アマクサ島の信徒は、地上で最も勇猛果敢な戦士であろう。
昨夏以来ドン・ジョアンを中心に全島民は強固な絆を形成しており、かつては敵対しあっていた他の4領主とも、ジョアンを総大将として抜群の統率力を見せつけてくれている。
対岸のアリマ領がコンパニヤの前線基地化していくのを黙って見ているのも耐えられないのだろう。
新ヒゴ王のハリボテ軍隊は徹底的に駆逐したが、もっと大きな成果を挙げてアマクサの名を轟かせたい、そしてアリマに負けぬ繁栄の一里塚を築きたい。
そんな野心が痛いほど伝わってきていた。
デウスは、そんなかれらの期待に応えたもうた。
次なる敵は、アゴスチニヨの海軍だ。
冬の海を最近、軍船がよく駆けてゆくなあと思っていたら、行先はアマクサだったのだ。
知ったときはびっくりした。双方とも信徒なので、指揮官同士で談合してうまく報告の口裏だけ合わせればいい話なのだが、どうやら本気でぶつかり合っているらしい。これにはもっとびっくりした。
次第に、その理由がわかる。
アゴスチニヨ船団は本来輸送と支援部隊なので、載せている兵は外部の所属が多い。
すなわちゼンチョなのだ。
アマクサ島の信徒は、このゼンチョと死闘を繰り広げているのである。なるほど、そういうことなら容赦なく、そのゼンチョだけいたぶってやればよいではないか。
アゴスチニヨの兵たちも、背後から矢でも鉄炮でも支援してやったらいい。双方に手柄が積めるだろう。
ところがそう単純にもいかない。
アマクサでは昨年末より疫病が蔓延していて、罹患者は便を垂れ流し、その悪臭で居場所がバレるほどだとか。
その便は最凶の兵器ともなるのでゼンチョもおいそれと近寄ってはこないのだが、たとえば救護者を舟に乗せると、そこからアゴスチニヨの兵たちに感染する。
一時休戦したらどうかね、と思うのだが、カンパクはそんな現場判断を許さない。んだってさ。
以上の情報は、シメアンからもらった。
カンパクは援軍を出せとシメアンに命令。ブゼンより出撃する。
シメアン曰く、アマクサの同志たちには悪いが、自分もここで成果を出さねばならぬ、すみやかに殲滅する。とのこと。
そうなりますか。
哀しい話だ。
シメアンのことだから、容赦なんてしないよな。防疫態勢も整えた上で一気に勝負をつけるだろう。
哀しいな。カンパクに逆らえないってことが、哀しいよな。
シメアンよ。
カンパクは、今夏までには我々に謝罪して追放令を撤回する。君はそう言ったよな?
そんな気配を感じられないのだが。
いやね、降誕祭も大っぴらにはできなかったし、まもなく四旬節に入るのだが、復活祭をどのくらいの規模でやったらいいのか悩んでいるのだよ。
ガルセスたちに、新しい免許状を交付してくれるとか、期待してはいるんだが。その分、帰りが遅くなられるのも困るしね。
ああもう、予定が立たない。
早くとっとと認めやがれ、おのれの気の迷いを。ヤクインも処罰してな。当然だよな。
フィラドは人口密度が高く、様々なゼンチョもうろちょろしているし、気が塞いでいるときには鬱を倍増させる。
コエリュは、もうどこにいようが同じなので従僕たちに介護をまかせて、私は懐かしのタク島を散策したり、アリマ各地を巡回してみたりして、四旬節を過ごした。
どこでも信徒たちの熱狂的な歓迎を受け、心もお腹も満たされる。
逆境は信仰を強めるのだなと実感する。
追放令は、まだしばらく必要か?
