カンパク大隊が乗り込んできてから、ひと月も経っていない。
だがすでにシモ島の北半分から、サツマは一掃された。
シメアンを仲間に加えた東廻り方面軍は、フナイ、ウスキ、タケダを瞬く間に解放し、ヒュウガ国へと突入する。
サツマは10年前ブンゴ軍を潰滅させたタカ城に籠もり、おそらく、同じ戦術をとろうとした。
シメアンにはその詳細を教えておいたので、きっと敵の裏を掻くことができるだろうと私は期待していた。
ところがだ。そんな助言を聞くまでもなく、方面軍は到着するなりタカ城の城壁を破壊して侵入、反撃準備中のサツマ兵を一人残らず嬲り殺した。
私たちがヤツシロでカンパクと会談していた日には、もう、先鋒はサツマ国境まで到達していたらしいのである。
圧倒的すぎて理解が追いつかない。なぜできる。
カヅサ殿はオーザカを屈服させるのに10年を要した。敵を殲滅することに何の躊躇いもない点はハシバも同じだが、兵の質においてハシバのそれはカヅサ軍の足下にも及ばない。
規模の違いだけで説明がつくものなのか。
カンパク軍が兵の損失にまったく無頓着なわけでは決してない。むしろカヅサ殿の方が作戦だって無茶なものが多かった。
忠誠心の問題か。
たしかにハシバを慕い、献身を誓う部将は多そうだ。私には彼らが騙されているようにしか見えないし、だから、質も低いんだろうと考える。
カヅサ殿の方がずっと、人を見る目も確かだった。有能な人材を惹きつける大将だった。
ハシバは真逆だ。だのに、なぜだ。私は困惑し続けている。
各地からの情報が、ナンガサキへ集まってきている。
以前と異なる状況がひとつある。
これまでは、書翰を運ぶ役は必ず日本人だった。信頼できる商人に託すのが常道だった。
今は、日本人の移動が制限されている。サツマの残党も隠れているから、やむをえまい。
現在、明らかに風貌の異なるエウロパ人と、同伴する従僕に限っては、検問をほぼ自由に通過できる。
危険な山道などでは護衛さえつけてもらえることもある。
だからパードレが直接ナンガサキまで来ることが増えた。
これのせいで、誰がどこにいるのかが把握しづらくなったりもして、困っている。
たとえばオオムラのルセナとの通信には機密事項を含むことが多いので暗号を散りばめておくのだが、ルセナが拠点に戻るまでこの連絡が宙に浮いたままになる。
有能な人材ほど動き回る今の状況は、たいへん嘆かわしいことでもあるのだ。
我々は、日本では嘗てありえなかったほどの高待遇を享受している。むしろ日本人よりも信用されている一面さえある。
ハシバ自身は決して愚か者ではない。信仰とはいささか趣を異にするが、彼なりにデウスの教えを理解しようとはしている。その真剣さは疑いようのないものだ。
彼を手懐けておくことで、日本における行政面の下地づくりはずっと早く容易に進行させられるだろう。
これほど有能な駒を使わない手はないのだ。
ジュストの出番は、もう少し後でもよかろう。
雨季が訪れた。
戦線はついにサツマ本国へ突入し、一日に何箇所もの城砦が破壊されていると聞く。
濡れて鉄炮が使えなくなる制約はまったく問題でないらしく、相手に準備する暇も与えず正面から突撃を繰り返し、踏みつけていくという、数にものを言わせる戦術のようだ。
戦術か?
