ナンガサキの港には、フスタを係留してある。
修繕に次ぐ修繕を重ねて、船体は歴戦の風格を漂わせている。
漕手であるカフルは現在、7人まで減った。怪力が自慢のカフルも、日本の寒さと、貧弱な食糧のせいで年々痩せ衰えてゆく。それでも並の日本人には恐怖の的であり、番兵としてこれほど役に立つ存在もない。
ナンガサキの役人は過去幾度も我々の脱出を阻んだが、布教長の巡察となればこのフスタに贈物を満載して出発するという思い込みが強いため、日々フスタを監視するというのが基本方針となっていた。
そこで我々はまず、その裏を掻いた。
贈物は必要だが、冬の間に少しずつ運び出し、ある島に集積しておいた。
そして春が訪れ、四旬節を迎える。
我々はアリマ、オオムラ、そして今年はフィラドまでを巡回すると、前もって役人に申し入れておいた。
最低限の祭具と着替えを従僕たちに担がせ、サツマの監視人をひとり連れ、各地の教会を回る小旅行が始まった。
フィラドへの上陸は、私にとって20年ぶりになる。
あの時、猛烈に論戦をして屈伏させた領主が、今も領主だ。
顔を見るなり殴りかかられるくらいの覚悟をしていたが、拍子抜けするほどの手厚い歓迎を受け、私を世界一の論戦家だと家臣たちに吹聴するなど、懐の広さも感じさせる。フェリペナスとの交易を試み挫折したことについては余計な詮索を控えたが、この男の肚のうちは意外と単純かもしれないなという印象を抱く。
デウスや、コンパニヤへの憎悪が原動力なのではなく、商売をさせたい。自分が儲かるためというより、フィラドに集まる商人皆に儲けて喜んでもらいたいという意思を感じたのだ。
それは私がナンガサキで貫いている方針であり、この点において私はフィラド公に共鳴した。
しかしデウスの教えには表面的な関心しか持っていないようで、そこが不思議なのだがなあ。
予定ではフィラドで監視人を置き去りにするはずだったが、フィラド公に迷惑がかかることを懸念したので、アカマへ寄ることにした。
パードレ・パシオたちがキナイへ向かう際に中継した村があり、口の堅い、優秀な信徒が揃っている。ゆくゆくは教会を建てたい候補地のひとつだ。
途中、スコ軍が壊滅させたファカタの町を、船から眺めた。
港の周辺は家屋敷が並んでいたが、奥地はまだまだ焼け跡だらけだそうだ。
ファカタは大きな商都だったので、ここを拠点にしていた商人は多い。現在はナンガサキやフィラドで暮らしているが、儲けを少しずつでも届けて復興をたすけ、ゆくゆくは自分たちも故郷へ戻ると言っている者が、けっこういる。いい話だ。
我々の教会も再建したいところだが、この界隈はまだ物騒なので、予定には入れてない。
サツマ監視人には、そういった事情もやさしく説明しておいた。おかげですっかり和やかな雰囲気になり、アカマでは飲み明かしてぐっすり眠りこけてくれた。
夜中、我々は準備されていた船で脱出する。次の中継地は、アマングチだ。
アマングチは最近まで支配者のアキ王が禁止令を敷いていたので、メステレ・フランシスコ・シャヴィエルが日本初の教会を設立した都市でありながら、不遇の存在だった。
その反動からか、今も日々聖務を欠かさぬ現地の信徒たちは、鋼の意志を貫く精鋭揃いである。
パシオたちもそうだったらしいが、我々もここでかなりの日数、引き留められた。
イルマンはいつものことだが、パードレたちまでが声を枯らす有様だったのだ。ヂシピリナの強さはそれほど求められなかったのが救いだったといえようか。
アマングチの信徒によると、カヅサ殿存命中は、デウスへの迫害がひどかった。とくに元クボウが逃げこんできてからはイコ宗の勢力がやりたい放題のさばっていたので、筆舌に尽くしがたい辱めに耐えることを強いられたという。
カヅサ殿の死後、ハシバがアキ王と休戦し、数年は宙ぶらりんの平和が続いた。
現在、両王は同盟関係にあり、戦争の危険は遠のいたが元クボウもまだトモという土地でくすぶっており、アキ王より格上であるところのハシバはデウスにもイコ宗にも恩情を与えている。
いったいこれからどうなるのでしょう、と聞かれるのだが、微妙に答えづらい。
しかし、安心せよ。
クボウもホンガンジも、敗れて死にそびれた過去の遺物だ。
創造主デウスの前には塵芥ほどの存在ですらない。
日々これからも、デウスの光だけを見て生きていけばいいことだ。迷うべからず。
セト内海は、まだ地方海賊の危険が大きかったが、それでも昔ほどではない。
シアクまで辿りつけば、アゴスチニヨの基地に駆け込める。そこから先は、ムロ、そしてジュスト殿の新赴任地であるアカシまで、安全な旅ができる。
今回は事前連絡ができなかったので出迎えは期待できないと思っていたが、シアクから先は、我々より先に素早い伝令が走ってくれたので、港に着くたび大歓迎を受けることとなった。
シモから布教長が訪れるのは、巡察師と共に来た81年以来なのである。大きな変化がありすぎた。記憶を噛みしめながら、思う。
アカシでは、ニエッキとダリヨ殿に出迎えられた。
ジュスト殿はオーザカにいることの方が多く、城下で会おうとの返事がもう届いていた。
街道の整備は想像以上に進んでおり、早馬なら一日のうちに往復してこれるのだという。住民の移住は厳しく制限されるようになったが、商人や旅行者の移動はずいぶんと手軽になった。
今や、カミ島のほとんどが、この経済圏の中にある。驚異的なことだ。
シモだけが、サツマのせいで不自由を圧しつけられているのかと考えたら、無性に肚立たしくなる。
キナイへ近づくにつれて、ハシバの宣伝力の強さも実感せざるを得なくなってくる。
住民たちはシモの戦乱をよく承知しており、荒くれ者を征伐すべくカンパク殿の出陣を今か今かと待ち侘びていた。
ハシバの雄姿は若々しい美青年だったり実物に近い障碍者だったり様々だが、そこは講釈師や絵師の自由にさせているらしい。美青年姿の方が売れるようだが、障碍者姿も熱狂的な人気を誇る。後者の場合は殊更に、戦場や虐待や暴行で障碍を持った一般市民やその家族に勇気を与え、逆境から立ち上がって日本の最高位にまで昇り詰めたハシバへの英雄視を高めるのだ。
この雰囲気を肌で感じてしまうと、ハシバを殺そうなどと考える側近がひとりも現れないことも納得がいく。
私は今一度、計画を反芻する。
ハシバを殺す役は、専属医師のヤクインだ。そのヤクインは、すぐ忠臣によって仇討ちされる。ハシバの葬儀は盛大に営まれ、家臣団は協議の末、次なる王をジュスト殿に決定し、ハシバの築いた王国をより豊かに発展させるため、力を尽くし合うことを誓う。
その道を照らすのはデウスに他ならず、段階的にフォトケとカミを合法的にこの国から消滅させてゆく。
ああ、一緒にダイリも潰すんだったが、ハシバがいなくなればダイリも自動的に無力化するから、そこは後回しでいいはずだな。
今更にして、このやり方ほど理想的に、ハシバを葬る手立ては思いつけない。
あとは毒薬の入手と、ヤクインの口を開かせないうちに仕留める隙の無い状況を、つくりだすこと。その細部を詰めるために私はやって来たのだ。
いかなる隙もあってはならない。
そうだ。完璧を期すのだ。
私の一世一代の大仕事だ。