戰國ぢあぼろす   作:ひねもす@HAMELN

240 / 328
SengokD.1586/005.hmos

カンパク殿があんなに上機嫌だったことは滅多にない。ジュスト殿はそう言ってくれた。

我々の謁見は大成功だったとの評価をいただく。

よかった。私は、ほっと肩の荷を下ろす。

 

我々は引き続き、オーザカを拠点として、キナイ各地の巡察を行う。

歩き回るのが苦手なコエリュにはオーザカで留守番をしていてもらうことにして、私は、なつかしのミヤコへ行ってきた。

 

ミヤコの教会には、カヅサ殿の最期を見届けた、カフルのヤスケがいる。

信徒の家で力仕事が必要になるとすぐ駆けつけてくれるので、すっかり街の人気者だ。二人で何時間も、カヅサ殿の思い出を語った。

 

私はオーザカでの謁見以来、カンパク・ハシバに寛容になったが、ヤスケは今も、主君と仰げる男はカヅサ殿だけであるとの信条を持つ。

ハシバは後継者などではなく、他者の成果を横から奪ってばかりいる泥棒猫に過ぎないと。

まあ、わかる。

でも、もし、コレトウがあのまま権力を握っていたとしたら、今よりももっと、赦せない状況が続いていたはずだよ。

それよりは、よかったんじゃないかと思う。

 

数日後、私に来客が現れた。

信徒ではないという。身なりの賤しい、初老の男だった。

記憶にない顔だ。

洗礼を受けたいという。私から。

思い詰めた口ぶりで、なんだか嫌な予感もしたが、とりあえず話を聞いてやることにした。

コンヒサンの部屋へ、案内する。

 

「フロイス殿は、今も、鷹を飼っておられますか?」

 

鷹?ああ……時々、遊びに来る子がいるが。

最後は、去年の秋だったかな。飼っているわけではないよ。

君と鷹の話をしたことがあったのかな?

 

「覚えておられませんか……信長公と、馬揃えに出たとき、あなたとお会いしました。鷹匠特有の腕の持ち上げ方をされていた。それで、私から、お声をかけたのです」

 

カヅサ殿が生きていた頃ですか。申し訳ないが、あなたのことは覚えてないな。

デウスの教えについては、どこまで御存知ですか?

 

「あの頃、私は一番輝いていました。私の息子も元服してすぐ、左近少将、左中将、権大納言、内大臣と、昇進していきまして」

 

ナイダイジン?あれ、聞き覚えが……

たしか、官位ですよね?

 

「え?あ、はい、もちろん官位ですが」

 

ちょっと待ってください。あなたは、もしかして、クゲ?

 

「……は、はい、公卿……でした。今は出家して、龍山と申します」

 

坊主ですか。

そちらとは今すぐ絶縁してください。イエズスに倣うつもりであるなら。

 

「はい……ああ、私は、もう、どうだっていいのですが、息子が。息子が、不憫で……ねえ、あの男に、すべて、すべてを奪われて……ウッ、ウッ」

 

ちょっとちょっと。何の話をしているんです。あなたじゃなくて息子さんの話なんですか?

息子さんを洗礼させたいのですか?

だったら本人が来なくては無意味ですよ。いったい何なのですか。

 

「す、すみません。……あの。そうです。救っていただきたいのは、息子なのです。

ねえ、私たちが、一体どんな悪いことをしたというのです。なぜ、あんな男に、近衛家のすべてを根こそぎ、奪い取られなくちゃならんのです。

おかしいでしょう」

 

落ちついてください。さっぱり意味がわからない。あの男というのは誰ですか。

 

「えっ?言いましたよね。秀吉です。羽柴秀吉です」

 

ええと?……ええと。……カンパクと、同じ名前の人?

 

「関白!そうですよ。関白を、あいつは、あいつが、奪ったんだ。

なぜ、あの男が、関白になど。なぜ、なぜですか。おかしいでしょう」

 

頼むから、落ちついてください。落ちついて。どうどう。

……つまり、あなた方は、カンパクだった。

それをハシバが奪った。ということですか?

