戰國ぢあぼろす   作:ひねもす@HAMELN

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SengokD.1588/005.hmos

ブンゴ王ヨシムネ。

若き頃から惰弱な性格で、優柔不断。偉大な父上の名を汚し、領国を崩壊へと導いた張本人。

その生活態度は頽廃を極め、底知れぬ非道の深淵に浸りきって今も尚、恥を重ねることに邁進し続けている。

 

父王ドン・フランシスコが帰天する、その3箇月前に受洗した。

これだけは生涯ただ一度きりの親孝行だったとは言えよう。しかし、親を裏切ることに何の呵責も感じないこの卑劣漢は、たちまち擬装を剥ぎ取っておぞましき本性を露わした。カンパクに擦り寄り、代々受け継いできた豊かな領国を売り飛ばしたのだ。

彼は、領内からデウスの使徒を一掃しますとカンパクに約束をした。

 

ガルセス一行がキナイに滞在していた頃、ヨシムネも、オーザカ詣でをしていたらしい。

カンパクへの祝辞を述べ、戦後の復興は順調ですとか、脳天気な報告をしたことであろう。

褒美に、官位をもらってきたそうだ。ハシバの苗字はもらえなかったところをみると官位の方が安いわけだな。

それでも、帰ってきたヨシムネはすっかり自信をつけ、家臣の前で檄を飛ばす。

今年は、ギオンを復活させると。

 

ギオンとは、カミを讃える祭りである。

ボンと同じ頃、すなわち真夏に行われる。ボンは満月の夜に踊る祭りだ。起源ははっきりしない。ギオンは日中、クゲかその代理が町を行進する。道脇には団子売りなどの屋台が並ぶ。

私も昔ミヤコで見た記憶はあるが、当時はさしたる脅威にも思わなかった。春の、坊主たちの祭りの方が復活祭とも重なるので緊迫したものだ。

それに比べたら、ギオンは地味な余興だった。

 

今回ヨシムネが煽動しているギオンは、露骨に政治的な意味合いを持つ。

デウスに敵対する存在としての、カミの復権を目標としており、敵の敵は味方という理屈で坊主どもも節操なくこれに賛同を表明している。

ウスキには大きなカミの社殿があったが、今年初めの大火で完全に焼失した。市民の住居復興さえまだまだ進んでいないというのに、ヨシムネは社殿の再建を最優先事業に掲げ、予算をありったけ投入することを勝手に決定する。

悪魔の尻尾にしがみつく虫ケラが考える政策とは、このようなものになるのか。

 

ブンゴ国では多くの信徒が義憤をたぎらせた。

コンパニヤはその意思を行動に換える。

愚か者の蛮行に対し、正義の雷をお見舞いしてやる。

 

ブンゴ国内における反抗拠点は、ドン・パンタリヤンの治めるミョウケンと、ドン・パウロの治めるタケダが、二大主勢力である。どちらも国境付近の僻地であり戦時には要衝となるが、普段はボスザルどもの喧騒からも距離をとり、のどかさを享受していられる。

もちろん、内戦に備えての軍事訓練は休みなく行われている。派手目にやれば謀反の疑いもかけられようが、ヨシムネだって中央へそんな報告したくもあるまい。

特にドン・パウロは対サツマ戦役でカンパクから殊勲を賞された実績もあり、ヨシムネなんかより高い指揮能力を持つことを全領民が認めている。

 

したがって、ヨシムネからドン・パウロに対しての圧力は、拳をぶつけ合っての対話からは遠く離れ、とことん陰湿な、搦め手を駆使した生殺し戦略へと傾斜してゆくこととなる。

たとえばヨシムネは春のオーザカ行きに、領国内から何人もの美女・美少女を連れて行った。カンパクに貢納するためだ。

この中に、ドン・パウロのまだ若い母も含まれていた。

正気の沙汰ではない。もちろん、本人もパウロも即座に拒絶した。だが最終的に、パウロの母は了承する。オーザカ城へ入ったら他の娘たちと団結して内部から体制を打ち崩す、との大命を自身に課して、出発したのだ。

 

