戰國ぢあぼろす   作:ひねもす@HAMELN

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SengokD.1587/002.hmos

灰の水曜日を迎えた。

私は、布教長代理という職責に忠実であるべく、拠点を巡回する。

 

アマングチの教会は、わずか半年で目覚ましい発展を遂げていた。市内の名だたるテラはすべてデウスの基地へと生まれ変わり、多くの新しい信徒に幸福をもたらしていた。

フナイのコレジオと、ウスキのノビシヤドは当地へ移設されたが、パードレたちが全員ブンゴ国内に残留したため、講師が足りない。必然、自習が多くなる。怠ける者は怠けてしまうが、却って際限なく勉学に突き進む者も現れる。

おそるべきはイルマン・ファビアン。

コレジオの書庫から船に積めるだけ持ち出された貴重な書物の山を、彼はたった一人で分類整理し、その目録まで作り始めたのである。

私ですら読めないヘブライ語やグレーシア語の文献まで、ファビアンは臆することなく立ち向かい、彼なりに咀嚼しようと知恵を振り絞る。彼に質問されることを、パードレたちは怖れるようになったとも聞く。

私も冷汗を掻きながら、なんとか必死で体面を繕った。

 

「パードレ・フロイス。あなたは私が知る中で、エウロパ人では最も日本語に堪能だ。それでも、読めない日本文字がまだまだ浜の真砂よりも多いでしょう。

実は、私だってそうなのですよ。

日本語は難しい。複雑怪奇です。

天竺や震旦から来た文字が母胎となっていることは間違いありませんが、私はその原典もひとつずつ読んできたのです。

仏宗の教義は、驚くほど単純です。きわめて簡明なのです。それが、日本へ来てから複雑化してしまう。十通りの解釈が可能なら、十通りの解説が作られます。それらが更に、十倍の派生物を作る。

こうして日本語は成長してきました。今も成長し続けています。

パードレたちは皆、日本人の資質を絶賛するのですが、私にはこの、日本語によって培われた文化の蓄積が、私たちの力の源であるように思えます。日本人を理解し、その能力を自在に操縦するためには、まだまだ多くの日本語を学ぶ必要があります。このことをパードレたちに、もっとわかっていただきたいのですけれどもねえ……」

 

ファビアンよ。君は根を詰めすぎだ。少し眠りたまえ。

四旬節ではあるが、もう少し栄養もつけた方がよい。私が許可する。休むんだ。勉学も、しすぎては悪影響を及ぼす。休みたまえ。たのむから、私も休ませてほしい。

 

フィラドでは、定航船団がまだ停泊していた。春風の訪れが早すぎて、帰りそびれたらしい。

昨夏の商売は順調だったようで、もう一年越すほどの蓄えはあるというが、問題はそこじゃない。

ゴアやラウマへの通信が丸一年遅れるのだぞ。

船団長ドミンゴスは、酒盃を手にしたまま、ぺこぺこと謝った。頭のタガが緩みすぎだ。モンテには、しっかり監督しておくよう釘を刺しておいた。

 

ナンガサキの情報は入っているか?

コエリュがまだ生きているかどうか知りたいのだが……痴呆老人だと思われて、相手にされてないって?それは芝居じゃないだろう。

まあ、彼が殺されたら私が布教長になって矢面に立たされるハメになるから、とりあえず生きててもらえればそれでいいのだけれどもね。

ローペスも、きっと同じことを考えているだろう。

 

ブンゴ国の南部で、サツマ軍がカフルに大炮を撃たせていたと聞いたよ。

……ああ、やはり、ナンガサキから連れて行ったのか。むごいことをするな。

 

ナンガサキ市民は、私たちがキナイへ旅立って以来、サツマから徹底的にいじめ抜かれたので、ついに統一戦線を結成して組織的に抵抗するに至った。

上長のアントニオ・ローペス以下4名のパードレは信徒たちに匿われ、地下に潜伏して作戦を指揮している。命懸けだ。

つもる話は後日たっぷり語らおう。フィラドより、デウスの加護を祈る。

 

マテウスの部隊は、ただちにブンゴ国内各地の情報を送ってよこした。パードレたちは全員無事だ。

朗報も、悲報もある。

連合軍は完全に崩壊し、センゴクもトサ王も、船でイヨ国へ逃げ出した。ヨシムネはフナイから13レグワ北の山城に立てこもり、ここを最終防衛線にするつもり。すなわち、万策尽きたということだ。

 

