湾には、人だかりができていた。
縄を張られた向こう側に、カンパクと側近たちがいる。
フスタに見張り役として残してきたカフルや従僕が時間稼ぎをしてくれていたようだが、カンパクはすぐにでも乗ってみたくてたまらないらしい。
いいですよ。詳しい説明は、船上でしてさしあげましょう。
ビワ湖で見た、結局実戦では使われなかった、カヅサ殿のつくらせた大船。あれよりも、フスタは大きい。
これを、通常12名の漕手が操縦する。巡航時は帆で快走し、艦首には炮を備える。日本の軍船とは、兵員や物資を輸送するものでしかありませんが、エウロパでは船自体が戦闘力を有するのです。船底には、武器庫、食糧庫も備えています。
備蓄の菓子を開けてもてなしたが、招待客は誰ひとり口に入れようとしなかった。あとで梱包された状態のまま届けてほしいという。警戒心が強いことは立派だとは思うが、我々がこうして目の前で食べてみせてるのになあ。臆病すぎないかね。
沖まで出てみる。客の何人かは嘔吐した。
なんだ、それでよく軍人を気取っておられますね。
カンパクは、風を真正面から受けて、清々しい笑顔を湛えている。なかなか、肝の据わったお方だ。
この炮はどこまで届くのかと訊かれた。
そうですね、あそこに浮かんでいる、アゴスチニヨ艦の一番大きいの。あれに当てられますよ。
狙ってみよ、と言われる。
いいんですか?
いいらしい。まあ、じゃあ、カンパク殿の御命令ですから、撃ってさしあげましょう。
カフルに命じる。2人出てきて、弾を籠める。
いけそうか?
風も弱いし、標的も停止している状態だ。余裕だとは思うが、くれぐれも外さないでくれ。一発勝負だ。
いいかな?
では皆様、耳を塞いでください。音と振動にびっくりしますよ。
いいですね?
よし、いけ。
見事に命中した。
私たちは歓声を上げ、カフル2人は抱き合った。
標的は沈んでいき、他の艦が逃げ惑い始める。救助してやれよ。
客たちの顔は蒼ざめているが、ただひとりカンパクだけは、眼を見開いて……うーむ、喜んでいるな、これは。
何人か死んだと思いますが、ちゃんと説明を願いますよ。カンパク殿の御命令だったんですからね。
どうですか。これが、ポルトガルの実力です。
陸へ上がる。
見物人たちも驚いていた。ジュストが駆け寄ってきて私に喚き散らすのだが、カンパクが諌める。
カンパクの、この落ち着きぶりには敬意を表したいと思う。大将たるもの、常に斯くあるべしだろう。ジュストには最近どうも浮き足立っているところが見られて心配になる。
盛装したドミンゴスが、やっと出てきた。彼を伴って、私はカンパクの陣所へ案内される。
「湾が浅いため、定航船を運んでこられなかったことを残念に思います」
私は、ドミンゴスが恭しく弁明しているように通訳した。
「不細工な小男だな。こんなのが、本当に、この国のボスザルなのかい?」
「握手を求めてくるなんて、おそれいるね。どこでそんな芸覚えたんだろうな。おや、指が6本あるぞ。かわいそうに。俺がもいでやろうか。冗談だよ冗談。そのくらい、わきまえてるよ」
「この正座ってやつ、もう限界だ。パードレ、俺だけでも先に帰らせてくれ。窮屈でたまらん。俺たちが日本人に合わせてやる必要ないだろ。もう俺のつとめは果たしたぜ」
言われてみると、私も随分、我慢強くなったものだな。
日本に暮らして25年か。耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び、理不尽な苦労にすっかり慣れきってしまっていた。しかし今更、ほかの土地で暮らすのもしんどいさ。パライゾへ迎えられるまでは、もう、ずっとここでいいよ。
カンパクは、引き続いてファカタの有力者たちと懇親し、その復興計画を指揮するということだった。思っていた以上に本格的な再建支援をするらしい。
見上げたものだ。
