アカマの浜に、無数の旗がひらめく。カンパク軍の到着だ。
およそ実用に堪えない、装飾過剰な武具に身を包んだ将兵たち。
馬や、その従者たちまでが、色とりどりに着飾っている。
なんだこの見世物は。
カヅサ殿がミヤコで、こんな興行したことあったよね。あれの何倍も、ふざけすぎだ。
先鋒は、ミノ殿という、ハシバの弟だった。
セスペデスからの通信で読んだ記憶がある。サイカ制圧後、キノ国とイズミ国の大半を与えられた、カンパク軍の家臣で最強最大の部将だそうだ。
実弟だろ?
身内に甘すぎるだけなんじゃないか。
シメアンはハリマ国にささやかな領地を持つが、その有能さにはとても釣り合わない薄給に甘んじており、なんとかこの戦争で勲功を立て、領土をもらって部下たちの生活を楽にしてやりたいと、その一念で踏ん張っているのだ。
私は、浮かれる道化師たちの群れを眺めながら、ハシバの致命的な愚かさを確信した。
こんな腐りきった人事を何年も続けてきて、まともな指揮系統が維持できるはずもないし、一日でも早くジュスト殿に政権を引き渡さねば、国を支える人材がいなくなってしまう。
クゲを見てたらわかるだろうに。カヅサ殿から何を学んできたのか、おまえは。
シメアンはそんなハシバ弟にも恭しく出迎えの儀式を行い、一緒にフナイへ進軍することになったと告げてよこした。
このあと来るハシバの本隊は、西廻り、すなわちヒゼン側から南進する予定という。
いったん、お別れですね。
シメアンの行く先には、ヒュウガ国が控える。ブンゴ軍と同じ轍を踏まぬよう。
彼に限って、とは思いたいが、愚か者どもに引き摺られて、大量死に巻きこまれそうな予感もする。
仮に、シメアンの部隊だけが逃げおおせたとして、ハシバは勲功を認めるだろうか。
そこなのだ。
むしろどれだけの犠牲が出ても、ハシバ弟には言い逃れが可能だろう。勲功を立てるにはハシバ弟に徹底的に寄り添っておくことが近道で、すでにそんな奴らがいっぱい脇を固めている。
実戦をまともにできそうなのがシメアンの兵だけという状況下では、ひたすら捨て駒にされもしよう。
私は延々と続く仮装行列を見送りながら、こんなことしか考えられない。
アカマじゅうの老若男女が、この光景に熱い眼差しを注ぐ。
興行としては大成功だし、ここまでの規模となれば子々孫々までの語り草にもできるだろう。
いくつか、華麗な輿や駕籠を見た。どれかにハシバが乗っているのだろうか。
当然だが、暗殺者対策は万全だ。
ジュスト殿が来ているらしい。
私は呼び出され、陣所のひとつに招かれた。
ひとまず再会を祝し、月並みに歓迎の言葉を述べる。
「途中、山口へ寄ってきました。明石よりも教会が多くて、羨ましく思いました。
皆、豊後の仲間たちを心配しています。
消息はつかめているのでしょうか?」
パードレは全員無事。ブンゴ王は我々の同志となり、前王と共にミョウケン城にて反撃の機会を窺っている。
功労者はなんといってもシメアンだ。
ジュスト殿からも取りなしていただきたい。
「黒田とは、長い付き合いになります。
今度の先発でも、期待以上の働きをしてくれた。相当な領地を与えられることは間違いないので、安心してください。ところでコエリュ殿は今どちらにおられるのです?」
布教長は、ナンガサキでサツマの虜囚となっています。
我々は心配で心配で、気が気ではありません。カンパク殿の隊は西廻りに進軍すると聞いておりますが、ナンガサキはすぐ解放されますか?
