その気になれば、三日とかかるまい。しかしそれでは余興にならない。
敵にはたっぷり時間を与え、私たちへの憎悪を熟成させ、悔いの残らぬ散りっぷりを準備させてやろうじゃないか。
先手はとらせてやる。いつでも、好きなところから、かかってきたまえ。あらゆる可能性に対処できるよう、我軍は入念に考え尽くした布陣で相対する。
兵たちの緊張感を常時一定に保つことも名軍師の条件だが、シメアンは抜かりない。さすが本職だ。経験値の差を思い知る。
私は、ナカツカサ軍がスコ王を斃した一幕を、語って聞かせた。
サツマは奇襲を得意とする。貧窮に喘ぐ田舎者だからこその発想かもしれないが、その瞬発力と衝撃は侮りがたい。たとえば、今、突如、ここに、あの暗殺部隊が飛びこんできたら、何ができよう?
「フロイス殿。たいへん貴重なお話、感謝します。私も未だ嘗て、そんな敵とは戦ったことがありませんな。恐ろしいと思います。さっそく、対策を考えましょう。第一に気をつけるべきは、何でしょうか?」
スコ王は、太りすぎて逃げも隠れもできませんでした。護衛たちも、一目散に逃げ出したと聞きます。えらくなって現場から遠ざかった者が陥りやすい末路ですね。指揮官たる者が、一番油断していた。
「はは、一理あります。しかし私もほら、自力では歩くのもやっとです。襲われれば同じ目に遭う。むしろ敵が奇襲で狙いやすいのは、他のどの将より、私ではないですかね。確実に仕留めやすかろう。そんな風に考えます」
……脅かさないでくださいよ。悪い夢を見そうです。
「夢を見る。フロイス殿は、明日の朝まで起きていられると思っている。指揮官としては、それも油断のうちとはいえませんか?」
……ムム、手厳しいですね。ええと……もしや、シメアン殿は、自分が今まさに狙われているという前提で話しておられます……か?
「対策を考えると言った以上は、当然ですよ。さて、敵の騎馬隊がもう目の前まで迫っているとします。フロイス殿ならどうされます」
仮に……そうだとして……監視兵や、幕外の衛兵が叫ぶはずですから、ただちに、そうですね……この奥へ、隠れます。
「フロイス殿は宣教師ですからな。それが正解でしょう。私は、刀をとって外へ出ます。話があるなら聞いてやるし、斬りこんでくるなら刃を交えて殺されましょう」
……シメアン殿に死なれては、この軍の指揮をいったい誰が執れるというのです。私なら殺されても構いませんが、大将がそんな簡単に命を投げ出されては困ります。
「なるほど。そんな風に考えられますか。私の考えは違います。暗殺者はここへ辿り着くまでに大勢を殺しているはずだし、私が隠れている限り、もっと多くの犠牲が出ます。仮に暗殺者が仕留められて、私が表へ出てきたとして、部下が必死で戦ってくれていた間ただ隠れていただけの男に、かれらはそれ以降も随いてくるでしょうか?」
えええ?なんだそりゃ。
……しばしお待ちを。頭が整理できません。……ええと。シメアン殿さえ無事だったら、随いてきますよ、全員。
こんな優れた指揮官、いませんもの。だからこそです、生きててもらわなければ。
「そうですか。でも龍造寺にだって、追従する家臣は大勢いたわけですからね。ちなみに私の上司だった領主は歴代そんな奴らばかりだったので、私は随いていきませんでした。
フロイス殿が私を過分に評価してくれているのだとすれば、おそらく私が、優秀な人物しか上司として認めず、部下たちとも同じ価値観を共有しているからに過ぎませんよ。第一、私が死んでも代わりはいます。いくらでも現れます。心配は御無用。
では次に、暗殺者が侵入しやすそうな経路を作っておいてそこに罠を仕掛けるには、と考えてみましょうか」
煙に巻かれた感じだった。
以前、カブラルに指摘された言葉を思い出す。兵たちは同じ釜の飯を食わぬ上官の命令になど従わないとか。確かそんなだった。
ああ、私は所詮、評論家に過ぎないのだな。そしてシメアンこそは真の軍師で、大将だ。
器の差を、思い知らされた。
