クリストフという、ジュストの家臣が、諸々の連絡を携えてやって来た。
最大の報せは、サツマの降伏。
最後の一兵まで諦めないサツマ。民衆たちまでが、鍬や鋤を手に抵抗する。
雨で泥濘む異郷の地。
ジュスト殿は常に先回りして逃走経路の確認を怠らず、効果的な包囲網を敷いて困難を打開し云々と、調子に乗るから語りたいだけ語らせておいた。
口の軽そうな男だ。もっと調子に乗らせて、情報を引き出してやろう。
日本には昔から、敗戦が決定的になった時点で総指揮官が自殺し、後任がその生首を持って停戦交渉に赴くという、くだらない伝統がある。
しかしこれは近年改められつつあり、私の記憶では5年前にシバタ殿がハシバに対して行ったのが最後だ。
最果ての田舎者、サツマ王がどんな降伏の仕方をするか、実は秘かに興味があった。
自殺はせず、処刑を覚悟しつつも素直に出頭したらしい。
意外と文明人だった。
ハシバは彼を、戦犯として裁きにかけることをしなかった。
なんと即座にその罪を赦し、もとのサツマ国を統治し続けることを許可し、監視役を残して撤収準備を始めたという。
クリストフに言わせると、これぞデウスの教えに基づいた寛大な処置であると。
人々皆感心し、サツマ王も心を入れ替えることを誓って涙を流しながらカンパクの足下に跪くのであった……という感動譚に仕上げるのだが。それは大いなる勘違いだ。
赦しの秘蹟にはコンヒサンが必要不可欠で、その罪がいかなる動機と手段によって成されたのかを審らかにせねばならない。
公開するか否かは別問題として、検証なくして、かつ、再発に至らせないための反省なくして、赦しなど言語道断である。
そこを随分と横着しているのだなハシバは。
ジュストよ、何をやっている。君がついていながらこのザマか。もっとよく教育したまえ。
逃走経路の確認と基本は同じだ。悪魔と怠惰と無能が入りこむ隙間はすべて潰しておくのだ。
今度会ったら、きつく言ってやらねばならんな。
カンパクは、フスタとナウをどうしても見てから帰るという。カフルを戻してくれたのもそのためだから、断れない。
帰りにヤツシロでは停止せず、北進してファカタを視察する予定だからそこへ運んできておけという。
強引な命令だな。
ヤツシロでは出遅れたので、今回はすぐ出発した。
アゴスチニヨ船団に護衛してもらいながら、まずはフィラドへ向かう。
初めて乗るフスタに狂喜するクリストフは、ますます饒舌になる。
私はエチュウ殿について尋ねてみた。
エチュウ、ナガオカ、ホソカワ、など報告に書いてあった名前をとりあえず並べるうち、おそらくあの方でしょう、とようやく特定に至る。
ここで妙な知識を得た。
日本人は、とにかく頻繁に名前を変えるし、実際に行くこともない地方の監督官に任命し合いその名で呼び始めることも多くて甚だ面倒なのだが。たとえばコレトウは昔アケチと呼ばれていたし、ハシバにもチクゼンとか異名がいくつもある。
さて。現在ハシバの側近はほぼ全員、ハシバという苗字に改名している。養子縁組を結んだ上でのことで、全員が兄弟の関係にあり、この一族に入れない者は、それだけで二級以下の家臣だと見做される。
養子縁組……そういえば、頭のいかれたクゲとも父子だか兄弟だかになったんだったか、ハシバは。
ともかく日本人は、血縁や血統といった関係に甚だ無頓着でいい加減なものなのだ。
今回のように、信徒以外の家臣について話す際は、混乱が大きい。
彼をハシバ殿と呼ぶわけにいかず、以前の苗字を使うことも適切でないとされる。
クリストフはその男をタンゴジジュウ殿と呼んでいる。エチュウ殿、タンゴ殿だけでは他にもいるというのだ。
さすがに、もはや、限界である。
その男は洗礼を受けて、霊名をつけてもらえないものか。
「難しいでしょうなあ。代々、禅宗の家柄ですし、気性も一本気なので、柔軟に説教を聴くことは苦手と思います。
関白殿から直接命令されるなら、すぐに説教を求めると思いますけど」
ああ、それはなるべく避けたい導入口だね。本人の自発的意思がないまま始められても、所詮は付け焼き刃にしかならないよ。
……ところで、奥方が反逆者の娘だって噂を耳にしたのだが、本当かね。
「ええ……まあ、皆知ってることですし、本人が一番そのことで苦しんでいます。
離縁、または自らの手で禍根を断つよう勧める者も多かったのですが、奥方を守り通されました。
大坂の御家族からはほぼ毎日、手紙が送られてきているようですよ。自分の不在中、奥方の身に起きたことは細大漏らさず報告するよう、侍従に命じていると聞いております」
え?ああ、奥方自身からの手紙ではないのか。それは、まあ……ずいぶんと、気にかけておられるということなんだろうねえ。
「シメアン殿のように、こちらで領地をいただける将はともかく、我々一同、早く帰りたくてたまらんですが、丹後侍従殿もそうでしょう。もっとも、次は東国攻めが控えています。せめて来年以降にしてもらいたいなあ、なんて、思っていたりするものですが」
東国?ああ、カミ島の東部方面にも出征するんですか。初耳でした。
カンパク殿は、日本66領国すべてを制圧するつもりということですかね?
