンくんが最も上手であり、それを皆が補ってくれる。
全員が荷役人を兼ね、交代で見張り番もつとめる。
見張り番……そうですね、この話をしておきますか。
日本人の泥棒は、いるかいないか問題。
メステレ・フランシスコの時代から、今なお、結着がついていません。
メステレは、日本に盗人はいない、と常に言っていました。
日本人は家に鍵をかけない。そもそも鍵を知らない。どの家も昼夜問わず、簡単に扉を開けて入りこめる。
部屋の仕切りも、紙一枚。内緒の話?しないしない。
これで社会が回ってる。お互いを信頼しあってる。
なんてすばらしいんだ。エウロパ人こそ、日本人から学ばねばならない。
これがメステレの主張でした。
たしかに、そうなんですね。アジュダ、タク、アリマ、ブンゴ。私は日本人の家で鍵をつけているものを見たことがありません。
フィラドでは見ましたが、一般の日本人民衆の家では、ついてない方が多かったです。
必要を感じないらしい。
ただ、あくまで噂ですが、メステレがミヤコへ行ってすぐ引き返したのは、持ってきた貢物、旅費、着替えから何から、一夜で全部盗まれたからだ、という説もあります。
おカネもなくてどうやって舟でシモまで戻ったのかわかりませんし、当時からいたトルレスもフェルナンデスも、この話はしたがらないので、聞いてません。
さて真相はいかに。
私の、現時点での仮説は、戦火の烈しいミヤコでは泥棒もいるんじゃないのかな、です。
盗みを働くくらいなら餓死した方がましだ、と考えるべきデウスの教えは当時まだ日本には無かった。
反対に、坊主なら平気で人のモノ盗んで念仏で誤魔化します。貧すれば鈍するのです、簡単に。そんな連中の本場なんですから。
ね、合理的に説明がつくでしょう。
ミヤコは、要警戒区域です。
我々はしっかり鍵をかけて、掠奪や暴行に備えます。
放火対策もしたいんだけど、日本には燃えない建材というものが無いからなあ。
ほんとこれ、どうにかしてほしい。
舟は、イヨへ着きました。ここで一泊し、次の舟を求めます。
日本には駅という制度があり、通信同様、国境を超えて機能しています。
おおむね10レグワごとに、旅人を泊める宿場町があり、主に商人が利用します。
エウロパではカウトリカが各地に教会とレジデンシヤを設けてますが、発想はそれに近い。
世俗の領主が運営させてますので有料ですが、それに見合う快適さが備えられていることは驚きです。
将来的には、日本全土の駅を、そのままコンパニヤのレジデンシヤへ移管するというのはどうでしょう。すばらしいと思いませんか。
問題は、それだけのパードレもイルマンもいないよ、ってことですけどね。
イヨの宿で、偶然にも、ミヤコから来ていた信徒に挨拶されました。
ダイリサマに仕える、かなり高貴な立場の人だそうです。
ダイリサマ、クボウサマというのがミヤコにいる日本66領国を統べる大王ですが、なぜ2種類いるのか、どういう関係なのかというのが、一度聞いただけでは実にわかりにくい。
私もよく理解できていません。今後の宿題にします。
その信徒は、何年か前、パードレ・ヴィレラから受洗したそうです。
同伴の家族が未信徒だったので、私たちに洗礼を求めてきました。
アルメイダが、いいんじゃないかというので、その場で授洗しました。
とても感謝されました。
翌日、困ったことが起きました。
私たちを乗せてくれる舟が、つかまらないのです。
乗員に余裕があっても断られます。
大ジョアン青年が交渉して人数分のカネを払っても、私やアルメイダが乗ろうとすると結局、追い払われます。
テンジクボンズ、と日本語で言っているのを聞きました。
ああ、ついに、くるべきものがきたか。
何日も、足止めをくう。
旅費が尽きることをおそれて一番安い部屋をとり、全員が身を寄せ合って眠る。
外は雪です。夏なら野宿でもするところですが、命には替えられません。
法外な料金で、しかも他の乗客から見えないところへ隠れて乗れという舟に、まるでカフルのように押しこめられ、揺れと臭いで吐きそうになるのをこらえながら、旅します。
喋ることも禁止です。
つらい。つらかった。ミヤコへ着く前からこんなかよ。
アルメイダは、すっかり黙りこくってしまいました。
宿へ着いても、ひとことも口をきこうとしません。
熱もあるようです。
時々、おし黙って泣いていました。そっとしておきました。
舟が、もうすぐ、サカイへ着くようです。
ここには、私たちを庇護してくれる、ディオゴという商人がいます。
アルメイダ。アルメイダ。ほら、陸地だよ。
ディオゴさんの家で、少し休ませてもらおう。何か、食べさせてもらおう。