戰國ぢあぼろす   作:ひねもす@HAMELN

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SengokD.1586/004.hmos

城は、昨日までと同じように五棟の楼閣を天に突き出し、堂々と聳え立っていた。

 

ヤクイン自らが、出迎えに来た。きわめて礼儀正しそうな、老人である。

敵意はまったく感じない。

我々は隊列を組んで登城した。

 

ジュスト殿から、謁見の式次第を説明され、特に礼儀作法について徹底した注意を受ける。

日本では食事の際に咀嚼音を響かせることは失礼でないが、食物に直接手を触れることは甚だしく無礼とされる。

そういった類いだ。

したがって食卓に手洗い用の水や布は置かれない。小便の都度に手を洗っておかねばならない。昨年来日したパードレ・カルデロンらには、このような行儀は教えていなかったので、多少の混乱を生じた。

ジュスト殿も同席するので、彼の振る舞いを見てそっくり真似たまえ、と指導することでなんとか許諾をもらえた。

 

いざ謁見。

大広間の奥正面にはすでにカンパク殿が座っていた。

我々は一人ずつ頭を下げながら、食卓の前に座ってゆく。

サケが注がれ、食事と閑談が同時に始まる。

 

こういった日本式の饗宴は、エウロパ人の中では私が一番経験豊かなはずだが、その私ですら、未だに慣れない。

食事はこれっきりで、あとからは出てこない。そう言うと、若手は顔面蒼白になっている。

空きっ腹の上にサケだけは際限なく注がれるから、すぐ酔いが回る。

しまったなあ。

ここへ来て、いろんな準備不足に気付かされる。

 

不意にカンパク殿が立ち上がった。

すぐに側近が手を差しのべる。

たどたどしい足取りで、こちらへ歩いてくる。

私は硬直したまま、正視していた。

カンパク殿は、イルマン・ロレンソの前に来て、その手を取る。

 

「ロレンソ殿よ。また会えて嬉しい。そなたは覚えておるか。日乗という荒くれ坊主がおった。そなたは信長公の前で、彼奴と宗論を戦わせ、天地のはじまり、万物の理を説いた。張りのある声で、堂々とな。

あの勇ましさ、わしは今も忘れぬ。

今日はゆっくり楽しまれよ。そして、長生きして欲しいものぞ」

 

低く、つぶやくような声だった。咽喉にも障碍があるらしい。側近が、復唱した。

私はその言葉を、隣のコエリュに通訳する。

ロレンソは、深々と頭を下げ、謝辞を述べた。

 

カンパク殿は、次に、私の前へとやって来る。

やはり私の手を握り、同じく、また会えて嬉しいと、仰せになる。

 

「フロイス殿は、あの日、どんな武士よりも、毅然としておった。日乗が刀を抜き、そなたの目の前へ突きつけたにもかかわらず、微動だにせず、日乗の眼を睨みつけ続けた。よほどの覚悟で日本まで来られたのであろうと、わしは、恐れおののいたものじゃよ」

 

あの場に、若きハシバがいたかどうか、私は覚えていない。

だが遠い記憶が一瞬で蘇り、私がカヅサ殿と過ごした時間の中に、このカンパク殿も生きていたのだという実感が、初めて現れたのだった。

私は嗚咽を漏らした。

 

カンパク殿は、布教長コエリュにも丁寧な挨拶をして、席へ戻った。

そこからは徐々に和らいだ雰囲気が生まれる。

この会食には、カンパク殿の家臣団で洗礼を受けた部将たちも、十数名参列していた。かれらは誠心誠意、カンパクとジュスト殿に心服しており、その結束はカヅサ殿を頂点とした軍団のそれを凌駕することを認めないわけにはいかない。

 

こうなってくると、カンパク殿が洗礼を受けない理由の説明がむしろ必要となってくる。

私は単刀直入に訊いてみた。

 

「政務が忙しくてのう。

新しいことを覚えるのも、この齢になると難儀であるし、いまさらジュストの弟子になるというのも面白くないではないか。

それから、妻を一人しか持てぬという掟も、わしには、つらすぎる。せめてそのくらいの楽しみは、やらせてくれ。

わしが地獄に堕ちたとしても、わしを慕って入信した者が天国へ行けるというなら、わしが入ることも、そなたたちへの貢献になるかもしれんがのう」

 

