オーザカに入ると、どこもかしこも、工事人夫でいっぱいだった。
城とその周辺では軍隊らしい統率が見られ、下町へ行くと雑然とした光景に変わる。
こういった現場では怒鳴り合いや喧嘩がしょっちゅう始まるものであるが、下町ですら見られなかった。皆、黙々と働いていた。
ゼンチョの男が一人、石を運んでいる途中で倒れ、その場で息絶えるのを見た。
他の人夫たちが慣れた様子で死骸を片付けながら、羨ましいと囁いた。
パライゾにも行けないで何が羨ましいのか私にはさっぱり理解できなかったのだけれども、印象に残った出来事である。
キナイでは昨年暮れ、大きな地震が起きたのだ。
サカイ、タカツキ、ミヤコなどでも死者が出たが、特にオーザカでは被害が大きかった。下町の、即席でつくられた民家が次々と倒壊したのである。
ハシバは直ちに復旧を命じ、領内各地から資材と男手を徴発した。
その名声はますます跳ね上がる。
我々はこれに便乗するべきが得策と考え、被災地を巡察し、デウスの言葉を授けて回った。
民衆は涙を流し、歓喜した。
オーザカの教会とセミナリヨは一等地に建っており、造りもしっかりしていたので、ほとんど被害はなかった。
我々はこれらの施設と、ジュスト殿や他の信徒の邸に分宿し、登城予定日まで待機する。
ハシバへの謁見を希望する諸侯や団体は数限りなくあり、もはや余程の縁故か緊急性がなければ叶わぬと言われているが、私はこれに違和感を抱く。
ハシバは、自ら市井の民と交わろうとしすぎるし、実際、どんな小さな陳情でも受付は拒むなと指示しているそうなのだ。
当然ながら、陳情とは劣勢の側がするものであるから、コンパニヤが謁見を一度申し込む間に坊主どもは何十件何百件と申請する。そのほとんどが最終的には却下されるといってもだ。
事務処理が片付くまで待たされる身にはたまらない。
カヅサ殿はもっと効率よくやっていたよ。
ハシバはただの人気取りをしているだけで、為政者としては三流だという意味だ。
人気取りといえば、そうそう、ニエッキだ。
コエリュの名で会議を開き、正々堂々と断罪した。キナイに居住する者全員が暗黙の了解として承知していた実態であり、ルカスの告発がなければ私とて気付けなかった、重大なる犯罪行為だと結論する。
ただ、次期キナイ地区長を選挙したところ、ニエッキの再選が決まる。
人脈と知名度、そして日本人との付き合いの深さにかけて、彼に交代できる人物は存在しないという理由だ。次点が私だった。
少し迷うところはあったが、それでは困るのだ。
我々はもう高齢者で、若い世代に仕事を覚えてもらわねばコンパニヤの支柱はいずれ立ち腐れる。
なんとか一年を目途に、地区長の責務を最適任者へ引き継がせるという形で閉会したが、そんな次第でニエッキを引き摺り下ろすことはできなかった。不本意だ。
そんな私のぼやきは、期待の青年ファビアンをイルマンへ叙任することで癒やされる。
彼はまさしく逸材だ。仏宗派の内情、ダイリ及びクゲのシキタリ、官位にまつわる難解な諸規則、等の分析においてエウロパ人の限界を易々と突破する。
日本人だからというだけでは達せられない、深い知識と洞察力を持つのだ。
その根底には、幼少期から押しつけられてきたゼン宗への反発と、数千年にわたってカミやフォトケに支配されてきた同胞たちの無力さに対する憎悪がある。
直接対話してみて実感したことだが、ファビアンの冷徹なこと、私など足下にも及ばない。私はいまハシバ毒殺の計画を誰よりもこの青年に打ち明けておこうかと、本気で逡巡しているところだ。
「関白は、豊後と薩摩に停戦を命じましたね。豊後はすぐに応じたが、薩摩は拒絶した。
これは、当然なんです。
勅令として、薩摩に対し肥後・豊前・筑前を明け渡せと一方的に命じている。豊後には一切お咎め無しなのに」
ハシバは、国境線を、どの時点まで戻させようとしているのだろうか?
ブンゴが最大版図を誇っていた当時の状態にしたいのだろうか?
