カンパクは、1箇月以内に日本から立ち去れと命令した。
対象は明確でない。エウロパ人は、なのか?コンパニヤの会士は、なのか?信徒まで含めるのか?
さっぱり、要領を得ない。
だが、いつものことだ。日本人とは厳密な交渉ができた試しがない。
ともかく1箇月は過ぎた。何か言ってくるかと思っていたが、特段何もない。
ナンガサキは別として、フィラドやアリマで監視が強められる気配もない。むしろ、あの日の大号令がすべてだ。
悪い夢でも見たボス猿が、突飛な寝言をつぶやいた。まわりの畜生どもが大慌てで、その意を勝手に忖度した。ひとしきり騒いだら、自分たちだけ綺麗さっぱり、それを忘れた。
こんな、事件とも呼べない、軽挙妄動に過ぎなかったのではないだろうか。大迷惑だ。
そのドサクサで貴重なフスタと、ポルトガル領土であるナンガサキを奪われた。破廉恥な山猿どもは、今もそこに居座っている。正式に抗議して失地回復を果たし、謝罪と、相応の賠償を要求したいところだが、我々は紳士だ。相手の傷に塩を塗りこんで逆上させるような真似は慎みたい。
さて、あいつらにも理解できるような修辞を駆使してこの状況を平和的に解決するには、どうしたらいいものかな。
今年の定航船は、もう現れない。途中で遭難したのだろうか。力を合わせて日本への報復措置を開始するという計画は一年間、延期せざるを得ない。
今冬ドミンゴスは間違いなく離日するので、詳細をアマカウへ伝えてもらい、来夏にはガレオンも率いて乗りこんできてもらおう。カンパクの時代はそこで終わる。後継者は、シメアン……かな。
ここは一年かけて、じっくりと準備したいところだ。
アマクサから戻らせた、ゴンサルヴェスからの報告を聞く。
フェリペナスでは、日本をコンパニヤの独占布教区とする決定が遵守されており、今回のような不時着は例外であるが総督隷下の商船が来日することは原則、無い。そうエスパニヤ人の船長が断言したという。
結構なことだが、この言い回しは引っかかる。
密貿易船はその限りではない、と匂わせていないか。
ゴンサルヴェスのアマクサ着任は追放令より前だったので、私もサツマの人攫いと密貿易船との繋がりなど想像すらしていなかったから、この可能性については今も推測の域を出ていない。
明確な証拠を掴んで、サツマへも懲罰を与えてやりたいところなのだがな。
人道に悖る行為は日本人による自作自演だった。これはカンパク政権にとってもじゅうぶん致命的な一撃となる。だからこそ揺るがぬ証拠が必要なのだ。必ず、手に入れてみせる。
ゴトウへは、フォルナレートを派遣した。
漂着船がまだいるのかも不明だが、探り出すべき情報について入念な打ち合わせをしてから送りこんだ。ゴトウでは大した商売はできないはずだから、もし商船だったらフィラドが横取りしていると思うのだ。その気配がない以上、こちらもフェリペナスの漂着船なのかと推測するが。
ともかく、報告待ちだな。
私は、盟友パードレ・モンテの死について語らねばならない。
25年前、私と同じ船で日本へ上陸した。私の先輩であり同期だ。
数年前からフィラドの地区長だった。
その夜、信徒の家で飲んできて、帰り道で殺された。乱闘の跡があり、体の前にも後ろにも刺し傷が遺っていた。
当然、殺人事件として立件されるべきはずであるが、役人はひた隠しにしたがる。自然死として届け出てほしいという。
抗議し、理由を質した。
カンパクによる喧嘩禁止令はフィラドでも施行されている。こと殺人に至ったとあっては、詳細な調査と犯人への厳罰が要求される。検地に始まり、政庁の職員名簿や財務管理簿の作成など、官憲は慣れぬ仕事でてんてこ舞いしている最中であり、捜査にじゅうぶんな人員を割けない。書類不備は中央から指弾され査察を強化される要因ともなるため、事件そのものを発生していないことにしたい。
そういう、ふざけた説明をされた。
こんな姿勢は結局殺人犯を野放しにし、市民の不信感を根付かせるぞと、言いたいことはいくらでもあったが。交換条件として我々がフィラドからアリマその他へ連絡員を送りこんでいることも黙認しようという特典が得られたので妥結したのだ。結果的にはフィラドと共犯関係を結ぶ形になり、悪いものではなかった。モンテもパライゾで喜んでいてくれるだろう。
葬儀直前まで、イルマン・ファビアンはモンテの遺体をいろいろ動かして調べていた。傷の位置などから殺害者の人数と攻撃の手順を割り出したファビアンは、ひとつの推論を導く。
犯人は、イコ宗らしい。
そんなことまでわかるのかね?
