アゴスチニヨが、ヤツシロへ到着したと知らされた。
アマクサでの粘り強い抵抗戦は、シメアンがうまく調整してくれたおかげで、ゆるやかに終熄した。中央へは、反乱分子の主犯格を排除、無辜の人民を解放、といった形で報告されているはずだ。
ゼンチョ兵の死体から耳や鼻を削ぎ落とし、戦果として検使の前で数え上げたと聞く。
中央の役人は来るたびに現場知らずばかりになっていくから、簡単に騙せるということだ。カンパク政権の保有する基礎資料は、概ねこんな官僚のつくった数字の寄せ集めでできている。
虚しいものだ。なにひとつ、実態と呼べるようなものが存在しない。
昨年着任した新ヒゴ王は、呼び戻されて処罰され、喜んで自殺したという。
後任として真・ヒゴ王の座に就くのは、アゴスチニヨ。ついに一国の主となる。
ムロから大船団でやって来た。私は、祝いの品を従者たちに担がせて、ヤツシロへと乗りこんだ。
アゴスチニヨ本人がシモへ来るのは初めてだ。
ガレオン船団も、間もなく姿を見せるだろう。顔を突き合わせて計画を相談できるのは都合がいい。デウスは最高の晴れ舞台を準備してくれた。さあ、一世一代の大仕事をするぞ。
そう浮かれていたのだ。ここまでは。
アゴスチニヨは私に対し、険のある、不愉快そうな表情を隠さなかった。
ニエッキのせいだとわかっていたから、私はことさらにおどけてみせ、友好的な態度を崩さずにいた。
気がつくと我々は監禁されており、空を眺める自由さえ、奪われていた。
翌日か、次の日には定航船団が来日した。
アゴスチニヨは直ちに連絡艇を出し、かれらを、ナンガサキへ誘導する。
ガレオンは、来なかった。
商船3隻。すべてジャンクだ。
船団長はジェロニモ・ペレイラという軍人。新任のパードレが2人乗っていた。
市は開かれず、アゴスチニヨの連れて行ったカンパクの代理人が20万クルザード相当の銀を払って、積荷を一括で引き取った。
サリートリも、持っていかれた。
逆らえるわけもない。ペレイラは、兵士を乗せていなかったのだ。
取引が終ってから、やっと私は解放され、顛末を聞かされる。
「パードレ・フロイス殿。不便を強いたこと、申し訳ない。私個人に、あなたへの怨みは一切無いことを明言しておく。デウスが私に罰を下されるのであれば、甘んじてお受けする。だが、事態はすでに国家の問題なのだ。これ以上、荒立てないでいただきたい。切に、願う。どうかこのままお引き取りいただけまいか」
見損なったぞ、アゴスチニヨ。
デウスが罰を下されるのであれば、なんて呑気にもほどがある。最悪の反逆をしでかしたんだぞ、おまえ。
インヘルノ行きは間違いないな。
「パードレ・オルガンティーノに、同じ話をした。あなたと、全く正反対の回答だった。私には判断できない。デウスの裁決に、お任せする」
ニエッキはすでに破門確定の異端者だ。
悪魔にすっかり良心を食い尽くされた犯罪者だ。そんな男と天秤にかけられるなんて、私は悲しくて悲しくて、たまらないよ。
「何度でも言う。私には判断できない。デウスの裁決にお任せする」
もういいよ。ここで何日話し合ったって無駄だろう。思い知るがいいさ。
私はナンガサキへ行ってくる。ああもう何てことしでかしてくれちゃったんだまったく。国家間の戦争を惹き起こそうとしてるんだぞ、おまえたちは。
「パードレ・フロイス。あなたに、デウスの祝福あらんことを。アーメン」
アゴスチニヨは、護衛をつけてくれた。
堂々とナンガサキへ乗りこむ。役人たちの前で変装する必要はなくなっていた。
冬に船団が出帆するまでの間は、ここで暮らしてよい、だってさ。
ミサ、洗礼、コンヒサン、祝祭などは一切禁止。
肉食は許す。
そりゃ役人だって食ってるもんな。まったく、デタラメな基準だよ。
さっそく、船団長やパードレたちから、話を聞く。
まず、そもそも、ガレオンが来てないのはどういうことだ。
「パードレ・フロイス。落ち着いてくれ。
まず、そもそもだが、アマカウにガレオンは無い。最後の一隻が10年以上前に老朽化で退役した。
だから、仮に出したくても、出せない。よいかな?」
はあ?初耳だ。
10年以上も戦闘艦無しだと。チイナで反乱が起きたときは、どうしてたんだ?
