コエリュの葬儀は、できる限り派手に、豪華に。
そう希望したのは意外にもドン・プロタジオだった。
いいんですか?と、おそるおそる聞いた。
いいという。
理由1。カンパクは東部戦線へ出征中。
4年前のシモ戦役と同様、街道の民衆に威光を見せびらかすのが目的で、のんびりだらだら花見気分で進軍しているらしい。
そんなところへ、わざわざカンパクが不機嫌になる話題を持ち込む家臣はいない。
冬の、アマクサの報告すらカンパクは聞きたがらず、圧勝しなかったことを雑に叱り飛ばしただけで、すぐ初子をあやしに戻っていったという。
なんだそりゃと呆れつつ、ちょっとホッとする。
理由2。復活祭や降誕祭と違い、日本布教長という大物の葬儀である。
うまく伝われば、恩赦も期待できるではないか。
カンパクは宣教師の追放を命じたのみで、信徒に棄教を強要してはいない。主君の死を悼む、大勢の敬虔な日本人たち。これはむしろ積極的に宣伝してよいことだと考える。
フム、その発想はなかったですね。
そんな次第であれよあれよとアリマじゅうをコエリュの柩とともに行進する、かつてない規模の祝祭が始まった。
信徒たちは何年も溜まった鬱憤をここぞとばかりに吐き出して、泣き、喚き、叫びながら、白昼堂々鞭を振るった。
恥ずかしながら私は、コエリュがそんなに偉大な人物であったことを初めて意識したものだ。
メステレ・フランシスコ・シャヴィエルの死がゴアへ伝えられたときの熱狂さえ思い浮かべる。私が死んでも、ここまで印象的な葬儀にはなるまい。ちょっと悔しいな。
いまころパライゾから私を見下ろしているのだろうな。フン、覚えていやがれ。
埋葬がすんで、すぐ次の仕事にとりかかる。
新しい布教長を決めなくてはならない。参列していたパードレたちを召集する。
誰もやりたがらないのはわかっていた。
私はペドロ・ゴーメスを指名し、説得に説得を重ねてやっと承服させる。
副長にフランシス・カリオン。ヴァリニャーノの性格を知り抜いている男だ。
私は布教長秘書を継続し、今後も参謀をつとめる。
7月以降、今年こそヴァリニャーノがやって来ると思われる。
可能な限り準備をしておきたい。昨夏アマドールが届けてくれた情報によるならば、彼は開戦に消極的である。毅然とした態度でカンパクに抗議できるかどうかすら怪しいと感じる。
日本はコンパニヤの尊厳を踏みにじった。
デウスへの反逆を、国策として表明した。
現王朝の酋長が気まぐれに発した一時的な暴威だったとしても、インディア管区長としては堂々抗議せねばおかしいし、こんな未開のサルどもをつけあがらせないうちにガツンと一発鉄槌をお見舞いしておく必要は、当然ある。
躊躇する理由などない。ビビっているだけなのだとしたら、上長として失格だと不信任を突きつけるまでだ。
もちろん、そうならないことを願っている。時間がもったいないからだ。
「昨夏、カンパクは定航船の積荷をすべて買い取った。今年も同じ手でくるだろうか?」
金額は穏当だった。1~2箇月かけて売り捌く手間暇を考えたら、得をしたと浮かれる船員もいた。
とんでもない。
全国土から集まった様々な商人が、それぞれの思惑と資力を賭けて挑みあい、失敗も糧にして多くの経験を培って帰ってゆく。その大事な過程が、奪われてしまうのだ。
こんなことを2年も3年も続けたら、まともな商売人なんていなくなる。
カンパクにすり寄っておこぼれをもらう手練手管しか考えつかない、無能なクズが量産されていくだけだ。
この流れも断ち切らねばならない。
今からナンガサキの信徒たちに根回しをしておこう。役人たちが勝手に密室で商談に及ぶことを、見つけ次第妨害し成立前に阻止するのだ。
全市民の協力が必須となる。私たち全員の、未来のためにだ。
わかってもらおう。わかってもらえるさ、かれらになら。