「大坂発祥の殺陣です。私も加賀で何度か手合わせした経験があります。一向宗は山口にも大勢入りこんでいましたが、おそらく足利公方を頼って集まってきていたのでしょう。それが今では下島まで勢力圏を拡大しているということになります。油断なりませんね」
宣教師も信徒も、昼間夜間を問わず決して一人では出歩かないよう、通達を出そう。
そういえばカンパクがシモへ来たとき、元クボウやホンガンジも一緒について来ていた。ホンガンジというのがイコ宗の頭領で合っていたかな?
「へえ。本願寺の親玉ですか。顕如?教如?まさか、北の方?」
……いや、すまない。そこまでは把握していない。
すごいな、ファビアンは。敵のことまで知り尽くしている。これほど頼もしい人材は日本じゅう探しても他におるまい。
パードレ・レイモンが照れ笑いをしていた。
レイモンはノビシヤドの院長だが、ファビアンの方がずっと弁論に優れているため、教師と生徒の立場がすっかり逆転していると笑い話になっている。無理もないな。しかし威厳を失ってはならないぞ、レイモン。ファビアンはすばらしい駿馬だが、君は騎手として彼を操縦する責任がある。常にそれを意識せよ。意識して、君自身がもっと修練に励むのだ。
こんな注意をしておかねばならぬほどに、ファビアンの分析は我々の度肝を抜く。
「関白が追放令を撤回する可能性はきわめて低いと思いますし、仮にあれが衝動的な布告で実効が伴わなかったとしても、それを安心材料にしてはなりません。
デウス追放令によって多大なる利益を得る集団層が存在します。仏宗各派、それから神道。かれらはこれまで何百年も共通の敵を持たず、そのため分裂と離合集散を繰り返してきました。
デウスの教えはかれらと同一平面上で語られるべき概念ではない、とする常識はいったん置いてください。冠婚葬祭・式典・教育・社会奉仕など、競合する要素は数限りなくあります。同じ人間がどちらにも所属することは不可能で、人口に対する専有率の合計がぴったり十割に達するのですから、当然デウスの逆風はそのまま神仏の順風に直結します。
結論を申し上げます。関白による追放令は、単に我々を弾圧するだけのものではありません。
これまで我々の前では塵芥にも等しかった敵性分子が団結するきっかけを与えたのです。発布から一箇月間、パードレ諸氏は関白になんら接触を試みていないようですが、神仏連合は何をしていると思われますか。関白に感謝を捧げ、忠誠を誓い、市民社会の連帯を強めることで現政権の支配基盤をより強固にするための努力に費やしていただろうとは想像されませんか。
現状のままでは、デウスへの逆風は今後ますます強くなっていきます。自然に収まるとは思えませんし、思うべきでもありません。至急、対策を講じるべきです。
私からの意見は、以上です」
きょとんとしている者が多かった。なかなか理解しにくい内容だったろう。
ファビアンほど頭脳明晰な日本人は、他にいない。その発想にはエウロパ流の理論が含まれているからだ。ファビアン自身もここを自覚していなくて、他の日本人が自分と同じことくらい考えつくだろうと過大評価している。
残念だが、期待しすぎだ。
カンパクが坊主どもの接待攻勢で忙しいというなら、それもよかろう。クゲやダイリ並みの愚かさに染まり抜けば来夏排除するのも楽になる。
平和的に終わらせてやる。
私からの意見は、以上だ。