敵は、シキに上陸した。
ここでいう敵とは、アゴスチニヨでも、彼が制圧しようとしているアマクサ島の住民でもない。
アゴスチニヨに加勢するためやって来た、良心を持たぬ、ゼンチョの群れだ。
アゴスチニヨは、ヒゴ全土を与えられたのではなかった。
アマクサ諸島を含む、全体の中では南半分を宛行われただけだ。北半分には、カトーという、坊主の親玉が乗り込んできていた。
このカトーが、アゴスチニヨの戦いぶりは手ぬるいと、援軍を差し向けたらしい。
手ぬるいのは事実だった。
アゴスチニヨは、カトーの兵を次々とアマクサ島西岸に搬送した。
その目の前に聳えるのが、シキ城だった。アゴスチニヨの兵は、この城を包囲しながら攻めあぐねていた。
半月ほど突撃と撤退を繰り返したが、有効な打撃を与えられなかった。
随所に積み上げた糧食を奪われたことも一度や二度ではなかったようだ。
情け容赦を知らぬ、血に飢えた狼どもは、しばらくこの手ぬるさを見物しながら準備を進める。
そして、決行の日。
アゴスチニヨの兵を全員退がらせ、城壁の最も脆弱な地点を狙って、最大火力で襲いかかった。
シキ側にも、油断はあっただろうが勇敢なる防衛戦が繰り広げられた。
地形を熟知するシキ兵は、カトー軍の後方から回りこんで、これを脅かす。
しかし先に城壁が崩れた。
数時間後、勝負はついた。
私は、概略を聞いただけでシメアンの戦法を連想する。
彼も容赦なかった。きわめて計算高く、一切の無駄を嫌う。
同盟軍でも、無能な連中とは協働しない。完璧な統制をとれる、身内の者とだけ作戦を立案し、実行する。
一点だけ違いがある。
シメアンは信徒であり、カトーは坊主なのだ。
私はシメアンと良き友になれた。彼は私を尊敬しており、陣内で様々な対話を重ねた。シメアンの甚だしく合理的な思考回路は、デウスの教えから学んだことだと、彼自身が言っていたように記憶する。私はそれを頼もしくも怖ろしくも感じたが、今日までは疑問には感じなかった。
しかし、それは、真実であったのだろうか?
噂を聞く限り、カトーはゼンチョの中のゼンチョであり、デウスをことさらに嫌っているという証言しか集まらない。
若い頃からハシバの子飼いであったらしく、その点ではシメアンと同じだ。
シメアンの方が先に出世しているわけだから、同系の先駆者に倣っただけという可能性もあるが、どだい坊主には真似の出来る水準ではないというのが、私の率直な印象である。
側近や参謀に信徒がいるとも考えにくい。実際、カトーはアゴスチニヨがデウスの信徒であることを事あるごとに嘲弄しており、今回の援軍にしても、決して善意からの協力でないことは明白なのである。
にも拘らず、アゴスチニヨは、カトーの助力にすがった。
すがるべきではなかったと私は断罪してやりたい憤怒に打ち震えているのだが。
信徒同士で理解しあえばよい問題に、こんな異物を介入させやがって。
アゴスチニヨには、きつく反省を促さねばならない。だがしかし、すでに行われてしまったのだ。
アマクサは新たなる敵に踏みこまれ、予断を許さない状況に陥っている。
アリマ、オオムラからも、援軍が派遣されている。
そちらからの情報も、耳を疑う。
総指揮官はアゴスチニヨなのだが、下級兵ほど、カトーへの心酔ぶりが甚だしい。迅速にして果断。統帥を冒す行為は見られない。あくまでもアゴスチニヨの作戦に従う姿勢を通しつつ、実績だけ着実に積み上げる。
むしろ、カトー軍以外の全兵が足もとを乱れさせている。もどかしくてたまらない。
カチウラのアフォンソから、状況報告。
侵略者たちは、シキから東のホンドへ兵を向けた。
ホンドはドン・ジョアンの兄弟アンデレが守る城だ。シキへも援軍を出し、助勢していた。
まっすぐカチウラを目指すと、このホンドから背後を狙われる。そこで、先に叩いておけという判断をしたらしい。