少し脱線するが、ヨシムネの妹であるマセンシアは、現在ファカタから8レグワ南に位置するクルメという城にいる。

ほんのいっときオーザカ城に入ったが、ヤクインから手ほどきされた、カンパクに気に入られるための要領をすべて逆にやり、早々に追い出されることに成功した。

オーザカ城もすでに相当、人員過剰であるらしく、カンパクが望まぬ者は退去する。

マセンシアは、アキ王の親族のひとりと強制的に結婚させられた。とはいえ齢も近いし、シモへ戻ってこられたわけだし、悪い条件ではなかった。

目下、このクルメも我々の前線基地として開拓中である。

 

ところで帰国したヨシムネは、パウロを呼びつけ、ギオン参加への血判状を要求した。言語道断である。

形式だけだ、カンパクへ提出する必要があるのだ、とヨシムネは終始薄ら笑いを浮かべていたという。

ドン・パウロは最後まで拒否したが、次はどんな嫌がらせを仕掛けてくるかと、予断を許さない。

以上の顛末はすべてタケダの信徒に知れ渡っている。当然、我々へも筒抜けだ。

 

夏のギオン祭に血の雨を降らせてやる、という対抗策もないではない。

今のうちからブンゴへ武器を運びこんでおけば、ヨシムネとチカカタを同時に排除して政権奪取することも可能だろう。ガレオンの入港と同時にできれば好都合なのだが、さすがに調整は無理だ。

最悪なのはヨシムネを取り逃がし、ブンゴ軍本隊がタケダへ向かってくる場合である。

本命であるオーザカ戦を前に、貴重な兵力をブンゴ内で消費することは回避したい。

ガレオンの姿さえ見せておけば、ブンゴ軍は牽制しておけるだろう。ヨシムネを失脚させるのは、カンパクにとどめを刺してからでも充分なのだ。そう考えると、今年一度限りのギオン祭は、ヨシムネの失政を象徴する記憶として遺すため好きにやらせておくのもよいか、くらいの余裕をもつこともできる。

 

ナガシが終わり、夏がくれば、いつ定航船が訪れても不思議ではない。

フィラドは、ざわついているだろう。仕切るべき私がいないのだから。

コエリュも連れてきているよ、ここ、コチノスへ。

ドン・プロタジオにだけは伝えてある。今年の船団は軍艦が中心になるが、商船が含まれないことはないだろう。そちらはすべてアリマ領内で商売させる。

我々は船団長と打ち合わせ後、ただちにトサ沖廻りでサイカ湾まで進出する。

そこからは海峡がせまく、水深も浅いため侵入できないが、同時にアゴスチニヨ軍の全部隊をオーザカ湾へ向かわせ、取り囲み、カンパクへ退位を迫る。

すんなりとは降伏すまい。キナイじゅうのカンパク軍が手向かってくることも想定する。

とはいえ、カンパクに最後までつきあう部将がどれだけいるかな。

多くはあるまい。すでに、この政権が綻びだらけであることは、これまでもさんざん検証した。

 

これは聖戦である。

カンパクの失敗は、アゴスチニヨの部下数万を一人も棄教させていないこと。

日本全土には優秀なるデウスの戦士が数十万、立ち上がる時を待っていること。

自分自身の愚かさに気付きもしないまま、世が太平であることを疑いもせず、人民の怨みを煽り続けて無能な役人の大量育成の上にあぐらをかいて過ごしてきたカンパク。

その全容を白日の下にさらし、同志たちへ蹶起を呼びかけるのだ。

 

原稿はできている。

日本語の、公用語・男性語・女性語・幼児でもわかる語、すべての版をつくった。

ポルトガル語とラテン語版は、節をつけて歌えるようにもしている。

これを毎日、大合唱だ。

 

日本を蝕んできた悪魔の群れが、1588年、一掃まではゆかなくとも、決定的に衰退してゆく。

今年は、その輝ける記念の年になること、まちがいなしだ。私はこの世紀の戦いを、最前列で見届ける。そして、日本史に書き記す。

時は満ちた。罪人どもは地に墜ちよ。聖なるものは讃えられよ。最初と最後が今、つながる。私が帰る日は近い。

アレルヤ!

 

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