サツマ役人たちの態度が、急によそよそしくなった。
所在なく町をうろつく監視員の数はむしろ増えたが、お偉方は庁舎から出てこない。
突発的な事態が発生したようだ。我々に関したことではなさそうだが。
サツマ王が急死でもしたか。それともブンゴで政変が起きて停戦交渉でも始まったか。
やきもきしながら、正確な情報が入ってくるのを待ちわびた。
サツマの侵攻は続いていて、ブンゴ国西域城砦のいくつかを奪ったらしい。信徒からの目撃談による。
あいかわらずサツマ軍は慎重で、ブンゴの足並みは乱れている。前線に変化は見られない。では、何が起きたのか。
私は、より慎重に、全方面へ耳を澄ませる。
夏よりはぐっと少なくなるが、冬にも商人はやって来る。ナンガサキに家族がいて、商品を売りにキナイへ出かけ、売り切って、また仕入れて戻ってくる信徒たちだ。
セスペデスからの通信がもたらされた。走り書きの束を、日付順に並べる。
註釈を書きこみながら、読みこなす。なんとか、ひとつの筋道が見えてくる。
震源地は、やはり、ハシバだった。
今夏、ハシバはカンパクという官位を買った。ダイリを補佐する文官の最上級だ。
貧しい身分の出身で、学問の素養が無く、重度の障碍者であるハシバには、まったくお門違いの大役である。しかしこれ以降、キナイの政治構造は、前例の無い狂った方向へ突き進むこととなった。
誰も、想像すらできなかっただろう。
戦場で残忍さを誇ることだけが生き甲斐だった、こんな男が、ダイリと同等の権力を持つことになったのである。
カンパクが発する政令とは、すなわち、ダイリの勅命に等しいからだ。
杓子定規に言えば順序が逆なのだが、それを糾せる立場が存在しない。世間知らずの極致であるダイリは、金銭面でハシバに完全に依存している。
つまり、ここから、どういった局面が発生するかというと……
ハシバは、春、キノ国へ攻めこんだ。
ハシバに敵対する、坊主の群れを懲らしめるのが狙いだった。この段階では、まだカンパクではなかったから、戦役はあくまで地方領主の私怨による軍事作戦という体裁だった。
易々と制圧を完了した。
それは純粋にハシバ軍の兵力による実績だ。
夏のさなか、ハシバはカンパクとなる。
最初の侵攻はトサ島だった。軍事行動としてはキノ国の延長上にある。根本は、単純な領土欲であろう。しかし名目は一新されていた。
ハシバはダイリの代弁者として、我に刃向かう国家の敵だからトサを懲らしめるのだ、という論理をふりかざしてトサに大軍を送りこんだのだ。
トサ王が戦いもせず降伏したのは、単に兵力差が圧倒的だったからばかりではない。
今までは空気のような存在だったとはいえ、日本国王ダイリもろとも一緒に葬るだけの覚悟と計画がなくては、これだけの圧力に抵抗などできない。
状況は想定外すぎた。
こうして、瞬きをする間もなく、トサ島はハシバのものとなった。
ハシバはこれに味をしめたらしい。
自領内だけでなく、ダイリの権威の及ぶ範囲すなわち日本全土において、戦闘行為の一切を禁止するという勅令を発布した。
ダイリに了解をとったかなんて、聞くのも野暮だろう。
次に標的とされたのはクヌカだ。
クヌカで当時、紛争や反乱が起きていたという傍証はない。
しかしハシバがひとたび欲しいと言えば、謀反のデッチ上げなどいくらでも準備できる。
大軍勢は、北へ向かった。クヌカも一瞬で降伏した。
デッチ上げるまでもなく、シモ島ではサツマがブンゴと戦争中だ。
ハシバはトサ島の西端まで軍を進めることをしなかったが、シモをどう料理するかとじっくり考えていたに違いない。
おそらく手始めにサツマとブンゴの双方へ、ダイリの名義で、停戦勧告を送ったと思われる。
しかし現在に至るまで、シモにおいて戦闘が中断された形跡は見られない。
ここからは私の推測になってしまうが、サツマはハシバの勧告を無視することに決めたのだ。
ニセモノになど従えぬ。これがサツマの矜持である。
ハシバは、サツマが自分を畏れおののかないことに戸惑っただろうか。それとも、やっと骨のある対戦相手が現れたぞと、舌なめずりをしただろうか。
いずれにせよ、近いうちに、大軍がシモを目指して送りこまれてくるはずだ。
その時になって、サツマが即降伏するか、全滅覚悟で抗戦するかは、まったく予想がつかない。
ブンゴがどうなっているかにもよるだろう。サツマは一日も早くブンゴを制圧してハシバ軍を迎え撃つ準備にとりかかりたい筈であるし、相反するが、自軍の消耗も徹底的に抑制したいだろう。
軍師フロイスとしては、この難しい局面を現場で解析してやりたいものではあるが、そんな義理もないしな。
むしろハシバがシモまで来て陣頭指揮をとるか、それとも軍の采配は弟に任せてオーザカへ留まっていてくれるか。それが問題だ。
こっそり白状してしまうが、来年こそはキナイ巡察を決行せねばならないのである。
ハシバ暗殺を確実に遂行するため、私自身でオーザカの城や町を見て回り、ハシバの習慣なり行動の特徴なりを観察して、実行犯役と徹底的に協議して計画を練りこむのだ。だから、その予定日にハシバがキナイを離れていては困るのである。
セスペデスの報告を読んで、私はハシバをこれ以上のさばらせておいてはならぬと強く確信するに至った。
偶然が重なった結果とはいえ、カンパク・ハシバは危険すぎる。
彼の陰湿な性格から生まれた戦争禁止令などは安易で愚直な暴政であり、倫理を伴わない。狂人を頂点とした武力行使権を一極集中させるだけで、為政者のみに都合のよい、澱んだ沼地のような、かりそめの平和しかつくり出さないのだ。
それでは誰一人、パライゾには至れない。
日本の土着信仰にすぎない、ダイリの権威に立脚しているから、こんな間違いが発生したのだ。
ハシバもダイリも一緒に葬ってしまおう。坊主は数が多いから、そのあとでじっくり粛清する。
ここから初めて日本は楽園として歩み始めることができる。
思えば長い長い時間だった。この土地に染みこんだ毒は強烈だったが、イエズスのコンパニヤは丹念にこれを取り除いた。
ようやく、実りある果樹園が完成する。
最後の仕上げに取りかかろう。大団円はもうすぐだ。
私はこんなところで日本史を締め括るつもりだ。感動的な物語にしてみせる。ならいでか。一手ずつ、着実に、計算通り、駒を進める。
すべての戦士に、栄光あれ。
ポルトガルの矜持をみせてやる。