「今の豊後にそこまでの国力が無いことは承知でしょうし、そもそも関白は豊後のために何かしてやろうなんて考えてないですよ。
薩摩を怒らせるのが目的です。
従わぬ薩摩に朝敵という肩書きを与え、軍を派遣して薩摩から占領地を分捕る。あとは自分の家臣どもに分配するつもりでしょう」
なるほど。ブンゴの領地は今より増えなさそうだね。むしろ、それより前にブンゴが征服されれば、晴れてハシバはシモ島全土を好きなように分割できるわけだ。
「ただ下島は遠いので、まとまった軍を差し向けるとなると、それがいつになるかです。
大坂の復興が優先されるでしょうし、薩摩が豊後を征服したあとで関白に恭順を誓えば、戦端が開かれない可能性もあります」
サツマとしては、それが最善だろうね。急いでブンゴを滅ぼそうと、そりゃ躍起になるわけだ。
「ところがそんな旨い話を、関白の家臣どもが黙って許しはしません。
勅令に反して戦争していた以上、薩摩は絶対悪なのです。手柄を欲する部将は、大坂の復興をとっとと片付けて、誰よりも早く下島へ向かうべく、今から必死に準備をしていますね」
おみそれしたよ、イルマン・ファビアン。
そうなると、私だって、ハシバには早く出陣してもらいたいな。フナイ、ウスキ、アリマ、ナンガサキなどへ戦火が及ぶ前にサツマを撤退させ、本格的な戦闘はシモ島の南部だけで行ってもらうのが理想的だ。
「ジュスト殿はじめ、信徒となった側近の部将たちから異口同音に囁かれれば、効果あるのではないでしょうか。
関白の奥方にも説得してもらいましょう」
ん?ハシバの正妻といったか?
そんなツテが、あるのかね。
「大坂城には、関白が諸侯から人質として集めた情婦が三百人以上寝起きしていますが、彼女たちを管理監督し、学芸や礼儀などを教えこむ役割を、第一夫人である北政所が担当しています。
その侍女頭がマグダレナという信徒でして、月に一度は許可をもらって教会へ来て、聖体拝領とコンヒサンをしていくんです」
驚いたな。ええと、正妻の、キタノ?彼女は、ハシバと、夫婦仲はいいのかね?
「特殊な環境であることを割り引いた上で、夫婦間の信頼はきわめて厚いと言えましょう。
関白には子供はつくれない。北政所はそれを百も承知しており、情婦たちは関白へ慰みを与えるための存在であると完全に容認し、そのための教育を施すことに撤しています。
関白も弁えていて、情婦たちに甘えはしますが、大切なことは北政所に必ず相談します。
マグダレナの証言ですから、間違いないでしょう」
思わぬ収穫が転がりこんできた。そのマグダレナが信頼できるなら、ハシバに毒を盛る役を任せられるかもな。
……ああ、ついでに聞きたいのだが、ヤクインという側近を、君は知っているかね。
「施薬院?全宗さんのことかな。ええ、知ってますが。
教会へも来たことがありますよ」
え?信徒なのか?
「いえ、ただのおつかいです。関白に命じられれば、何でもやる使いっ走りですかね。
関白は筆が握れず字を書けないので、文書作成係なども、よくやっているみたいですけど」
はあ。医者だと聞いていたんだが。
「侍医みたいなことも、してるみたいですけどね。曲直瀬さんの下で学んだこともあるとか聞いた覚えがあります」
マナセか……ああ、今は、そっちはいい。その、ヤクイン・ゼンソウの方だが、彼の方からも、ハシバに、サツマ討伐を急げと吹きこむことは、可能かな?
「安威さんとこのシモンから根回しする方が早いように思いますが。それにしてもなぜ、全宗さんにこだわるので?」
うん……ああ、その、名医だと噂を聞いたことがあってね。いま不意に、名前を思い出したんだ。
「おかしな噂ですね。誰かと間違えたのでは?
全宗さんは坊主あがりなので、信徒にはならないし、考え方も古いんですよ。大した人物ではありません。どうしてもというなら、考えますけど。呼びつけてみますか?」
いや、いい。忘れてくれ。
なんだ、ずいぶん調子が狂ったな。
暗殺計画の配役表には、少し修正の余地があるかもしれない。