カワラ城をぐつぐつ煮込んでいる最中に、フナイからの避難便がアカマへ到着したとの報せを受け、行ってくる。イルマンに率いられた数十名の避難民が、物資を満載にして、無事脱出してきたのだ。
アカマには我々が自由にできる大きな邸が無いので、船ごとアマングチへ回航させることに決めた。コレジオ、ノビシヤドの移転先も、ひとまずアマングチにする。
手狭なようだったら、領主に求めればよい。教会用地候補のテラは、まだまだ、いくらでもあるのだから。
ゴーメス以下、7名のパードレは全員、ブンゴ国内への残留を決めた。
立派な心掛けではあるが、全滅したときの痛手は大きい。そして、脱出者から直接聞くフナイの狂騒と無秩序には、激しい怒りしか湧いてこない。
闖入者であるサツマ兵の方がずっと統制がとれていて、市内の被害のほとんどは、応援に来たはずの外地兵によるものであるという。
中でもひどいのはセンゴクが連れてきたサヌキ兵だが、かれらは特に我々の教会を集中攻撃した。壁への卑猥な落書き。家畜を逃がす。炊き出しの列に石を投げる。その他、放火以外のありとあらゆる悪戯をされたそうだ。
推理する材料の一つに、センゴクの本拠地はアワジ島だという情報がある。
ユノ島へ立ち寄った時、住民がアワジに激しい敵愾心を燃やしていることを強く感じたが、古来、セト内海においてこの二島は何かと対立してきたのかもしれない。
ユノ島が近い将来、内海経済圏の中核として大発展することは確実だ。これにアワジが嫉妬しているわけか。
そんな不満をはるばるブンゴで我々にぶつけているのだとしたら合点はいく。
ふざけるな。
そんな矮小な心構えだから、お前たちは見くびられるのだ。真珠の価値がわからない豚と同じだ。
碌な戦果も上げられないで。そのうちカンパクから、きっちりお仕置きされろ。本当に、ざんねんないきものだ。今後ずっと、ユノ島の繁栄を羨みながら、反省して過ごすがよい。
サツマが侵入する数日前、フナイ教会へドン・フランシスコがやってきた。
ウスキでも戦闘が始まって、多くの子供たちが誘拐されたそうだ。多くの避難民が流入し、フナイはごった返す。
そこへサツマが攻め入った。
だが占領はしなかった。
サツマの動きには不自然さを感じる。
シメアンの軍が、ウルツ、そしてカワラを遊び心でいたぶっているのと同じ匂いを感じてならない。
聞けば聞くほど、ブンゴ軍とその他の同盟軍とは連携がとれておらず、有象無象のごろつきが寒さに震えながら盗みを働いている。
敵の大将を降伏させる、あるいは殺してしまうのに、サツマがそこまで手こずるとは思えない状況だ。
何かを待っているのか?
シメアンが、カンパクの登場まで時間を稼いでいるように。
考えにくい。
サツマにとって、戦争を長期化させることで得をする理由など、思いつけない。
ドン・フランシスコはフナイの様子を見て、激怒した。
市の中心部にある大邸宅を拠点に、信徒と無宿者を集めて自警団を結成した。
ヨシムネの指揮下を勝手に離れてドン・フランシスコに従った家臣団もいたため、前王の行動には混乱を大きくしたとの批判もある。
だが公平に考えて、最も批判されるべきは統帥を発揮できていないヨシムネ王だろう。
もちろん勝手に離れた家臣や、そのとき何をしていたんだか不明のセンゴクなどにも相応の罰は与えられるべきだ。終戦まで生きていられたらの話だが。
アカマでは、私やコエリュ宛ての通信も留め置かれていた。可能な限り目を通す。そのせいで、すっかり暗い気分に浸る。
「Lよ。私は今日、サカイのルカスが処刑されると知った。
殺人の容疑をかけられたまでは聞いていたが、悪い状況に陥っているようだ。キナイから誰かが報告しているとは思うが、ユノ島では詳細が掴めない。私自身も詳しく知りたいので、都合をつけて行ってくる。
また連絡する。GS」
セスペデスからだ。なんだと。聞いてないぞ。
殺人?
なにをやらかした、ルカス。誰かに嵌められたのか。処刑だって?確かなのか。
サカイの担当は誰だ……パシオの最後の報告では、パードレ・マリンを充てている。若輩か。
くそ、セスペデス。君が頼りだ。なんとか間に合ってくれ。