わからん。
宙ぶらりんで待たされているから、いらいらするのだ。ガルセスよ、早く戻ってこい。
それか、ニエッキよ、報告をよこせ。ジュストに人の悪口ふきこんで、女にうつつをぬかして、こそこそ逃げ回っているようなおまえが一番最低だよ。
コチノスの岬からは、アマクサが見える。大きな島だ。
いたるところで屍が、猛烈な異臭を放っているのだろうな。
君たちが全員パライゾで笑っていることを、私は疑わない。
終油と埋葬をしてやれないことは、心からすまない。
いずれ、この地に荘厳な教会を築こう。約束する。
君たちはよく戦った。あとは我々を、見守っていてくれたまえ。土産話をたっぷり持っていくよ。アーメン。
ドン・プロタジオから呼び出しを受ける。
アリマ領内でも、日中はあまり出歩かないでほしい、ミサや典礼は控えめにしてほしい、復活祭は極力ひっそりと行ってほしい、などの要望を申し渡される。
「領内に多数のよそ者が侵入しています。すべて関白殿の密偵であることは明白です。謀反の疑いをかけられれば、私は失脚します。パードレたちを守ることもできなくなります。お汲み取りいただきたい」
なるほど。すみません。迂闊でした。
そうですよね。すぐ目の前で戦争してるんだ。ここで浮かれていたら、怨みを買うに決まっています。
かれらを刺激しないように気をつけましょう。
ご忠告ありがとうございます。
「とくに主計頭殿は、はっきりと私に、この城を明け渡せとまで要求してきました。
彼は長年、関白殿の下で働いてきた古参家臣ですが、未だ領地を与えられていない。なにかにつけ小西殿と張り合っているせいか、デウス嫌いを相当にこじらせています。
些細な落ち度でも、利用される口実となるでしょう。そんな連中がうようよいて、目を光らせているのです」
カズエノカミ。要はゼンチョですよね。
アゴスチニヨに嫉妬しているのですか。せめて同じ土俵に立ってからほざけと言いたいですが。ともかく、心得ました。
それらしき不審者を見つけても、喧嘩も御法度ですものね。まったく息苦しい世の中になったものです。タメイキが出ます。
憂鬱がおさまらない。
カンパクは平和を現出させたと思い上がっているのだろうが、実際は抑圧に満ちた密告社会を生んだわけだ。
幾重にも絡み合った罠で雁字搦めにされた、強固な支配体制。そこには暴力を許された特権階級と、それにすがる寄生虫の群れしか存在しない。
柔軟性を失ったこの世界では、中間搾取階級が肥え太る。すなわち、役人だ。かれらは何も生み出さない。
クゲと違って、完全にいなくなっては困る存在だが、必要以上に増えればたちまち組織を硬直化させる。
だが、カンパクにとっては、それでいいのだ。
被支配領域の完全なる無力化。それが、やつの理想だからだ。
そこに人間はいらない。役人だけがいればいい。
66領国の完全制圧まで、あと僅かだったろうにな。
我々に、気付かれてしまったな。
その夢、粉砕させてもらう。
インヘルノで臍を噛め。人間の持つ自由意思とは、おまえ如きの浅知恵で縛りつけられるほど矮小でも卑近なものでもないことを、機会があるならそこで学べ。我々が、おまえの死後に見せてやる。この国を、笑顔と希望でいっぱいにしてやるさ。
喧嘩くらい、好きなだけやらせてやれ。
それが健全な平和というものだ。
ナンガサキへもこっそり変装して潜入した私は、信徒たちにこのような演説をして回った。
かれらの、濁りきった瞳に光が宿っていくのを見るのは、嬉しい体験だった。そうだよ。規則正しく起きて働いて笑顔と挨拶を絶やさず清掃や健康にも気を遣って粛々と齢を重ねるおまえたちなんて、おまえたちじゃないよ。
役人を見て立派だなあなんて感じるようになったら人間おしまいだぜ。それに気付け。
一銭でも余分に稼ぐためならどんな嵐の日でも走り回ってたあの頃のおまえたちを取り戻すんだ。
自分のことはなんでも自分で決めやがれ。守りたいものは全身全霊を懸けて自分自身で守りやがれ。
それがナンガサキ人の誇りだろうがよ。
すっかり飼いならされちまいやがって。
オッサンは情けなくてたまらんとよ。
鬱憤をぶちまけて、私もすっきりした。
フィラドへ帰る。
コエリュが猫と一緒に日向ぼっこしていた。虚ろな、何も考えなくなってしまった瞳だった。
私はそっと扉を閉じ、書斎へ籠もる。