言っておくが、ホンドは手強いぞ。
ドン・アンデレは古くからの信徒であったし、ホンドもアマクサ諸島では中心的な役割を担う商港だ。火器弾薬の備蓄もじゅうぶんにある。城は丘の中腹にあり、幾重もの防壁で守られている。
うまくいけば、ここでかなりの敵兵力を損耗させられるだろう。カトー兵のみを集中的に叩きたいものだが、そこまで選別することは難しいか。
同地の駐在パードレは、ステファノーニ。古株だが、少し頼りないな。
シキ領主の身柄は、アゴスチニヨに預けられた。
アゴスチニヨは彼に帰順を誓わせ、同時に洗礼せよと命じた。
これも、カトーには、手ぬるいと映るか。
それより領主が未洗礼だったせいか、昔からアマクサ中に巣食っていた坊主たちの多くがシキ領へ移転してきており、この一帯は比較的、坊主の濃度が高かった。
現在もシキ領に陣を構えて様子見のカトーだが、領内の坊主どもを積極的に保護している報告がある。これは少し気懸りだ。
私なら、保護した坊主から聞き出した情報でたちどころにアマクサ全域の詳細な地図を作らせるだろう。
坊主たちにとってカトーは侵略者どころか解放者かもしれないことを考えると、通常の尋問で得られるよりはるかに高精度な戦略図ができあがるはずだ。しかも、アゴスチニヨに教える理由がまったくない。
今後の各戦局で、ますます、その差は拡大するだろう。
雪が降り始めた。
ホンドでは激戦が展開中である。シキよりも頑強かつ効率的な抵抗に、アゴスチニヨは成す術がない。
対岸のスモトから、若いパードレたちが陣中見舞に向かった。
アゴスチニヨへ、信徒への慈悲深き対応を願う、という陳情だ。
本心はもちろん情報蒐集で、内情を探ってきてくれた。アゴスチニヨは、カトーへ西側の押さえを命じてあるが、それ以上の攻撃を禁じている。できる限界まで、説得によって開城したいというのが、総大将の方針だ。
カトーは、ニヤニヤ嗤いながら、これに従っている。
実にまずい状況である。
ホンドが、そんな生ぬるい交渉に応じるわけがない。こじれにこじれた挙句のカトー頼みとなる展開しか予想できない。これほどの最悪が、ありえようか。
そして、予想通りとなった。
ホンド城西側には急峻な尾根があり、その頂に、カトーは陣を構えていた。
どんな手順で攻めこむか。すっかり支度を整えていたことだろう。
アゴスチニヨと、オオムラ、アリマの兵たちには三方を囲ませ、手出し無用、近寄った者の生命は保証せずと忠告しておいたという。
こうして、殲滅戦は開始された。
炮音が終日、夜中までも響きわたり、周辺は煙でまったく視界もきかないほどであったという。
いつの間に手懐けたのか、カトーは山犬どもをけしかけた。
罠にかかる犬。それを確かめに出てきたホンド兵は、罠にかからない抜け道を突き止められ、進入路を特定された。
攻城戦では通常、周辺の町や村から避難してきた住民が城内に大勢ひしめいているものだが、アマクサでは領民すべてが闘士である。老若男女ひとり残らず戦闘に参加した。
とくに母たち娘たちが、髪を切り落とし、子供たちに別れを告げ、前線で敵兵どもを挑発した。
カトーは、そんな着の身着のままの民間人にさえ、容赦なかった。
兵たちは相手が女だとわかれば生け捕りを狙うようになり、たちまち、後方へ搬送する態勢が整えられた。
落城後、城主アンドレ含め、すべての男と老人は惨殺されるが、女と子供はカトーの領地へ戦利品として送り届けられたという。
ホンドの教会は城郭の東側につくられていたが、カトーはここを最優先で破壊した。
攻撃前から配置図まで突き止めてあったと思われる。ちなみにステファノーニは、かなり早い段階で城から抜け出していた。
1590年1月1日。
ホンドの陥落を受けて、カチウラのドン・ジョアンは、降伏を宣言した。