「チイナの民は、きわめて平和を尊ぶ。
皇帝が直隷する軍隊以外は武器を持たない。民衆は争い事があっても、食事を楽しみながら話し合いのみで解決する習慣を根付かせている。
倭寇が頻繁に出没していた時代は武装もしていたが、その脅威が無くなるとカタナはすべて没収され、農機具や調理用具になった。そんなわけで、アマカウは維持費のかかる兵営を廃止したのだ。
パードレたちや、ドミンゴス程度の下級船員が知らなかったのも無理はないかもしれないが……」
ありえない。もし、あなたが知っていればだが、マニラは、フェリペナスは、どうなんだ?
「フェリペナスには、ゴアよりも強力な軍隊がいる。あそこでは、必要だろう。周辺地域からの要請にも応えているみたいだからな。タレナーテや、マラカへもよく出張していると聞く」
そうか……念には念を入れて、イルマンをひとり、マニラへも派遣したのだが。あと1年、待たなくちゃいけないのか、ガレオンを。
「そのイルマンとは、ガスパル・マルティンスのことかな?彼ならば、ヴァリニャーノ管区長の命令で、身柄を拘束されている。何を命じたのか大体の察しはつくが、マニラへは届かないよ」
はあああああ?
ヴァリニャーノ……巡察師だった男か。ガスパルは、何をやらかしたんだ?
「何って……まさに、君たちがやろうとしている、その反乱計画ゆえにだよ。
イエズス会日本支部は、戦争を起こそうとしている。インディア管区上層部は事態を深刻に憂慮しており、なにがなんでも阻止する構えのようだ。
だが、まずは、正確な情報を得なくてはならん。
いったい、何が起こってるんだ?」
日本人の最高権力者カンパクが、昨夏のある日突然、悪魔に乗っ取られ、我々を迫害し始めた。
熾烈な戦いが今この瞬間も続いている。
管区長が日本を巡察したのは7年前だ。そのときの日本王が、翌年暗殺されたところから、悪魔は徐々に爪を研いでいたのだと思う。
管区長には私たちの方がおかしく見えるかもしれないが、信じてもらわなくては困る。今、手を打っておかなければ、取り返しのつかないことになるぞ。
「ふむ……確認するが、この蹶起は、イエズス会日本支部の総意かな?準管区長パードレ・コエリュは、今どこに?」
総意だ。ただし、裏切者がひとりいる。パードレ・コエリュは安全地帯に隠れている。心労を重ねられ、体も悪くしているので、遠出ができない。用件があるなら、私が伝えよう。
「……ひとまず了解した。だが、私たちの決定についても、了解していただきたい。
今年はあくまでも、交易のために訪問した。完全非武装だ。
政府による一括買い上げは想定外だったが、ともかく私の任務の3分の2は終わった。あとは冬まで日本へ滞在し、その様子を私から管区長へ報告する。
フェリペナス軍へ派遣を要請するとしても、1年は待ってもらう必要がある。それまでは、くれぐれも自重してくれ」
ああ。それが悪魔の思う壺だというのに。
貴重な戦略物資まで、むざむざ、敵の手に。我々は今後ますます一致団結し、一糸乱れず無駄もない行動を徹底せねばとても勝利は覚束ない。
カピタン・ペレイラよ。あなたに非が無いことは重々、わかっているが、私は烈しい憤りで身も心もずたずたに引き裂かれているところだよ。
この一撃に賭けていたのに。
くやしくてくやしくてくやしくて、たまらないよ。
「とっておきの葡萄酒を開けよう。飲んだら、今日はゆっくり寝るがよい。
疲れがたまっていては、良い知恵も浮かばない。1年は何もできないんだと割り切って、余裕を持て。じっくり、ゆっくり、半年かけて、最善策を検討しようじゃないか。
今日の議論はここまでだ。よいかな?」
船団長の言うことも、もっともだとは思う。
私は、いささか、疲れていた。これではますます、敵に足元をすくわれる。
カンパク。アゴスチニヨ。そして、ニエッキ。
敵は完璧なまでに連携し、私を包囲しているようにも思える。冷静さを失ってはならない。
やつらに、なぜ、ここまでのことができる?まだまだ裏切者が潜んでいるのか?誰を信じたらいいのだ?
いや、違う。
信じるべきは、ただひとつ。デウスの御心だ。
不確実な、人間の振舞いに惑わされてはならない。まっすぐ前だけを見つめ、デウスの望まれることだけを考え、全力をそこに賭すのだ。
その声を聴ける者だけが正しい。その同志とだけ、連帯をすべきなのだ。単純明快なことではないか。
私はやっと、真理にたどりついた。
安心すると、たちまち眠気に包まれた。