南部では信徒たちが勇猛なる戦果を上げているとかねてより噂されていたが、この情報がより詳細に入手できた。

ノヅよりも奥まったタケダという土地に、数年前、ヨシムネにより左遷されたドン・パウロとその家臣たちがいる。

かれらは無能な中央からの指図に従うことなく、その土地の地形を最大限に活用して、ヒュウガ方面から攻めこむサツマ軍を蹴散らし続けた。業を煮やしたサツマがナンガサキから接収した大炮とカフルで攻略を試みたのが、ここだ。

しかし日頃扱い慣れてない武器でまともな戦術が成立するわけもない。ドン・パウロの兵たちは易々と、サツマからその戦力を奪った。

今はカフルたちが全員、ブンゴ国のために働いているということだ。

 

これらの戦況は、逐一、カンパクのもとへ届けられている。

センゴクたちもせっせと報告書を送っていることだろうが、冷徹に詳細を極めるシメアンの筆致と比べられてしまえば、それは無能どもの醜態をより強烈に浮かび上がらせる燃料にしかならないだろう。

事実その効果はすぐに顕われる。

カンパクはドン・パウロを賞賛し、褒賞を与えると約束。敗走組には領地没収という厳しい処罰を宣告した。

そしてシメアンには新たな指令が下る。ヨシムネを死なせるな。その防衛に力を貸してやれ。自分たちも間もなく出発するからと。

 

「概ね計画通りに進んでおりますな。では、いよいよ、ブンゴ入りします。パードレ・フロイスも来られますか?」

 

もちろんです。

敵の暗殺部隊が飛びこんできたら、私は隠れてあなたの最期を見届けますけどね。

 

カワラ城から海沿いに進む。距離は15レグワほどだが、哨戒しながらなので5日ほどの時間をかける。

途中、サツマの遊撃隊はほぼ残らず討ち取った。

それゆえ敵も焦り始める。

 

ヨシムネが立て籠もる城砦は、カワラ城の3倍ほど高い山の頂にあった。

サツマの包囲網はすでに乱れ始めていたが、シメアンは一目見るなり、攻めも守りも素人芸だ、と嘆息する。山の周辺三方が川に囲まれているので、これを利用すれば簡単に城を追い込めるそうだ。

だが今回はサツマを撤退させるのが任務である。

やれやれ蜘蛛の巣を払うような作業ですな、と部下に掃討戦を命じるシメアン。またしても役不足な現場だったようだ。

この軍師を本気にさせられる戦場とは、いったいどんな修羅場なんだろうか。

 

山狩りを終え、城へ入ってみて驚く。もともとの城主は、ドン・フランシスコの三男パンタリヤン。つまりヨシムネの弟だ。

今日までサツマと戦っていたのはパンタリヤンの兵たちであり、ここへ逃げこんで来たときヨシムネの兵はたったの8人しか残っていなかった。

最初、パンタリヤンはこの不甲斐ない兄の入城を拒み、それ以降も指揮を執ることを許さなかったという。

ブンゴ軍の、想像以上の崩壊。

そして、この、兄弟間の軽蔑と憎悪。私は、やりきれなくなる。

シメアンは、声を荒げた。

 

「義統殿。今、どんなお気持ちですか。

豊後王として期待され、デウスの教えを真剣に学んでいた、あなたの一番輝いていたときの姿を、パードレ・フロイスより聞きました。

貴君がその道を踏み外した時から、豊後の衰退が決定的に深まった。鹿が崖から滑り落ちる如く。雉が空から地に叩きつけられる如く。

なぜ、デウスから目を背けたのです。

貴君は自分を穢してしまった。アニマを底知れぬ暗闇に堕としてしまった。それでいいのですか。このままでいいのですか。

貴君ひとりの問題ではありません。大友家歴代の王すべてが道連れです。豊後に生きるすべての領民が、あなたに引きずられて、永遠の劫火に焼かれようとしているのです。あなた一人の、過ちのせいで!

男なら、最後まで戦いなさい。

悪魔に打ち克つのです。今すぐデウスに赦しを請い、余生をただひたすら、この国の復興に捧げると誓いなさい。

弟君は、貴君が初心に立ち返るなら、協力すると言っている。素直に、教えを請うべきだ。償う意思があるのなら。

それとも未来永劫、外道としてその名を語り継がれたいのですか!?」

 

ヨシムネは、泣き崩れた。

私にはここまでできない。シメアンよ、貴公は宣教師としても最高の武術家だ。私こそ、教えを請いたい。

 

ブンゴ王ヨシムネはこの日、再び人間になることを誓った。

 

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