一同から、苦笑が漏れる。

カンパクは、居丈高に構えるということをしない。常に自分の無力さを笑いに換えようとしているのだ。

私はどこでハシバを誤解していたのだろう。

この権力者は、悪人ではない。

邪悪な支配をたくらんでいる者がいるとすれば、そいつは、どこかに隠れている、別の誰かだ。

 

食事のあと、カンパク殿自ら城内を案内してくれた。

 

アヅチ城との大きな違いは、内部にあった。

洗練された造りで無駄な空間をほとんど持たないアヅチに対し、オーザカ城内は複雑な迷宮となっている。

通路はクネクネと入り乱れ、幅も高さも一定しない。

隠し扉もそちこちにあり、カンパク殿は近道をしようと言って、側近に鍵を開けさせ、武器の並んだ狭い通路を我々に惜しげもなく見せた。

ホンガンジを参考にしたのだろうか。

 

階段も昇ったり降りたりして、中央棟の最上階に着く。

アヅチよりも高く、アヅチよりも大きな街。

いたるところで工員が働いていた。水路、港に沖合まで、無数の船が行き交っている。

ただただ圧倒された。

カンパクは、私の耳許で囁く。

 

「わしは、畿内を平定した。もはや争いは起こらぬ。人々は、安心と安全に包まれて暮らすのだ。信長公の果たせなかった夢が、ここにようやく実現した」

 

おっしゃる通りです。カンパク殿。

あなたは、カヅサ殿の、夢を叶えた。

 

「下にも、早く太平をもたらしたい。その次は、東国だ。わしは、そこまでやり遂げる。

政治を弟に引き継がせたら、旅行がしたいな。命を懸けてエウロパへ行くのは大変だから、大唐まで行ければよい。

日本の王で外地を踏んだ者は、歴史上いないのだ。わしは、その一番乗りをしたい」

 

謙虚な願望です、カンパク殿。

その節はぜひ、我々が船を準備しましょう。コンパニヤには、現地で通訳ができる者もいるはずです。

全面的にお手伝いします。

 

展望を終え、首脳だけが茶室へ案内される。

ここでは喫緊の課題が討議された。

策を弄するまでもなく、サツマの攻略について、カンパクに直接、意見を述べることができた。

 

カンパクの決断は迅速だった。

早急に、アキ王・トサ王・イヨ王から兵を出させ、サツマを牽制する。キナイからの大軍出動はすぐには無理だが、信徒の部将をひとり選抜して向かわせよう。カンパク自身も、状況が許し次第、出陣する。

 

瞬く間に、方針が決まっていった。

ナンガサキの自治がサツマに侵されている件については、特に私から説明した。

サツマを屈伏させたのち国境の策定が行われることになるが、このときモギやウラカミまで含めた一帯の自治権を、勅令として承認しようとの確約を得る。

これまでは一地方領主たるドン・バルトロメウによる寄進状だけが根拠だったので、その意義はきわめて大きい。

ラウマの承認を更新するには、カンパクが信徒になってくれてからの方が都合がいいのだけれども、そこはおいおい考えるとしよう。

 

階下へ戻ると、イルマンや従僕たちがすっかりのぼせ上がっていた。

城の一角を成す、男子禁制の楼閣から、何十人もの娘たちが、エウロパ人をひと目見んものと押しかけてきたらしい。

高貴で上品、美貌と教養を磨き上げた粒揃いの宝石たちは、控えの間にいた男たちを一人のこらず骨抜きにした。

カンパク殿が戻ってくると聞いて、芳香だけ残して一目散に逃げていったところだった。

 

カンパク殿は、仕方のない奴らだ、と苦笑していたが、彼女たちだって欲求不満を溜めまくっているだろうにと私は気の毒になる。

冷静に考えて、そんな攻撃にさらされたら私だって耐え抜ける自信は無い。

 

布教長秘書としての威厳を保っていられたことを、心からデウスに感謝した。

 

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