区画を整理し、オーザカでやったような集合住宅をつくり、希望者には一定の賃料で供与する。サツマから引き揚げてくる道中、街道に群がる難民たちへ向けてそれが告知され、ここへ到着した軍勢の後尾には数千人の新ファカタ市民が連なっていた。
かれらは当分、浜や荒地で野宿をすることになるが、その瞳は希望に満ち溢れている。気の利く者は、元からいるファカタ市民に素早く取り入り、仕事をもらって、子供たちにも手伝わせている。
私はしばらくこの光景を見物していきたいと思った。
ドミンゴスたちは帰りたいというので、帰らせた。
昼夜の別なく、兵士たちは働く。
岩と雑草だらけの不整地を開削し、道をつくり、井戸を掘る。近郊の山から木材を伐採してくる隊もあり、海路からも毎日夥しい資材が搬送されてくる。
一週間もすると、最初の家が建ち始めた。驚くべき早さだ。
新旧市民たちの、カンパクへの尊敬も、いや増しに跳ね上がる。
当然だ。オーザカでも同じ効果がもたらされたのだろう。わかる。
カンパク・ハシバには長所も短所もあるが、都市建設における豪胆さにおいてはロムルスの皇帝たちにも匹敵するといえまいか。言い過ぎか。
我々は中心街の、信徒の邸に寄宿し、ここを教会代わりにもしていたのだが、集合住宅街の建設が終わったら新たに教会の新築もしてもらえることになる。至れり尽くせりだ。
用地選定のため、ファカタじゅうを歩き回った。
高層建築物を集合住宅街の中に入れては派手すぎるから、やはり一等地がいいね。そこでも目立ってしまうかな。
時間はあるから、じっくりと選定しよう。
実をいうと連日、ナンガサキおよびフィラドから、呼び出しを受けている。
もう7月も半ばなのだが、今年の定航船は、現れていない。いったいどうするんだ、とせっつかれているわけだ。
決めたところで、先に見つけた方が自港へ引っ張りこむに決まっている。その場に居合わせたくないというのが本音だ。
布教長の体調が良くないという理由をつけて、寝込んでてもらっている。もう少し時間を稼がなくてはいけない。
頻繁な来客にも対応している。教えを聴きたがる部将や管理職は多いのだ。
求道者だから霊名を持たず、似たような名前と複雑怪奇な官位や役職ばかり並ぶので、覚えようという気も失せる。
ある日、タンゴと名乗る若者が現れた。
よもやと思ったが話してみると別人で、彼の官位はジジュウでなく、タンゴ・ショウショウであった。しかもカヅサ殿の実子。四男という。
ギフでもアヅチでも、私に挨拶したことがあるそうだ。
彼は父親の死後、成人した。現在はカンパクの家臣。念のため現在の正式な姓名をきかせてもらい、彼がオタ姓を棄てハシバの家系に連なる一人にすぎないことを確認した。せつない話だ。
タンゴ・ジジュウにはまだお目にかかっていない。
むしろ、意外なところで元クボウと再会した。手下を何人も従えていたが、服装は染みだらけで、薄汚かった。
自分が大王に返り咲いた暁には、デウスの教え以外を厳禁する布告を出そう、などと言い始めたので唖然とする。返り咲くつもりなのか。
タンゴ・ショウショウ殿がオタの家名を取り戻すより、はるかに困難な野心だぞそれは。と言っても無駄か。
フィラドよりドミンゴスが再びやってくる。
自分では商人たちを抑えきれないから戻ってきてくれという。そんなこと言われてもなあ。布教長が行ったって、抑えきれないよ。
揉めていると、カンパクの使いが来た。
船団長が来ているならもう一度会いたいという。
なんの準備もできていないので断るが、カンパク側も平服で、ほんの半刻ばかり閑談するだけだからと退かない。
断りきれず、陣所へ赴いた。
質問をいくつかされた。
サカイにナウは入れないのか。フスタを購入あるいは技術を教わるのに銀いくら払えばよいか。カフルも購入できるか。兵力としてはどのように運用するのが適切か。
お茶一杯の時間で解放され、なんだか拍子抜けだった。
町へ戻り、ドミンゴスが土産に持ってきてくれた子牛を一頭、浜辺で調理して夕方信徒たちと一緒に食べた。
コエリュが元気な姿をドミンゴスたちに見せると厄介だから、呼ばなかった。