「長崎は西の端にあるため、通過はしません。
主勢力は筑前、筑後、肥後、とまっすぐ南進して、薩摩へ突入する予定です。
長崎や有馬の島津兵は、孤立する前に逃げ出すだろうと思われますが、コエリュ殿を人質にされると厄介だ。アゴスチニヨの艦隊を派遣して、救出させましょう。
フロイス殿、案内役をお願いできますか?」
おお。アゴスチニヨの兵とならば、心強い。喜んでお供させていただきます。
「今度の戦争では、デウスの信徒が優先的に先陣を務める方針になっています。大いに、名を馳せましょう。
関白殿からも、最近は頻繁にデウスの教えについて質問を受けます。ああ……そうだ、フロイス殿にもご意見を伺っておきたいことがあるのですが」
ほう?
ジュスト殿でも答えに迷われるような質問ですか。ちょっと、緊張しますね。
「私たちは、聖体を拝領します。それはイエズスの肉であり血である。そうですよね?」
そうです。私たちは、御子の肉と血を体内に取り込むことで同化し、一体となるのです。たいへん重要な秘蹟です。
「聖体は、聖体となる前は、煎った米や果実の煮汁なのですが、聖体となった以上は、あくまでも肉であり、血であるわけですね?」
その通りです。よく坊主は、我々が幼児を攫って食べているという噂を流して人々を怯えさせますが、そんなことはしていません。物質的には、コメと果実なのですから。なんら良心に反する行いではありませんよ。
「物質的には米と果実……あの、今の表現、そのまま、未信徒への説明に使っても構いませんか?」
え?……ええ、あれ、いや、それは、どうかなあ。
そう回答しちゃうのは、抵抗がありますね。未信徒でもミサを見に来ることは構いませんので、見てもらうのが一番なのですが、言葉で、コメと果実だと言ってしまうのは、いけませんね。いけないです。
「ああ……残念です。中傷するのが目的の人は、教会には来てくれませんのでね。
やはり、なかなか、この誤解を払拭することは難しいですね」
たしかに悩ましくはあります。しかし何を言ってもやっても、真実が見えない人には何も伝わらないのですから、そこでへりくだるのもおかしな話です。敗北です。
なので、聖体は聖体であり、イエズスの肉と血である。これは動かせません。
カンパク殿にもしっかりと説明をお願いします。
「わかりました。これまで何人ものパードレに同じ質問をしてきたのですが、だいたい同じお答えでしたので。ありがとうございます」
いえいえ。……しかし、カンパク殿とそういった対話までしているとは、却って驚きました。彼は、洗礼を希望していますか?
「信徒になれば、多くの愉しみを手放さねばならなくなるからと、いつも苦笑されていますね。しかしパードレたちのために最大限の便宜を図るべきだと、懸命に考えておられます。
布教長や、パードレ・オルガンティーノからの贈物を、それはもう大切にされ、慈しんでおられますし、日本の内戦が終結すれば、ラウマとの友好条約を締結し、日本からも大使を派遣するのだと、その準備も始めています。
だからデウスのことをもっと知りたいと、私を質問攻めにもするわけですね」
オーザカで謁見した光景を思い出して、私の顔もつい、にやけた。
カンパクの、ハシバの、あの垢抜けない気取らなさを知っているだけに、どうしても握りしめた拳がほどけてしまう。
さっきまで、あれほど憎たらしく、今すぐにでも排除せねばならぬ危険人物だと憤りに身を焦がしていたというのに。
どちらが本物のハシバなのだろう。わからなくなる。
ジュスト殿には私のような迷いが無いことは、わかるが。
「関白殿は、赦しの秘蹟については、理解されましたよ。人を怨むべからず。罪は憎めど、人は憎まず。昨日の敵は今日の友。
争いを諌めたら手を取り合い、共に争いのない世界の実現に力を尽くそう。
それが、今度の出征でも、基本戦略となっています」
そうなのか。なら、もう少し見ていてやろうかな。
カンパク・ハシバの、行く末を。