そして、商材もだが、特にサリートリは今回ひとかけらたりとカンパクの手に渡してはならない。その武器は私たちを脅しつけるために使われるのだから。
船が接岸したらすぐに武装隊が乗りこんで接収。アリマへ運びこんで火薬の製造に取りかからせるくらいの迅速な行動が望ましかろう。
問題は、方法が強奪と大差ないところだ。
船員の多くは兵隊でもあるので、説明に失敗すればこの段階で血の雨が降る。事前に通告することが難しく、かつ、ヴァリニャーノが承諾しそうにない案件だ。どうしたものか。
説得力を持つ交渉人を、先頭に立てねばならん。
私が行くべきだろうな。
ナガシが明けたらナンガサキに張り付く。地元の信徒たちに計画を説明しておき、定航船団が姿を見せたらすぐに乗りこんで指揮権を奪おう。
一番艦にヴァリニャーノが乗っていれば、その場で話をつける。
おそらく今回も、定航船団だけでは大した戦力にならないと思っている。モウラが既にマニラへ渡ってくれていればいいが、今夏すぐ艦隊が来てくれることは期待できない。
だが無抵抗の姿勢を示せば我々は積荷すら満足に守れないのだ。
なんとか船団長と管区長を説得してみるさ。願わくばナンガサキ市民を蜂起させて知事と役人どもを身柄拘束し、自治領として独立宣言までもしてみたいところだが、ともかくも、武器がなければ始まらない。
幕僚会議では、私はだいたい、このような内容を語った。
直前までブンゴの地区上長を務めていたゴーメスからは、ヨシムネが信徒の処刑を次々と命じている話を聞く。今年だけでも、すでに7人。これみよがしに磔刑にして晒す。
信徒たちは月の見えない夜、その亡骸を盗み出し、祈りを捧げて埋葬することを常としているが、この行為は想像以上にゼンチョを気味悪がらせており、信徒や求道者たちからも反対の声が一定数あるらしい。
「埋葬場所は、ごく近親者にしか教えないし、目印もつくらないからな。役人にはただの死体泥棒に見える。
ゼンチョはこれを、デウスは人肉を喰らうのだと言い触らす。
信徒は黙って耐えるしかない。そもそもはヨシムネの迫害が元凶だというのに。それさえ止めば、誰もが幸福に暮らせるというのに。
嘆かわしい。私は自分の非力がゆるせない」
そうだ。必要なのは、力だよ。
諸悪の根源を絶つには正義の力が必要なのだ。黙って耐えるのは、その力を蓄えるためだよ。
これを忘れてはいけない。
力を溜めよう。そして叩きつけるのだ、敵に。
その1箇月後。オオムラで、パードレ・アイレス・サンチェスが御主のみもとに召されたと聞いた。
急に苦しみ出し、高熱を発し、呼吸を喘がせ、やがて眠るように息を引き取ったという。
なんだかコエリュの末期とそっくりだなと思い、ふと気付いて炊事場へ行くと、丸薬を入れていた瓶が空になっていた。
従僕たちに訊くと、皆、強壮剤だと信じこんでいた。
コエリュの葬儀で来客が立て混んでいた頃、顔色の悪そうなパードレに薦めた者もいたらしい。すでに、誰が誰にだかもはっきりしない。
日記を確認すると、コエリュに最後に飲ませた時点で2粒残っていたはずだ。
迂闊だった。それ以来、すっかり記憶からとんでいた。
あと1粒も、誰かが持ち去ったのか。具合が悪くなったら飲むつもりでいるのか。
事故が起きるな。私は何かすべきだろうか?
おかしいだろう。私が何か知っているとでも?
いや、知らない。実際、知らない。
いずれ事故が起きるかもしれないが、それを適確に予見する手段が私にはない。
正しき者はデウスが守ってくださるはず。それより、未調合の薬がいくら残っているか確かめよう。
あと2人分ほどだ。大切に扱いたい。
サンチェスよりコエリュの方がしぶとかったのだな。
懸垂は侮れない。私も体を鍛えておくか。
寝る前にひと汗かいた。
今夜は、ぐっすりと眠れそうだ。これも力のみなもとか。