 

「何度も言っておりますが、私は出家した身。息子は内大臣でした。一条殿が関白と左大臣を辞したので、右大臣の二条殿が左大臣に就きました。秀吉は、権大納言になったばかりでした。あの男は、すぐに、もっと上を欲しがったんです。宮中には、毎日、毎日、怪しい男どもがうろつくようになりました」

 

……ちょ、ちょっと待ってください。書きながら整理します。

ええと、ですね。

このとき、カンパクとウダイジンは誰だったのですか?

 

「決まっていませんでした」

 

なら、ハシバは、すぐカンパクになることが、できたはずでは?

 

「権大納言からいきなり関白なんて、五摂家でもありえません」

 

じゃあ、ウダイジンをあげればよかったのでは。

 

「右大臣は、信長公が最後に勤めた官職です。縁起が悪いから嫌だと、秀吉は抜かしおった」

 

すると、サダイジンか、ナイダイジン……ああ、ハシバはナイダイジンになったんでしたね。

ということは、あなたの息子さんが、ナイダイジンを、奪われたんだ。

 

「はい。ただ、そこは調整をして、二条殿が関白、息子は左大臣になり、今出川氏が右大臣へ就任して、ひとまず、すべての官職が埋まりました」

 

フム。しかし、ハシバがこれで満足するわけないですね。すぐにカンパクを欲しがるでしょう。

 

「その通りです。しかし有史以来、五摂家以外の人間が関白職に就いた前例はありません。宮中は一丸となって、秀吉の野望を阻止するため説得しました。

しかし敵は、とんでもない手を繰り出してきたのです」

 

なんだろう。思いつきませんね。

 

「秀吉は、わが近衛家の、養子になったのです」

 

ああ。その手があったか。

 

「二条家へもカネで話をつけ、関白職は近衛家へ譲られました。次の日、近衛家の、兄から義弟へ譲位される形で、秀吉は関白になりおおせたのです。電光石火の早業でした」

 

そんなことをやっていたのか。たしか、去年の夏でしたよね。

 

「たちまち秀吉は、朝廷の権限をすべて自分で決定し実行する暴挙を開始しました。なんでも思うがままです。最悪の怪物が誕生してしまったのです。

いま、近衛家当主である二十二歳の息子は、宮中で、筆舌に尽くしがたい断罪の猛攻を浴びせられています。原因のすべてが、まるで私たちであるかのように責めたてられているそうです。

おかしいではありませんか。悪いのは秀吉でしょう。なぜ、私たちが、こんな目に遭わなくてはならないのか!」

 

お気持ちは察しますが、ハシバを養子に迎えたことが決定打となったように思われますよ。

 

「信長公は、私の希望でした。私は、武士になりたかった。信長公のもとで鷹匠としての腕を磨き、ひとかどの評価を得るに至りました。

それなのに、あの夜の、本能寺の変から、すべてが、狂ってしまったのです。

私は、活路を求めた。必死でした。秀吉に、喜んで尻尾を振ってきたとでもお思いですか。抵抗はした。しかし、逆らうことなど、誰にできたというのです。

これは由々しき、日本国全体の問題なのですぞ。しかし、内裏も、神仏も、あの怪物の前にはあまりにも無力です。

藁にも縋る思いでここまでやって来たのです。

どうか、近衛家を救ってください。

私の命ならどうなってもいい。せめて息子だけでも、この苦しみから解放してほしい」

 

言ってることが滅茶苦茶すぎる。クゲというのは、こんな考え方しかできないものなのか。

これでは、つけこまれても自業自得だ。

ハシバにとっては赤児の手をひねるほどの仕事でもないだろう。

 

なんとか狂人を追い払って、私は火照った頭を冷やすため、散歩に出た。

 

ミヤコも、カミキョウからシモキョウまで、あらゆる街区が大工事中だ。聞けば近々ダイリが息子に譲位をする。その式典に合わせて、王宮をすっかり建て直すとのことだ。

費用は一切、カンパク・ハシバが出すのだそうである。

殊勝な心掛けではないか。やらせておこうと思う。

小五月蠅いクゲが官位を売り尽くして消えてゆくのも、風情のあることだ。

ああ、私も寛容になったものだよ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。