いや、考えても仕方あるまい。ナカツカサがどれだけ知恵を振り絞ったところで、この波を押し返すことは不可能に思われる。
逃げ出そうにも、サツマは南の最果てだ。レキオスまで流れ着ければ幸運だろう。
タケダより、カフルたちが護送されてきた。
サツマに持ち去られたファルコンも据え付け直した。雨季が明けたら祝炮を射つことにして、ひとまずミサを捧げ、お祝いをする。
サツマはナンガサキ以外にアマクサの領主たちもブンゴ南部へ送りこんで、前線に立たせた。
その顛末が傑作だ。
アマクサ島カチウラの領主ドン・ジョアンは信徒であり、タケダを守るドン・パウロと暗号で通信を試みる。内通は成功。サツマの裏をかき、合図と同時に共通の敵めざして襲いかかる。アマクサの他の領主たちもこの作戦に協力し、以前よりも固い絆で結ばれるに至った。
それまで決して仲が良いとはいえない領主たちであったが、これからは団結してアマクサ全土をデウスの楽園にしたいと誓う。パードレの駐在を求む、との激烈な書翰をカフルたちは託されてきた。
誰がいいかな。
アルメイダの志を継げる者を選抜しよう。
例年であれば、そろそろ定航船を迎える準備で忙しくなる時期なのだが、今年はどうしたものだろう。
候補地は、ナンガサキと、フィラド。フィラドからは昨年の実績と、越年したドミンゴスが空約束を繰り返しているせいでかなりしつこい要請がきている。
ナンガサキでも、サツマへの抵抗戦で荒廃した町を復興させるためにと資金繰りで目を血走らせた商人たちが今も私を取り囲んでいる。フィラドに一隻でも回そうといえば、私は骨の何本か折られることを覚悟せねばならぬだろう。
ここも戦場なのだ。
日本人の移動が制限されているという今年特有の条件が、問題を複雑にさせている。
サツマがナンガサキを支配していた間でも、商人は移動はできた。かれらは船の来るところに向かえばよかったのだ。多少割を食うとはいえ。
しかし今年は、寄港地の選定ですべてが決定してしまう。そして商人とは、まちがいなく軍人よりも血の気が多いものなのだ。
たいがいの軍人は、武器を奪えば無力化できる。商人を怒らせると、いつでも素手で相手を殺す。とりわけナンガサキの商人はその道で一流揃いだ。
サカイからの商人が今年現れないのも、ハシバのせいだろうと考える。
資本力と経験値で上位に立つサカイ商人は、ナンガサキの零細商人を傘下に加え、集団戦で儲けを競い合う。そういうものだ。サカイ商人から借金をしているナンガサキ商人は多いし、元手を借りてひと夏働き、資本を蓄えることを当てにする流れ者も、夏になるとナンガサキへ集まってくる。
それが例年つづく風物詩だった。
ナガシの季節が始まる頃から、サカイの商人はナンガサキで宿を押さえ、情報戦に備える。私もかれらと持ちつ持たれつの関係をずっと続けてきた。
今年はそんな彼らが現れない。
ナンガサキの宿場も開店休業状態で、町の殺気は一層険しくなるというわけだ。
昨年は、我々はキナイへ巡察に出て戻らなかったから、特例だった。ローペスには後事を託し、定航船はフィラドへ入港させるよう計らっておいた。
それほどの混乱は起こさなかった。サツマの役人を、みんなしておちょくったわけだ。痛快だったな。
以上、今年がいかに想定外の状況であるかを整理してみた。
カンパク軍が戦争をしているから、といえばそれまでなのだが、戦地でもないのに人の移動を禁ずるのはやりすぎだ。しかも、この体制はカンパクがシモの国境を再策定してからも続く可能性がある。
商業を衰退させるつもりなのか?愚策すぎるだろう。
ヤツシロでこの件も問い質しておけばよかったと思っているが、後の祭りだ。
少し、息抜きをしよう。
アゴスチニヨ便で届いた、セスペデスからの書翰が面白かったのだ。
オーザカの教会で、復活祭のミサに、それまで誰も見たことのない女性が、ふらりと訪れた。
装束も、所作も、すべてが気品に満ち、良家の婦人であることが窺われた。
侍女をひとりだけ連れており、人目を憚りながら入ってきて、イルマンたちと話をして、帰っていった。
若い男どもは興奮し、連れ立ってその女の跡をつけ、住所を突き止めた。
エチュウ殿という、ハシバの側近が所有する豪邸だった。
男どもは更に、その婦人について調査する。
邸内の住人に信徒はいなかったが、ハシバ側近ならジュストとも親しいだろうと推理して、ジュストの従者から手繰ってゆく。風貌などをもとに、話題の女性はエチュウの正妻であると特定された。
なんと彼女は、コレトウの実娘であった。