我々はサカイへ上陸した。ここでも熱狂的な歓迎を受けた。
前回巡察師と来たときより、私には友人が増えている。他でもない、毎夏ナンガサキへ来てくれる商人たちだ。
かれらがサカイに構える店はいずれも洗練された造りで、建材も新しい。それはすなわち、ナンガサキで競りに勝つ技術を体得した者は数年で一流の商人へ成長できるという証左でもある。
そんな成功者となったかれらが、きびきび働く礼儀正しい従業員たちの尊敬を集めている前で、「フロイス殿のおかげでこの店を持てたのです」なんて紹介をされるわけだ。たまらんじゃないか。
私じゃなく、デウスのお導きだとわかりたまえ。
なおかつ、君自身が実力を磨いて掴み取った成功なのだと誇りたまえ。
そして、もっともっと後輩を幸せにしてあげていきたまえ。
私はそんな風に説諭する。
実に、誇らしい気分になれる。
サカイは、ミヤコと並び、寺社勢力の強い都市だった。
土地も足りないので、教会は今も狭苦しく老朽化も激しい。
しかし、こんな商人たちがもっと立派な教会を新築しましょうと各自積み立てをしてくれている。ありがたいことだ。
しかし公平に取り纏めができる存在を欠いていて、私のような、商売に明るいパードレをサカイに常駐できないものかという相談をされる。
困った。
本来、聖職者は商売に関与することを許されていない。日本布教区は例外中の例外で、その中でもアルメイダ、カブラル、私などはかなり特殊な例外だ。
私の商売哲学だって教えられて身につけたものではない。コレジオで教える課目にも、経済学は含まれない。今いる面子に適役は思いつかない。
さあ、困った。
サカイを代表する商売人で、信徒としても最古参のディオゴ殿なら若い後輩たちの取り纏め役として最適なのではないかと考えたので、相談してみた。
ディオゴ殿の店は現在、跡取りとしてすっかり貫禄のついたルカスが代表を務めているので、一席を設けてもらう。
ルカスとモニカの長男はもう15歳になっていた。彼も同席した。日本では成人扱いだからだ。
ルカスは、今からでも息子を次の跡取りに立てられるよう、はっきりと意識した教育をしている。なんだか、カヅサ殿みたいだな。
もちろん少女だった頃に私をさんざんやりこめたモニカの影響も大きいだろう。
彼女はあの頃よりさらに研ぎ澄まされた鋭い眼光で私をたじろがせつつ、下の子供たちにも挨拶をさせた。厳しいお母さんなのだろうな。この子たちの成長が、楽しみでならない。
「フロイス殿。わが日比屋家が、新進気鋭の商家さんを束ねることは、難しいと思いますよ。
これだけ規模も年季も差があれば、何かを一緒にやろうとしても、反発しか生まれない。もっとかれらに近い存在を用意してあげた方がいいように思います」
そうかね。デウスの信徒だという共通項があっても、難しいかい?
「むしろ、そこにしか共通項はありますまい。
私は義父から商売のすべてを学びましたが、かれらは独自のやり方で腕を磨いて成長した。
まだまだ、やり足りないことも多いでしょう。かれら同士だって対抗心が強いから、簡単に纏まりはしないんです。
今は、好きなようにやらせておきましょう。この子たちの世代になったら、もっと状況も変わってくると思いますが」
なんとなくだが、わかる気もする。
さて、そうなると、まとめ役は、パードレがつとめなくちゃかねえ。
「ああ、フロイス殿。ひとつお耳に入れたいことがあります。パードレ・オルガンティーノについてなのですが」
ニエッキかい?
あいつ、また何かやらかしたかい。
「彼は長年、畿内の布教長を務めており、実績もあるのでしょうが、金遣いの荒さについては、正直ひどすぎますね」
……もう、察しがついたよ。君たちに随分迷惑をかけてしまっているのかな?
「彼は陽気で、人を喜ばせるのが大好きです。
だから人気もあります。そのせいもあるのでしょう。信徒から頼られると、イヤと言えない。
商売で失敗したり、博奕で身を持ち崩した者に泣きつかれると、同情してすぐカネを貸します。
一割だって戻ってきているのか、怪しい。コンパニヤの年間予算、信徒からの寄付まですぐ消尽します。
そうなると彼は、うちに借りに来ます」
……おそろしい金額に、なってしまっているのだろうね。
申し訳ない。心から、お詫び申しあげる。
「日比屋家以外にも、いろんなところから、無心しているようです。ジュスト殿にも相当、借りがあるはずです。
デウスの信徒である商人は誰しもが各自で積み立てをしている、と知ったとき、ゾッとしました。おそらくかれらもパードレに直接渡したが最後、そのカネは雪のように消えてしまうことを知っているから、警戒しているのだと思います」
……そこまで、読み取れなかったな。恥ずかしい限りだ。
教えてくれたことを感謝する。
ニエッキを即刻、解任しよう。あいつにふんだくられた分は、少しずつでも弁済する。ほんとうにすまない。
「日比屋家としては、寄付金を帳簿につけないことにしていますし、大袈裟にすればデウスの名に傷もつきますから、それについてはもう諦めています。
さいわい私どもは毎夏硝石を送っていただいている分で、それなりに儲けを確保できておりますので、今後もこれを続けていただけるなら、ありがたいのです。それだけです」
ああ、ありがとう。本当に、ありがとう。
今夏からは、倍の量のサリートリを送り届けることにしよう、ルカス殿。
あなたには、永遠の祝福が必ずもたらされるだろう。
私は憤懣やるかたない思いで、ルカスとの会談を終えた。
ニエッキめ、今度という今度は、息の根を止めてやる。フィゲイレドもパシオもセスペデスも、ニエッキの更迭には常に及び腰だが、まさか持ちつ持たれつなのではあるまいな。これほどの醜態を知らなかったとは言わせぬぞ。
コンパニヤの尊厳にも直結する大問題だ。コエリュに大鉈を振るわせねば。
肚立たしいといえば、こんな話も聞いた。
反逆者アラキ。
奴は今サカイで暮らしており、過去の稼業からは完全に足を洗って、茶器の売買と教室の開催、茶会の運営を取り仕切る商人として、悠々と隠居生活を愉しんでいるらしい。顧客のどんな相談事にも乗ってくれると評判で、ずいぶんと羽振りもいいそうだ。
お前たちはアラキの素性を知らないのか。
家族や忠臣を何百人も見捨てて逃げ出した卑怯者だぞ。ほんの7年ほど前の事件だ。
我が身だけがかわいい、ゴクツブシの中のゴクツブシを、なぜそうあっさり信用するのだ。私はただただ呆れてしまう。
犯罪者には、適正な処罰が必要なことを、日本人の前ではっきり示してやらねばならぬ。
日本人は騙せても、デウスの目は絶対に誤魔化せない。御主の力を常に畏怖することが人を敬虔にさせるのである。
基本だ。
それを、教育せねばだ。