シモとカミを隔てる海峡は短い。
風がなければ、エスピンガルダの弾が届く距離だ。
我々が暫定本部を構えるアカマは、カミ島側の山裾で、ほどほどの港町。ここに信徒の集落がある。
状況が落ち着くまで、ここに籠もる。
外部との連絡はすべて日本人にやってもらう。
すでに様々な情報が届けられていた。
定航船は無事フィラドに入港し、領主と島民を大喜びさせている。それはいいのだが、想定外の問題も発生した。
サツマの役人どもを怒らせたのは計画のうちであり、ナンガサキの商人たちへは、いずれ補償をするつもりだ。しかしドン・バルトロメウを憤慨させることになるとは、思ってもみなかった。
船団長は、ドミンゴスという。
昨年のパイスと同じく代理の代理だ。ずいぶんと品位の低い人物であるらしい。
ドミンゴスは勝手にフィラドと話を進めて、軍需物資などをそのまま売り渡してしまった。
フィラドはおそらくマニラとの交易を画策した頃から自衛のための軍備に着手し、秘密裡にオオムラと取引をしていたようである。
当然、私たちは知らなかった。
オオムラは強気でフィラドに武器を売っていたが、今夏、その立場が逆転する。
ドン・バルトロメウはルセナに猛烈な八つ当たりをしたようだ。すまなかった、ルセナ。しかし、誰を責められよう。我々に伝えていなかったオオムラにだって非はあるだろう。
転換点なのだ。
今年はこんな番狂わせが、もっと色々生じると思う。耐えてくれ。サツマが滅びれば、平和が訪れる。それまでの辛抱だ。
定航船には、10名ものパードレが乗っていた。
これも想定外すぎたが、何よりもありがたい援軍だ。今はフィラドで日本語を学ばせている。
安全が確保され次第、ウスキのノビシヤドへ移し、実力をつけた者からどんどん全国へ展開させてゆくよう差配する。
昨年、私はカブラルに毒薬を依頼していた。これは二人だけの超極秘事項である。
はたして、積荷の中に、求めた品は無かった。
私信によると、カブラルはアマカウよりゴアへ転任となったそうだ。もう毒薬は不要になったとはいえ、これも大きな番狂わせだ。
変化の速さに、眩暈がする。
ひととおり、情勢把握が終わったところで、布教長と私、ほか若干名はイヨ国ユヅキ王からの親書を携えて、アマングチへ向かった。
すでに連絡はついていて、教会候補地もいくつか用意されていた。
最古参信徒たちを引き連れて、見て回る。
いずれの物件も、当地では有名なテラだそうだ。まだ坊主たちが住んでおり、我々が来ると門前へ駆けてきて、地面に顔をこすりつけながら、なんとか他のテラを選んでほしいと泣きながら訴える。
その態度こそ、何十年にもわたってアマングチの信徒がおまえたちから強要されてきた姿そのものだと、信徒たちも涙をボロボロあふれさせながら、口をきわめて罵り返すのだった。
しみじみと、言いたいだけ言わせてやった。
坊主たちよ。今のその謙虚さを二度と忘れないようにして、これからの余生を過ごしたまえ。
ユヅキ軍はすでに出征し、ブンゴ国フナイで陣を構築していると聞く。
また、アキ国へも、カンパク殿より動員令が出ており、シモへ向け陸路で順次進軍を始めるところだった。
我々はこの先発隊と一緒に、アカマへと戻ってきた。
いったいサツマ相手にそこまでの兵力が必要だろうか、という気もしたのだが。アキ軍の隊長によると、ブゼン国のアキヅキまでが挙兵しており、自分たちはその討伐を命じられたということだ。
アキヅキといえば、ヒュウガでブンゴ軍が大敗を喫した直後、ブンゴとの同盟を破棄して反抗した勢力である。
ヨシムネと、彼をかばって敢闘したチカヒロ殿とが約一年にわたって戦い、抑え込んだ。そいつらがサツマに便乗して再びブンゴへ刃を向けたのだ。
正気か?どれだけ、大局を見る目が無いのかと呆れるやらだが。
しかし確かにブンゴ単独であれば、この新たな敵に立ち向かう余力など無い。これをアキ軍が北から叩いてくれるのだ。喝采だ。
この際、シモに残っている愚か者は、まとめて退治しておくのがよい。今後の統治をより容易にすること間違いないのだから。
アカマへ到着し、アマングチでの収穫を喜び合う。
アキ兵たちは、浜に拠点を作り始めた。すぐに海峡を渡るものと思っていたが、なかなか動き出さない。
訓練の合間に説教を求める者たちがちらほらと現れるので、相手をしてやる。
そんな日々がしばらく続いて、さすがに、怪しく思う。
いったい何を待っているのだ?
アキヅキを捻りつぶす自信がなくなったのか?
ダミヤン・デ・ラ・クルスが、様子を見てきましょうかという。
彼はアキヅキの出身なので、土地勘もある。送り出した。
その後、アカマに新たな軍勢が到着した。
アキ軍の隊長が急に姿勢を正して出迎えたところを見ると、大物らしい。
中央から来たのだとすれば、カンパク軍の直隷か。
どうやら、当たりだ。ついに本隊が来た。
たちまち浜はごった返す。アキ軍は押し出されるように海峡を渡りはじめた。
その大物が、布教長へ挨拶をしたいと申し入れてきた。
お迎えする。
駕籠から、杖を二本ついて、齢の頃40くらいの男が降りてきた。
眼光が鋭い。両膝に障碍を持っているようだが、家臣に介助を求めないその挙動には、並々ならぬ緊張と威厳が感じられた。
「黒田官兵衛、霊名シメアンと申します。布教長殿、お会いできて光栄に存じます」
シメアン?クロダ?聞き覚えがあるな。
記憶をたぐる。
思い出せない。
会うのは初めてだ。それは、間違い無いのだが。
コエリュとの間に入り、通訳を務める。私からも、要点を突いた質問をした。
シメアンは、ハシバの古参家臣だった父親の跡継ぎとして重用されている。ジュスト殿から導かれ、3年前に受洗した。
前線には立てない。だから軍師であり、参謀だ。
その統率力が抜きん出ていることは、部下たちの一糸乱れぬ動きでわかる。アキ兵のだらしなさとは、月とスッポンほども違う。
「この足ですが、荒木村重が反逆したとき、捕えられましてね。一年近く牢に入れられ、拷問を受けました。
生きて帰ってこられたことは奇跡ですし、息子と再会できたことも奇跡です。
私が寝返ったと噂され、息子も裏切者の汚名を着せられ、処刑されるところだったと聞きました。北政所さまがとりなしていただいたので、なんとか無事ですんだのです。これも、奇跡です」
アラキ。キタノ。そうか、きっと、セスペデスの報告か何かで、シメアンの話を読んだことがあったのだろうな。
ずいぶんと苦労してきた人生のようだ。教えについてはまだよく理解していないところが見受けられるが、敬虔な態度には好感が持てる。
軍師としてはどれほどのものか。これから、とくと拝見しよう。
「布教長殿。これから日本は太平の世を迎えます。今度の戦争は、手柄を立てる最後の機会となるやも知れません。
私はここで、関白殿から一国の主に取り立てていただけるほどの戦功を遂げねばならないのです。
デウス様がその願いを叶えていただけるならば、私は与えられた領国の民を一人残らず信徒にします。そしてパードレ様へ、すべての教育をお任せすることを誓います。
この望みを叶えたまえ。アーメン」