オーザカの規模は、すでにアヅチを超えたらしい。
ビワ湖からミヤコを抜けセト内海へ注ぐヨド川とその支流が縦横に入り組む、水運の町だった。
90年ほど前イコ宗がここを拠点に集落を形成してから、狂信者だらけのおぞましい歓楽街となり果てた。
高台の上に要塞を築き、その周辺を幾重にも悪魔たちの邸が囲む。逃げ道は至るところにあり、カヅサ殿がさんざん手を焼いた。難攻不落の都市だった。
アヅチは、ビワ湖のほとりに広がる平野一帯を都市化したものだった。
整然とした街路で区切られ、家臣団の居住区は町民たちと濠で隔てられた。
町民たちも、職種ごとにまとまった区域を割り当てられ、それぞれの自治を意識して暮らしていた。すべて、計画的だった。
カヅサ殿の几帳面さが、よく表れていた。
アヅチの街は、コレトウが荒らし回ったあと、再建されることなく、今も焼け跡の中に廃屋が点在し、流れ者が住みついているような状況だという。
ハシバは、手に職を持つ者をオーザカへ招き、家を与えた。渡りに舟と、喜んだ町民も多かったろうと思う。
その家がどのくらいの広さで、各関所からどのくらいの距離にあるか。その家を包囲するには、あるいはそこから逃げ出すにはどの道筋を押さえるべきか。ハシバはすべて知っている。
すべてを知り尽くされた家をもらって、町民は感謝にうちふるえる。
ハシバ様はすばらしいお方だとオーザカじゅうの街区から歓喜の叫びが谺する。
そんな町が、すでにアヅチよりも、大きくなった。
認めたくないものだが、オーザカにおけるハシバ人気は空前絶後のものらしく、いくら当人が無防備極まりない格好で不意に現れることがよくあるといっても、そこで剣など抜こうものならたちまち住民たちが総出でそいつを羽交い締めにするだろう。
商人たちの言葉には、強すぎる説得力があった。ハシバを殺そうと考えているんだが、なんていくら口の固い信徒ばかりでも、こいつらの前ではおくびにも出せない。
オーザカに家や店を持つ者は、多かれ少なかれ、ハシバへ恩義を感じている。迂闊な冷やかしさえ、命に関わる危険をはらむ。とにかくハシバ様を褒めちぎれ。移入者が最初に教わる訓戒だ。
そんな感謝され放題のハシバだが、意外なことに、クゲ衆からは土地を奪いまくっている。
少し説明が必要になる。
ハシバは、手柄を立てた家臣に褒美として土地を与える。
これは古来どの大将もやってきたことで、原資は敵から分捕った領地ということになるのだが、ハシバの場合、ここにも新しい要素が加わる。
新しい土地を与える代わりに、その部将が先祖伝来領してきた土地を、手放させるのだ。
ハシバは支配地域の地図づくりを入念に行う。
何班にも小分けにした測地部隊で二度三度と測量させ、賄賂など不正を一切ゆるさない。
この地道な作業の蓄積によって、キナイ各地の領土は統一基準で数値化される。
これまで100の収穫量を持っていた部将の領地を150にしてやりたければ、その数字に見合う、まとまった空白地を用意して移させれば一括統治できるから楽だろう、というわけだ。
現実的には、たとえばブンゴ王にトサ島まるごと与えてやるからブンゴから出てゆけ、と命じたとして、はい喜んで、とはいかないだろう。
ところがハシバの下では、このような配置転換が、けっこう手軽に行われているというのだ。
なぜそんな無茶が可能か、と考えるに、これも商人たちの知恵を借りれば、ハシバ軍独特の性格が浮かび上がる。
ハシバは貧しい部落の出身で、古くからいる手下たちほど、同じようなゴロツキか流れ者がほとんどだった。
ヲアリ王家に生まれたカヅサ殿の下で長年辛抱してきて、今の彼があるわけだが、当人たちには王家の血脈であるとか先祖伝来の領地であるとかいった、自己の出自に基づく尊厳という発想が希薄なのだ。
だから、今よりも広い領地をもらえるとなれば、喜んで移住を繰り返す。
ハシバの古参家臣たちはそういう出世の仕方に慣れていた。
カヅサ殿の死を転機に、急激に勢力を拡大したハシバは、論功行賞にこのやり方を踏襲する。
新参者の家臣が逆らえるはずもない。
何代にもわたって育成した町や村の産業。拠点防御を考え抜いて築きあげた城や砦。それらとあっさりお別れして新天地へ赴くことなど、誰が好んでしたがろう。
しかし不満でも漏らそうものなら即、謀反の疑いありだ。
同僚の出世を妬み、ハシバへ伝えたがる者は無数にいる。こうして、謀反したくても拠るべき城を持たぬ成功者がどんどんつくられていく。
結果論かもしれないのだが、よくできた支配体制だと感服せざるを得ない。
クゲの話に戻る。
クゲは、自ら鍬など握らないし、泥や肥料の臭いを嗅いだことすらないと思うが、日本の各所に所領を持っていて、そこからの収益を合算して、資産の根拠としていた。
きちんと管理ができていたとは考えにくい。できるようなら、日本はもう少しまともな政治をしているはずだ。
さてハシバはクゲにカネをばらまいて官位を買うが、あの土地は私どもの所有なのですと嘆願されても、当り前だが一蹴する。
どこにどれだけの面積を有し、毎年いかほどの収量があったか。そんな記録でもあれば検討する余地もあろうが、ダイリが発行した古い古い証文を出してくるあたりが限界だろうから、ハシバとしても、一時金を押しつけて黙らせるくらいしか対処のしようもあるまい。
クゲに土地など、豚に真珠を与えるが如きだ。
しかも、カネで払っておけばクゲは遊興のためにどんどん使い果たすから、貧乏にさせておけばますます官位を吐き出させるのが楽になる。
まったく、よくできた構造だと感服せざるを得ない。
噂では、ハシバ軍の侵攻に対し、トサ王は早々と降伏したらしい。
つい最近まで日本人の戦というものは最後の一兵まで蟻の如く抵抗を続け、いよいよとなったら頭領は自殺するという、まったく理解不能な伝統が支配していたはずなのだが、これも近頃は変化してきたらしい。
トサ王はハシバへの忠誠を誓うことによって処刑を免れたばかりか、同地域の王として引き続き君臨することを許されるという、破格の好待遇を勝ち取ったという。
トサ島の残りの部分は、ハシバの家臣が山分けだ。
何もかもが順調に進んでいる。
ハシバには日本の地均しを期待していたが、まさかここまで理想的に事が進むとは思っていなかった。
次は、サツマへの圧力だ。
アゴスチニヨよ、早く来い。
ハシバよ、それを命じよ。
日本の平定が完成するまで、力の限り尽くしてほしい。
そして、いまわの際になら、そなたをパライゾへ送ることも検討してよいのではないかとすら、私は考え始めているところだ。
もちろん最終的にはデウスがお決めになることだが。
ここまでやってくれたのだから、私は君を赦そうと思うよ。