「そうですね。相模や奥羽など、国家安寧に弓を向ける輩は、まだ根絶できておりませんから。
今回、ほぼ理想的な形で西端まで平和を樹立できたのは、喜ばしいことでした。残るは、東と北です。あと、もう少しです」
あと、もう少しか。そうだな。そこまではハシバにやってもらおう。ハシバ一族に。その方が、我々も楽だ。
フスタはフィラドに着いた。
たちまち、商人と役人たちに取り囲まれる。定航船は何隻入港するのかと、ナンガサキに負けず劣らず殺気立っている。
それを協議しに来ているのだ、この町の治安が良いことを私に見せつけてくれたまえ。と嘯いておいてから、ドミンゴスへ会いに行く。ジャンクをファカタへ廻航して、カンパクに見せたいのだが、という交渉だ。
湾形を説明し、航海士たちとも相談するが、深い入江がないため停泊は難しいと苦い顔をされる。沖合に投錨してその勇姿を見せるだけでも、と妥協するうち、ある問題が浮上する。
万一、カンパクが乗ってみたいと言い出せば、応じざるを得ない。
船内は汚く、臭く、船員たちの乱れきった生活が露呈されてしまう。清掃する時間的余裕はない。
結局、廻航は断念した。
それでも、船団長としてドミンゴスには盛装でカンパクへの挨拶を求める。そのくらいはしてくれよ。ああ、代理だなんて言わなくていい。この国の貪欲なサルどもに、ポルトガルの風格を見せつけるんだ。堂々としていれば、それだけでいい。
こう言って、なんとか承諾させた。
ファカタへ到着する。1年ぶりだ。復興は少し、進んでいた。
この町の商人たちは、かつてはナンガサキにも、フィラドにも、サカイにも、よく往来していたし、それらの中継で大きく栄えた都市であった。
カンパク一行はまだ到着しておらず、住民の移動制限についての噂だけが伝わって不安を募らせているところだ。
ナンガサキやフィラドよりも切実に、商売を封じられることでこの町が蒙る打撃は大きい。
ハシバはここへ一体、何を視察しに来るのだろう。もし精鋭の土木部隊を残留させて、ファカタの復興支援を命じておくなどすれば、その名声は龍の如く、天まで翔け昇ること間違いないと思われるのだが。
やがて、先遣隊が現れる。
徐々に隊列が大きくなっていって、ちらほら、駕籠も見え始める。
クリストフに聞いたが、このカンパク軍には、アキ国に閉じこもっていた元クボウや、ハシバがオーザカへ戻ることを許可したイコ宗の親玉ホンガンジなども同行しているのだという。
いったい何をしに来たのだ、おまえら。
だが彼らが乗っているであろう駕籠を見ているうちに思う。
きっと、ハシバを狙う暗殺者を惑わせるために必要なのだ。
ハシバを殺すつもりで元クボウを殺してしまったとか、そんな撹乱を誘うために、連れてきたのだろう。
隊列が終わらないうちに、我々の宿所に、使者がやってきた。
カンパクはすでに、ファカタの町なかへ入ってきていたらしい。そして、海辺に停泊しているフスタを見るなり、あれの間近に寄れ、パードレを呼んでこいと、騒ぎ始めたということだ。
じゃあ、行きますよ、皆さん。カンパク殿を、ご案内しましょう。