テンジク坊主が、やって来た。
かれらが上陸する前の晩、サカイでは、1000戸が焼失する大火事が起きていた。
テンジク坊主は今夜、オーザカに泊まっている。
いま、町は火の海である。オーザカでも同規模の家が失われるであろう。
みたことか。テンジク坊主は、これほどの災いを連れてくる。
見つけ次第、殺せ。殺さねばならぬ。
買いかぶられすぎですね。私たちは、妖術使いではありません。
そもそも、燃えやすい建材に原因があります。それを放置し、今もあなた方を守ってなどくれてないおシャカ様に批判の矛先を向けてはいかがですか。
そんな偶像とはきっぱりお別れをして、デウスの教えを学びなさい。
私はいつでも、あなた方へ手を差しのべ、迎える準備があります。
とはいうものの、見つかったら殺されますね。話す間もなく。
宿は避難所と化し、客間が占領されています。
私は狭い納戸へ押し込められていますが、そこも開放せよと、ジョアンくんたちが協力を求められました。必死に抵抗してくれたんですが、限界だったようです。
宿の主人は私の正体を知りました。
ここでテンジク人を役人に引き渡せば、おそるべき祟りが降りかかるぞ。
そう言われ、主人は私を匿うことを承諾したそうです。
ただし、早く出て行ってくれと。
ひどいですよ、ジョアンくん。
そんなこと言ったら、この火事の原因も私だって認めてるようなものじゃないですか。
ブツブツつぶやいていたら、手引きをされました。
私は連れ去られます。
東の空が白んできていました。
一軒の家に招かれます。
熱いお茶をいただきながら、家主に挨拶をされます。名はマノエル。
ロレンソより洗礼を受けたという、日本人でした。
従僕たち、それから、サカイから同行してくれた味方たちも、続々と集まってきます。
町はごった返しているとのこと。今日は一日、ここで様子を見ましょう。
ディオゴ殿の邸へも、すでに一人向かっていて、私の無事を伝えてくれているそうです。
手際のいい人たちだ。これもすべて、デウスのおはからいですね。
午前のうちはデウスの教えについて語りました。
正午頃、役人が来ました。
不審者はいないかと、一軒一軒調べているようです。
私は奥の部屋で息をひそめていましたが、かれらの狙っている対象がまさしく私だときいて、心から悲しく思います。
マノエルは家の中でもクルスやコンタス、アニュス・デイなどを目につく所に置かない。こんなときのために、邪宗の祭壇さえも棄てずにとってある。その用意周到さに、目を見張りました。
この偶像は、イコシュウなんですね?
その正体を、せっかくだから、悪魔の勢力圏で生きている皆さんに教えてもらうこととしましょう。
シャカ教は1000年前、当時の日本で大王の座にあったダイリサマの先祖が、国家事業として輸入した。
え?みずから、招き寄せた?
目的は、民衆を支配するためである。
シャカ教を広めれば、人々はただ盲信的に労働することだけを喜びとするようになる。反乱の芽を未然に枯らせることもでき、ダイリサマの権勢は盤石となる。そんな狙いが明白にあった。
オーザカより南東に、ヤマトという領国がある。ここにはシャカ教とともに輸入された高層建築や巨大な偶像がひしめいている。現在でもその技術は日本において最高の水準を誇り、シャカの威光を民衆に示し続け、足もとにひれ伏させる効果を持ち続けている。
なるほど、日本人が木と紙でしか家をつくらないのは、それ以上の発展を妨げる思想によって頭をおさえつけられていたからなのだ。
日本は、貧弱な舟で、幾度も大陸との交易に臨んだ。
ポルトガルのナウでさえ危険な海域を、数限りない犠牲を出しながら往復し続け、文化・技術・人材の輸入に、果断に取り組み続けた。
そのこと自体は、畏敬を払うべき執念だと思う。
ちなみに我々がチイナと呼ぶ大陸の国家を、日本ではシンダンと呼ぶ。日本の世界地図には、日本とテンジクとシンダンの3つしか存在しない。
シャカの生地はテンジクであるが、ここへ到達することは絶望的だった。日本人にとって手の届く外国といえば、現在でもシンダンが辛うじて限界である。
ここからは笑い話になる。
1000年にわたって大陸と交易し、その都度シャカの思想を持ち帰っているうち、世代によって正しさの基準が大きく食い違ってくるようになる。
もともとがデタラメな上、それを自分に都合よく解釈する者ばかりが積み重なれば、無限に劣化していくのは必然だろう。
シャカだけでなく、アミダという新しい詐欺師まで現れた。それも同じシャカ教に属するという。まったく、わけがわからない。
ちなみにイコシュウが崇めるのはアミダなのだそうだ。私には区別がつかないし、つけてどうなるものでもないから、ここは華麗に無視しよう。
陽が落ちると、外からは物音ひとつ聞こえなくなった。雪は烈しく積もっているらしい。
明日は、どうなることであるやら。
祈りを捧げて、早めに寝た。